9.予想外の展開に
「靴、履きましょう。私の肩に掴まれますか? 失礼」
ルモンドさんは何事もなかったように、私の足の裏の汚れをはたき靴を履かせてくれた。
「あの」
それでも動けない私に、彼は微笑んだ。
「それは、我々の仕事ですよ」
風で流れていく髪をいつものように耳にかけてくれながら、まるで私の心を読んでいるような言葉を投げ掛けてくる。
「でも」
「過去は変えられません。それに、今、我々がいるのは貴方のお陰のようなものです」
屈んだままの視線は近くて。
「なんらかの力が加わったのか、あの時の貴方の声はあの場にとてもよく響き渡り忘れられません。きっとこの先も」
『戦って! 生きて!』
どうか皆死なないで。
また、泣いちゃったよ。
沢山人がいるのに。
「死を受け入れていた私達に光をくれて有り難う」
本当に来たのが私でよかったの?
「逝ってしまった者達は、生き残った我々に笑って欲しいと願っているはずです」
頬に大きな手が添えられ温かい。
「あー、あとですね、式の時にしたのは決して嫌とかではなくてですね。選択肢をあげられたらと」
彼がぼやけて目を擦れば、赤くなりますよとハンカチで拭かれながら、また目線は横になっている。
「式って結婚式の事ですか?」
なんだろう。首を傾げていたら、ちらりと見られた。
「あ、レイリア嬢達にやられたか」
今度はワシャワシャと髪に手をいれている。挙動不審だなぁ。
「こういう事は重要ですわよ」
名前が出てきたレイリアさんが背後にいて、なんだか怒っている。ルモンドさんは、まいったなと呟きながらも教えてくれた。
「私が婚姻の際にした作法は、忠誠を誓う形だったんです」
えっと。そういえば、手の甲に口づけされた時、周囲がざわついていたような。
「…そうですよね。小娘をしかも地位とかなんにもない学生に…嫌でしたよね」
多分、この世界は縦社会で。上の人に言われたら、よっぽどじゃないと断れない。
あ、また、なんか惨めになってきた。収まりかけていた涙が膜を作り出した時。
「ルモンド、お前何やってんだよ? 好きな子泣かしてバカなの? チドリちゃん大丈夫? イテッ! 独占欲強いね~」
突然、明るい声の軽そうな人が現れた。
「あの?」
「あ、俺は、シャート・フライト。よろしくね」
キラキラした明るい金髪のお兄さん、シャートさんがルモンドさんの肩にのしかかっている。そして私の頭を撫でてくれようと伸ばされた手は、ルモンドさんに強くはたかれていて。
「このオジサン、しょうこりもなく聖女さんが欲しくて、殿下をけちらし、隣国の皇子に裏から圧かけてさ~大人げないよね。それに見てよ! この瞳! 騎士として指揮官として失格だよね」
色々気になる。
「瞳って、色が変化する事ですか?」
「あ、知らなかった? いやコイツが教えなかったのか。ルモンドの目みてみて、あっ、隠すなよ!」
金髪お兄さんの瞳は綺麗な薄いグリーン。ルモンドさんは、普段は薄い青だけど、今は、前に見た赤紫色に近いかな。
「えっと、シャートさんは薄い緑で、ルモンドさんは前に見た赤紫ですけど、それが何かあるんですか?」
皆さん綺麗な色で羨ましい。
いや、ないものねだりはよくないよね。
「これね、変化に意味あるのよ。普段は薄いけど、興奮したりするとどんどん濃くなる」
「はぁ。綺麗でよいですね」
カラコンいれないで色がかわるって凄いなー。
あれ、なんか人差し指し指を左右に振りチッチとならすお兄さん。
「わかんないかなぁ。こいつの今のいろはね、嫉妬、欲情手前なわけよ」
「嫉妬? よくじょうって…え?」
「「厭らしいですわ~!」」
「ねー! いいオッサンがねぇ」
周りの騎士さんも騒ぎ出すなか、私の顔は、きっと今、真っ赤だ。ふとルモンドさんを見ると、金髪お兄さんに、ものすごい圧のある笑みをむけていて。その目が私を見たとたん、顔を片手で隠してしまった。
「えっと、綺麗な色ですよ?」
というか私のどの部分に、その要素があるのかは不明だけど。
私が、嫌がられてなくて形式的にしかたなく奥さんになったんじゃないっていうのが、とても嬉しい。
なんか、私が嬉しいのが伝わったのかルモンドさんも笑ってくれて。外された手が私の手をそっと握る。
「では、今から結婚式しましょうか」
「い、今ですか?」
「はい。綺麗なドレスだし。お前達が証人になってくれ」
「いいじゃん~」
「見直しましたわ」
なんでそんな展開に!
「え、あのっ」
「風がでてきたし髪を結い直しましょう! ジャスミン!」
「了解ですわ」
ジャスミンさんとレイリアさんは、化粧直しをしましょうと、私を隅に引きずっていった。