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冷血非道な貴方と何も知らない私の始まりの話

作者: えっちゃん

プロローグな話です。


 “魔法狂いのラウエル”こと、ラウエル・ノーマンは国内外でも有名な考古学者で魔道具研究家である。彼の冒険は本に纏められて出版され、ベストセラーになるほどの人気があった。


 派手な父親とは違い、ラウエル・ノーマンの娘アメリアは容姿も頭の出来も可もなく不可も無い、極々平凡な少女だった。

 ほんの一か月前までは、同じ両親をから生まれたとは思えないほど外見と頭脳も良い一歳下の弟と、まだオシメが取れてない幼い弟、ぼんやりしていて危なっかしいけれど料理上手で優しい母親と平凡な日々を送っていた。

 父親が研究のための冒険やら、研究施設に引きこもるとかでめったに家に居ないことを除けば、本当にごくごく普通の生活だったと今にしては思う。

 ほとんどの庶民が通う学園の高等部二年生となり、友人たちは素敵な彼氏が出来ているのに恋愛のれの字も感じられない、かといって刺激的な出来事への憧れもたいして持たないアメリアには、平凡でも平和なぬるま湯みたいな日々が丁度良かった。




「こんのアホカル!!」


 黙っていれば見目麗しい美少年が眉を吊り上げながら、毛玉を彷彿させる天然パーマの頭をした幼児を捕まえようとするも、幼児は曲芸師顔負けの動きでひらりとかわす。


「本当にラスベルとカルスは仲良しだねー」


 二人がじゃれている様子はいつもの事だし、弟達の少々過激なじゃれ合いをアメリアは見ていて微笑ましいとすら感じて目を細める。

 学園では女子から「冷静沈着で素敵」と熱い視線を送られている弟、ラスベルにしたら自分より年下の弟で幼児のカルスに馬鹿にされることは、腸が煮えくり返るくらい腹が立つことなのだ。しかしながら、喧嘩の理由は母が作ってくれたカップケーキの取り合いなのだから可愛らしくて笑ってしまう。

 弟達の喧嘩は二人をよく知らない者が見たら、幼児虐待と慌てふためくだろうが幼児のくせに身体能力がずば抜けて高いカルスは大して怪我を負わないし、ラスベルも一応は手加減をしている。


「もう~ラスベルもしつこいぞぉー!」

「うるさい! 今日こそは尻百叩きの刑にしてやる!」

「そんなへなちょこ攻撃じゃあボクは捕まらないもんねー」

「あんだとゴラァ!」


 お馬鹿な顔をして逃げるカルスに、業を煮やしたラスベルは右手の平に赤色の魔力を集中させる。


「あっ、ちょっと! それは駄目っ!」


 幼児の弟相手に爆炎魔法はやり過ぎだと、慌てたアメリアは硝子のコップをテーブルへ置き、カルスと部屋全体に結界魔法を展開させる。

 攻撃魔法ではラスベルにはとても敵わないが、平凡なアメリアの中で唯一平凡ではないと自慢できるで回復・補助系魔法だったら何とか対抗できるのだ。


 ドカンッ!!


「うわあぁあん~!!!」


 詠唱無しで張った結界は爆炎魔法の威力を抑えはしたが、直撃した痛みで泣きだしたカルスはポケットから取り出した黒光りする大きな魔石を投げつけようとした。


「また父さんの部屋から変な物持って来たのか! 駄目だろ!」

「いやだーはなせー」


 ラスベルに首根っこを掴まれて、魔石を持ったままカルスは手足を激しく動かして暴れる。


(もうーこれ以上部屋を荒らされちゃ困るわ)


「うわっ」


 暴れるカルスの振り上げた手から魔石が勢いよく飛んでいく。

 そろそろ止めようかと、ケーキを刺したままのフォークを皿に置いて立ち上がったアメリアの目に飛び込んできたのは、幼児の拳大の黒い塊だった。


「姉さんっ避けて!!」

「ねえたんー!!」

「えっ?」


 目を見開いたアメリアの目前で魔石が弾け、粒子となった魔石が黒色の魔法陣を展開していく。

 魔法陣から伸びた無数の漆黒の鎖がアメリアの体を絡め取る。

 魔法陣を止めようと、魔法を放とうとしているラスベルへ手を伸ばすものの、鎖は外れるどころか更に絡みつき魔法陣の内部へアメリアを引き摺り込んでいく。

 頭にまで絡みついた鎖でアメリアの視界は真っ黒に染まり、あっという間に何も見えなくなった。





 魔法陣に吸い込まれた後、弟達の声が全く聞こえなくなりいつの間にか体を拘束した鎖の感触も消えていた。

 普通に呼吸が出来ていることに気が付いたアメリアは、きつく瞑っていた目蓋を恐る恐る開く。


 目蓋を開いて見えたのは、白い壁紙と重厚で高級な物だと分かるチェストとテーブルセット。こんなに高級な家具は家には無い。明らかに此処は先程まで居た自宅の居間ではない、白を基調とした見知らぬ部屋だった。


「あ、れ……?」


 スカートから出た脚にすべらかなシーツの感触がして、自分がベッドに両足を投げ出して座っていることと、胸のすぐ下あたりが苦しくて視線を移して、誰かの腕が体に巻き付いていることに気が付いた。

 密着する背中にも温もりを感じるから、誰かに背後から抱き締められているのだと脳が理解して、一気に全身の熱が上がった。


「ななな、なに!?」

「お前は……」


 背後から聞こえた声は低い男性のもので、何故こんな状況になっているのか理解できないアメリアは慌てふためき、抱き締める腕から逃れようとする。

 逃れるどころか背後から抱き締めている腕は、離れるどころか力がこもっていく。


「なにっ!? ここどこ? ラスベル!?」

「アメリア、お前の年齢はいくつだ?」

「へっ?」


 男性が自分の名前を知っていることに驚くアメリアの耳元へ、背後の男性は唇を近付ける。


「いくつだ、と聞いているんだ」


 命ずることに慣れた威圧的な男性の声に、これは彼に逆らうのは得策ではない本能が警告を発した。


「は、えっと、十七歳です」

「……成る程な」


 何をどう一人で納得したのか、男性はチッと舌打ちをして息を吐く。

 どうでもいいから離れて欲しいと、思いつつもアメリアは何も言えず身を縮こませた。


「あ、あの、失礼ですが、貴方はどちら様でしょうか?」

「今のお前は知らなくても、もう直ぐ分かるだろう」


 困惑するアメリアの肩より少し長い髪を、男性は無言のまま片手で梳く。

 思いの外優しい手つきに、彼がどんな顔をしているのか知りたいと思ったが、怖くて振り向くことが出来ない。


「俺とは近いうちに会うことになるからな」

「あの、どういう……」

「その時まで覚えておけよ」


 大きな手がアメリアの髪から頬を滑り降りて顎を摘み、そのままぐい、と上を向かされる。

 目の前に飛び込んできたのは、国宝級の彫刻の様な整った造形と、とてつもなく目つきの悪い男性の顔だった。

 普通なら綺麗よりも恐怖を感じるだろう彼と無言のまま見つめ合う。頬を撫でる指先がくすぐったくて、アメリアは目を細める。

 男性の周囲が揺らぎ、彼は僅かに口角を上げた。


「お前は俺のモノだということを忘れるな」

「っ!?」


 微笑みに魅入ってしまったほんの一瞬のうちに、彼の顔が近付き温かくて柔らかいものが唇へ押し当てられた。


 ぼふんっ!!


 何がどうなったのか確認する間も無く、突然の爆音と立ち上る煙にアメリアの視界は何も見えなくなった。





「姉さん!!」

「おねーたんっ戻ってきたー!」

「……カルス?」


 泣きべそのカルスに抱きつかれ、呆然と呟いたアメリアは辺りを見回す。見慣れた部屋は、どこぞのお貴族様のような部屋ではなく元居た自宅の居間だった。

 さっきまで居た場所と男性は一体何だったのだろうかと、アメリアは首を傾げた。

 賑やかな弟達の元へ戻って来たという安堵感を感じつつ、ほんの少しだけ寂しさを感じたのはきっと気のせいだ。

 大丈夫かと何度も問うラスベルには答えず、アメリアは自分の唇を人差し指で撫でる。

 煙で見えなくなる直前、唇に押し当てられた感触は柔らかくてあたたかかった。


(まさか、あれは……)


「キス~!!??」

「「えぇっ!?」」


 口元を手で覆い、耳まで真っ赤に染めているアメリアを見て、事情を知らない弟二人は何が起きたのか大いに焦り、狼狽えた。




 父親の書斎を漁ったラスベルから、カルスが投げてアメリアに当たった魔石には時空魔法が組み込まれており、もしかしたら魔法陣に吸い込まれて行った世界は過去か未来だという説明を受けた。

 男性の発言からあの場所はおそらく未来。思い出す度に、自分がどうしてあんな状況になっていたのか知りたいような知りたくないような、複雑な感情が湧き上がってくる。

 ベランダに出て一人眉間に皺を寄せて考え込んでいるアメリアの隣へ、古びた魔導書を抱えたラスベルがやって来る。


「どうしたの?」

「父さんの日記を読んで例の魔石のことを調べてみたんだ。魔法陣に吸い込まれた先で姉さんが何を見聞きしたかは知ないけど、あの魔導具の行き先は姉さんがこの先選択していく可能性のある、枝分かれした先の未来の一つみたいだよ」

「選択した未来の一つ? そっかぁ」


“俺とお前は、近いうちに会うことになる”


 近い将来、あの怖い男性に会うのは選択しだいのなか。

 血のように紅い瞳がとても印象的で肉食獣じみた獰猛さを内包していた男性。

 普段なら絶対に近付かない危険な相手だと直感したのに、不思議と恐怖は感じなかった。

 ただ、彼の大きくて温かい手と少しかさついた唇が“男”を意識させて、思い出す度にアメリアの頬に熱が集中していく。

 恋愛小説やお芝居で見聞きして想像する以外に、恋愛経験が無いとはいえ、こんなにも純情だったとは自分でも知らなかった。


「次は、あの人の名前を聞けるかな?」

「ん? 何が?」

「何でもない。月があんなに赤い色をしているから、何かあったら嫌だなぁと思ったの」


 見上げた夜空には、不吉なことが起きる前兆だと言われている赤い月が煌々と輝いていた。


「そういえば、一か月くらい父さんから連絡来ないな」

「また、危ないことに首を突っ込んでいなければいいけどね。もしかして捕まっているとか? あの逃げ足が速いお父さんに限ってそれはないか」


 根拠の無いただの直感を口にするアメリアはまだ知らない。 

 近い未来、平凡なはずの彼女の生活は強制的に終了させられて、非凡なものへと変わっていくのだということを。


 未来で出会った男性と最悪の出会いをして、彼の正体を知るのは、あと少し。


続きはそのうち書くかも?


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― 新着の感想 ―
[一言] 先生、どうか続きをおねがいします!
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