4.気づくのが遅い私は
「抱えますね。失礼します」
返事をするまえに体が浮いた。やっぱり私の歩みでは遅かったのかな。かなり頑張っていたんだけど。
手紙を送れるかもしれないと言われた次の日、私とルモンドさんは城内にいた。
何故かお城の中のバックヤードのような細い通路を走るように進んでいる。そして一番気になるのがルモンドさんの様子がいつもと違う。
あ、抱えられて近い距離だからかな。ミントの香りを感じながら思った。
この時、私は何も分かっていなかった。
彼の、彼等の気持ちを。
*~*~*
「服や荷物はちゃんと持ってきていますか?」
「はい。あの、手紙を送って頂けるんですよね?」
神殿にあった一人でお祈りをする部屋に似た部屋に案内され中に入れば、先客が二人いた。二人ともフードを被っていて顔は見えないけど片方の人は身体の線が細いので女の人かな。
「いいと言うまでこの円に手を入れないで下さいね」
「はい」
「では始めようか」
ルモンドさんが加わり円の回りに三角の形のような形ができた。
「あっ」
すぐに円の中心が白く光りだした。
「まだだ」
つい出てしまった私の声に目をつぶっているルモンドさんに言われた。
白く光る柱は、少しずつ大きくなってきた。
「あの、手紙のサイズならこれくらいでも送れそうです」
ルモンドさんの眉間のシワが深くなり、他の二人の方々の身体が明らかに震えている。
体だけではなく、組まれた手も。
「もう充分ですよ! 入れちゃいます!」
私は鞄から書いておいた手紙を出して、光の柱に手を伸ばしかけた時。
「まだだ。チドリさん」
閉じていたルモンドさんの瞳は、私を見ていた。
「でも」
ルモンドさんの額には大粒の汗、他の二人はフードで表情は確認できないけど、更に身体が震えている。
明らかにおかしい。
「いいですか。円まで光が達したら飛び込んで下さい」
飛び込む?
「服や荷物に漏れはないですか? 1つでも欠けていれば何処に飛ぶか分からない」
のんきな私は、昨夜の会話を思い出した。
『手紙を送る際に、より正確に道を作りたいのでチドリさんは来られた時の服装と荷物を用意して下さい』
『服ですか?』
『はい。服だけではなく物も。必ず忘れ物がないように全て用意をお願いします』
まさか…。
「カハッ」
小さな乾いた音がした。
その音は、フードの人が口から血を吐いたもので。
「チドリさん。チャンスは一度限り、それも一瞬です」
円を見つめるルモンドさんの瞳からは、真っ赤な血が流れていた。
「なんでっ」
私はバカだ。
服を荷物を用意するよう言われた時になんで気づかなかったのか。この場にいる三人は、私を帰そうとしている。
──命をかけて。
「やめて下さい!」
「いいんだ」
窓もない部屋で風が吹いた。
「俺達は、あなたのお蔭でもう一度家族に会えたから」
フードが外れた二人の視線は、私に向けられているのに、その瞳に光はない。ルモンドさんと同じく両目から血が流れている。
「三で飛び込め。一、二、」
ルモンドさんがカウントし始めた。円の中の光は、いまや線限界に達して。
――私は。
「やめてっ!」
フード姿の一人を思いっきり突き飛ばした。