異端の狩人
最初に目に入ったのは、燃えるような赤い髪だった。
「た、助かった〜」
ドラゴンの口から、襟首を掴んで引っ張り出してくれた後、引き倒された状態で目を白黒させるダンを横目に、彼はすぐ敵の方へと向き直った。まだせいぜい、15歳ほどの小柄な少年だ。差し込んだばかりの朝日に照らされ、頭に巻いた布切れからのぞく赤い髪が、鮮やかに浮かび上がって見えた。
「なあ、ぼうず、お前は確か……」
言いかけた声に、少年はちらと笑顔を見せた。だが、そのまま答えること無く、ダンの側を離れて行く。
「なんだよ、シエナ。ついさっき一人で大丈夫だってぬかしたのは、どこのどいつだったっけな?」
とても戦いの場に居るとは思えない、からかいを含んだ声で彼は言った。ようやく収まった砂埃の向こうから現れた少女は、無事に転がっているダンを見て、胸を撫で下ろしつつ、その言葉に憤慨気味に答える。
「それはあんたが言ったんでしょ。それに、もしあたしが予定通り一人で戦っていたら、今頃ちゃんと対処できてたはずよ」
あくまで不満気な声にも、少し安堵がにじむ。先ほどまで張りつめていた表情が、一瞬で変わったようだった。だが、状況まで好転したわけじゃない。
『よもや、これほど早くここへ至ろうとはな。そなたが我が同胞を葬った狩人か。随分と、変わった魔力を持っている』
ドラゴンは、言葉の割に大して驚いた様子もなく、何かを見極めようとするように少年を見やった。それに対して、彼は少しもたじろがない。
「俺の名は、ハイド。まあ、ドラゴンスレイヤーとしちゃ、俺ほど魔力の乏しい奴は、珍しいだろうな」
まるで、同年代の相手に自己紹介するように、自然体で答えた。人間だけでなく、ドラゴンが相手でも彼の調子は変わらないらしい。
「けど、あんた自身が言った通り、もう一人は俺が倒してきた。ほんと、しんどいったらないな。できればもう、今日はこれ以上、戦いたくないんだけどな」
よく見れば、服や体のあちこちが砂埃で汚れているし、腕や頬には擦り傷も数箇所ある。話し方こそ自然体だが、それも乱れそうになる息を無理やり静め、声が揺れないように努めながら、一言ずつ話しているようだった。しかし、シエナと合流する直前、少し離れた場所で盛大に戦闘の音が響いていた。まだあれから、ろくに時間は経っていないはずだ。
こいつ、ドラゴン一匹を一人で、それもこんな短時間で仕留めたって言うのか?
仮に、相手がまだこの咆龍に比べて若く未熟で、かつ小柄な翔龍だったとしても、信じがたい話だった。
「とは言っても、人が喰われるのを放っとくわけにはいかないし、これ以上街を壊させるわけにもいかない。あんたには悪いが、ここで戦わないって選択肢はなさそうだ」
言いながら、いつの間にかその手には変わった形の黒剣が握られている。先程までの、疲れを滲ませた様子は薄れ、代わりに淡く静かな笑みが口元に浮かぶ。荒れていた息も落ち着き、肩越しに投げた少女への視線からは、新たな戦意が感じられた。
「だよな?、シエナ」
「……ええ。一度戦いを始めた以上、もちろん最後までやり通す。守るために剣を取ると決めたのだから、途中で投げ出したりなんか、しない」
体勢を立て直し、再び二振りの獲物を手にしたシエナは、背筋を伸ばしてハイドの隣に並ぶ。己に向けられた三振りの刃を前に、咆龍も白く輝く魔力を角へと集め、全身に闘志を漲らせていく。
そして、ダンが立ち尽くす目の前で、本当の戦いが始まった。
◇◯◇
「いやー!まさかあそこまでの奴の戦いが、ほとんど時間稼ぎの為のもんだったとはなー!」
飲み干したジョッキを音を立ててテーブルに置きながら、ダンは豪快に笑った。
「俺はあれだけ奮闘したってのに、奴にとっても嬢ちゃんにとっても、せいぜい小手調べ程度だったわけだ」
時刻は夕暮れ時。酒場を兼ねた宿屋の一階で、シエナとダンの二人はテーブルについていた。ここは街にいくつかある宿屋の内の一軒で、二階建ての一階は酒場になっていて、二階には宿泊用の部屋が並んでいる。木造の壁や床には酒と煙草の匂いが染み付き、テーブルには使い込まれた証が傷として、ところどころに刻まれている。
奥のカウンターでは主人と女将が腕を振るい、料理や酒の用意と配膳に忙しく動き回っていた。周囲のテーブル席では、一日の仕事を終えた10人ほどの街の人々が、思い思いにジョッキを傾けながら今朝の騒動や今日一日の出来事について語り合っていた。
時折こちらに向けられる視線を感じるが、恐らく気のせいではないだろう。街を襲った二頭のドラゴンを倒したのが、まだ20歳にもとどかない若い二人組だという話は、既に街中に広まっていた。
「咆龍は周囲の物を破壊する咆哮と、大地を操る魔法を使う。彼はあの時、咆哮と、せいぜい地面の下に潜る魔法しか使っていなかった。翔龍が倒されたのを感じて、私たちの相手をしながら、ハイドが合流するのを待っていたのよ」
シエナは、テーブルの上の料理を口に運びつつ、答えた。今日のメニューは、大きなじゃがいもの入った鶏肉のシチューと、パリッとした皮のパンだ。手元にはジョッキの代わりに、果物の果汁が入ったコップが置かれていた。
パンをシチューに浸しながら、食べ物に目がない相棒のことを考える。ここのシチューを食べるのを、彼は随分楽しみにしていた。後で、少し部屋まで持って行くべきかもしれない。
「でも、ドラゴンの持つ魔法の種類なんて、ドラゴンスレイヤーなら知ってて当たり前の知識。咆龍の咆哮は、その気になれば、街のひとつくらい簡単に吹き飛ばせる。それを知りもせずに向かって行くなんて、無謀にも程がある」
「いや〜、そう言われると面目ない。やっと嬢ちゃんたちに追い付いたってんで、ついついでしゃばっちまった」
ダンは、辛辣な言葉にも笑って頭を掻いた。すでに三杯のジョッキを空にしているが、まだ酔いの回った様子はない。どころか、ふと鋭い目をして聴いてきた。
「にしてもだ、あの後の戦いは凄かったな〜。俺じゃあ何が起きたのか、てんで分からなかったんだが、一体どうやって奴にとどめを刺したんだ?」
「………」