3.不思議な関係
「嫌な夢をみますか?」
「え?」
この手は、私が掴んだのかな。いまだ握られたままなのでどうしようかと考えていたら、もう片方の手が近づいてきて。
「すみません」
いきなり謝られた。その時、少し身体を起こしたからか目から溢れたものを指が掠めた。
私の顔をおおってしまいそうな手だなぁ。
あ、違う。
「あのっ」
寝ながら泣いていたみたいで、まだ目元に残っている涙の欠片を散らしたくて瞬きしてみながら、失礼だとわかっていても確認はしないと。
「昨夜は帰宅が遅くなり申し訳ございませんでした。ルモンド・メイルと申します」
何も言わなくても私が名前すら覚えていないのはお見通しのようだ。
「いえ、私こそ寝てしまってすみません。私は」
「チドリ・ミサキ様。ああ、チドリ・メイルになりますね」
瞬きしても再び流れてしまった涙を拭われた。視界に入る指は長くて太い。そして近い距離の顔は…いわゆるイケメンだ。ただ整っているというのではなく、ちゃんとした大人の人。
「チドリ様?」
あれ、目の色が濃くなった? もっと薄い空色だったのに。
「興味を持って頂けるのは嬉しいのですが大丈夫ですか?」
「え? あっ、近づきすぎですね。ごめんなさい」
瞳の色が水色から青にそして紫色になったので思わずみいってしまった。こんな冴えないしかもえたいの知れない私に至近距離にいられたら不愉快だったよね。
「瞳の色が次々変化して綺麗で。すみませんでした」
ちゃんと起き上がり改めて謝った。
「……」
「あの?」
反応が返ってこなくて、とりあえず握られたままの手を抜こうとしたら握り直されて顔を上げたら。
「具合が悪いとか、大丈夫ですか?」
顔を横に向け口許を押さえていたので不安になった。まさか、寝ている間に私、何かやらかして寝れなくて調子が悪いとか。だけどなんか違ったようで。目の前の人は、どうやら自分の目の色が気になるみたい。
「……そんなに変化していますか?」
「え?」
「目の色です」
視線が合った瞳は赤紫だ。
「はい。今はとても綺麗な赤紫です。宝石みたいで素敵ですね。この世界の方は、いろんな色になるなんて知りませんでした」
羨ましい。あれ、今度は顔を覆ってしまった。
小さく何か呟いているみたい。
「不覚だ」
少し聞き取れたけど、よくわからなかった。
とりあえず、良い人そうでよかったなぁと千鳥は呑気にふにゃりと笑った。
*~*~*
「えっと。ごめんなさい!」
「私は、困っていませんが」
騎士さんの奥さん、なんか自分で言うのにも違和感があるけど、旦那様という存在ができて約一ヶ月が経過していた。
「…ありがとうございます」
「はい。おはよう。チドリさん」
ベッドはいきなり夫婦となり戸惑いもあると思うからと、寝室の部屋にシングルベッドが二つ並んで置かれているんだけど朝起きるとだいたいルモンドさんのベッドにいるのだ。
「私が、寝ている間に迷惑かけているんですよね。やっぱり部屋を別に」
「迷惑じゃないですよ。私は役得だと思っていますが。チドリさんは、不快ですか?」
「それはっ。ないです! でも」
普通じゃ考えられないはずだけど、この人の近くは温かくて落ち着く。
「でも?」
思わず強く否定し首を振ったら髪の毛が顔にかかった。すぐにルモンドさんの指が私の耳に髪をかけてくれた。
「……なんでもないです」
あの、悪夢の戦場の夢をよくみる。あの子は助けられたんじゃないかな。もっと早く力を出せていたら。
「チドリさん」
両頬が彼の手で挟まれていた。 目を逸らせない状態で真っ直ぐに見てくるルモンドさんが怖いなと思えば緩く抱きしめられた。
「前から気になっていたのですが、同じ物を使用しているのに香りが違うのは何故でしょう」
首筋に微かに息を感じて動けなくなった。だって、いままで頭を撫でてくれたり、軽いふれあいはあったけど。
「わ、わかりません。あ、でもルモンドさんは、ミントのような香りがします」
「ミント…シュルですかね。害はないのですが依存性がありやめられないんですよね」
シュルとはタバコだ。この世界にもタバコがある。だけど大きな違いは身体に悪影響はないらしい。ただし私のチョコレート好きと同じで、一度吸ってしまうと止められないのが短所だそうだ。
でも、タバコの香りだけじゃないような。
「なんだか、今朝は積極的ですね」
「えっ、やっ違います!」
分析したくなり、胸元に顔をつけていたらしい。
は、恥ずかしい。
思わず俯けばクスクスと頭上から控えめながらも楽しそうな笑い声がした。
私とルモンドさんは、結婚しているけど未だ恋人未満な関係のまま。
でも、とても居心地がいい。それに通いのお手伝いに来てくれている二人の元お城の侍女さんとも打ち解けてきて今度一緒にお菓子を作る約束もしている。
そんな穏やかな日々。
だけど。
「ルモンドさん、お帰りなさい。今日は早かったで」
「チドリさん、もしかしたら小さな手紙くらいなら元の世界に送れるかもしれない」
──変化は突然訪れる。