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そうして僕らは途方に暮れる(いろんな意味で

 


「お言葉ですが、殿下」

「ミリア、ダメだよ」


 にっこり笑ってダメ出しする。

 いや、オレファンの目はまったく笑っていなかった。


「殿下」

「昔みたいに、ファレって呼んで?」


 捨てられた子犬のような顔で、甘えた声を出しているのは、本当に、あの皆の憧れを一身に集めた完璧王子、オレファン・オリゴマー第二王子なのか。

 周囲は先ほどとは違う意味で、息を呑んだ。


「オレファン殿下」

「ファレ。それ以外じゃ返事しない」


 唇を尖らせてむくれる姿に、ちょっとカワイイとミリアは思った。

 しかし、それを表情には出さないように努めて冷静を装い、妥協した。


「……ファレ様」

「なに?」



「私はまだ学園に入って一年目。未来の殿下の妻となるべく王子妃教育を受けている最中です。職務に就くのは不可能です。半年後であろうが一年後であろうが、まだ二学年目の在校生でしかありません。披露宴どころかその時期の婚姻も、無理です」


 そう。ミリアが生徒会に参加できないのは王子妃教育があるからである。

 王宮で行われるそれを受ける為には、放課後に活動することの多い生徒会役員は無理だと、オレファン自身がミリアを候補から外すように学園へ申し入れたのだ。

 それを聞いて、ミリアは学園での交流が減る事を寂しく思ったが、優先すべきは王子妃教育であると受け入れたのだ。

 それなのに。なぜ、オレファン自身が、その王子妃教育を軽んじるのか。


 大体、半年や一年後の、どこが我慢なのか。

 つっこみどころが多すぎて頭が痛くなってきたミリアはこめかみに手を当てたくなるのを必死に我慢して、粉砕されたばかりの理性をかき集め冷静な表情で答えた。


 しかし、その言葉に被せ気味に声が張り上げられる。


「だから! 二人だけで、婚姻を結ぼうっていってるんじゃないか」


 きらきらと瞳を輝かせながら、頬を染めた王子然とした我が国の第二王子がミリアに駄々を捏ねた。

 そう。どこからどうみても、誰からしてもそれは駄々でしかない。


 さきほどまでの凛々しさはどこに消えたのか。

 唇を尖らせて年下の婚約者へ拗ねてみせる第二王子の姿に周囲はどう反応していいのか判らず、固まったままだ。


「殿下」

「また戻ってる」

「……ファレ様」

「なに? ミリィ」


 蕩けそうに甘い視線が、ミリアを見つめていた。


「わ、私は、尊敬できる殿方を好ましいと思いますの」


 その甘い視線に蕩けさせられないよう、つん、と顎を上げてミリアは最終兵器であるその言葉を口にした。

 何度もミリアを甘やかして囲い込もうとする婚約者を律するべく使ってきた言葉だ。

 お陰で、『ミリアに尊敬されるようになるんだ!』とオレファンはミリアに会う為にしょっちゅう抜け出していた家庭教師の授業を真面目に受けるようになったし、『ミリアの騎士としてミリアを守るのは僕だ!!』と、剣や乗馬の訓練も欠かさず行うようになった。

 学園の生徒たちの知らない、『ちょっと婚約者への愛が深すぎて行動が行き過ぎちゃって困ってた王子が御しやすくなった』と護衛騎士や家庭教師、侍従に侍女たちから感謝されてきた魔法の言葉である。

 

「…………つまり?」

「婚約者が、国で定められた期間を学生として過ごすことすら許せないような方は、尊敬できません。つまりは、好ましいと思えません」

 

 ごくり。誰とも知らない、緊張から唾を飲み込む音が会場へ響いた。


「それは大丈夫! 学園には通っていいよ?」

「それでは王子妃としての勤めが」

「いいんだよ。僕は、君は僕のお嫁さんだって、皆に知らしめたいだけだもん」

「…………は?」


「だって! 僕、卒業しちゃうんだよ? 明日からミリィと同じ学園の生徒でいられなくなるんだ。留年してミリィが来るの待ってようとしたけど、そしたら母上から『学園を留年するような王子は必要ありません。廃嫡の上、ミリィとの婚約も破棄しますよ?』って脅されたんだ。王子じゃなくなるのは別に構わないけど、ミリィと結婚できなくなるのは嫌だ。だから同じ学年になるのは諦めた。でもでも! 卒業したら、ミリィに変な虫が付かないように守ることもできないじゃないか。どうするんだ、ミリィが、僕より尊敬できる相手を見つけちゃったら……どうしてくれるんだ。ミリィは、僕の唯一なのに」


 息継ぎ少な目で怒涛の勢いで一気に告げられた愛の言葉に、周囲はどっと疲れたし、告げられたミリィも大きなため息を漏らした。



「……エリー。殿下のご病気は、まだ治っていなかったのですね?」

「申し訳ございません、ミリア様。毎日、お教えいただいた魔法の呪文を唱え続けて真面目に学業や生徒会長としての役割に努めさせていたのですが。力及ばず」


 ミリアに名前を呼ばれたエリー・ワイス子爵令嬢は、言葉とは裏腹に晴れやかな顔をしていた。


 ミリアの側近候補であるエリーは、ミリアの学園での安全で安心な学生生活のため、授業をサボってミリアにくっついて回ろうとするオレファンを見張る役割を王家と公爵家両方から受けていた。

 しかし、その役割も、オレファンが卒業するからには終わりである。


「これで、ようやく毎日あの『ミリィに会いたい』しか言わないアホ王子の傍で見張らなくてもよくなると思うと。嬉しくて」

 油断をすると、すぐに授業を抜け出して一年生の学舎へと忍び込もうとするので大変だったのだと晴れやかな笑顔のままポロリと泣かれて、ミリアはその細い肩を叩いて労った。



「ね? だから、ミリィに僕の名前を書かせて?」



 そしたらちょっとは安心できるから! そう屈託なく笑う姿に、ミリアだけでなく、周囲にいた全ての者が、脱力した。





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