咆龍との戦い2
咆龍は、次々に攻撃を仕掛けてきた。石畳の下から、爪や尾、角や口が次々に飛び出して襲いくる。それらをダンはおっかなびっくり、シエナは軽々と避けていく。だが、逃げているだけでは一向に状況は変わらないのだ。そしてそのことに、彼もまた気づいたらしかった。
「おい、嬢ちゃんっ。このままっ!飛んだり逃げたりしているだけじゃ、何にもならないんだろっ?」
石畳に僅かな影のようなものが映るたび、あっちへこっちへと慌てて移動するので、声を弾ませながら彼は訊ねた。
「だいたい、何で土の中にいるってのに、地面が揺れたり音がしたりって兆候が無いんだ?せめてそうすりゃ、もうちょっと、避け様もあるんだがっ!?」
「その話は後でいくらでもするから、今は目の前に集中して!確かに、何らかの方法で攻撃する必要があるけど、問題は……」
「ああ、問題は?」
「問題は、私たちが攻撃しようとする意志を、相手は簡単に感じ取れてしまうってこと」
何せ、相手はドラゴンだ。彼らの目は、人間のあらゆる感情や思いを見通す力を持つ。それらを喰らうことで生きているのだから、当然と言えば当然の能力なのだが、だからこそ、ドラゴンとの戦いは一筋縄ではいかないのだ。
「そうだったな……じゃあどうするんだ?流石に喰われるのは、ちとごめんだぞ」
ダンの笑顔に冷汗が浮かぶ。やっと、ドラゴンとの戦いがどういうものかを、少し理解し始めたようだ。だがあいにくと、これ以上ゆっくり教え込んでいる暇はない。
シエナには少なくとも一つ、攻撃手段に心当たりがあった。こういった場合には大いに効果的かつ確実で、消耗もそうひどくならずに済む。ただ、唯一懸念する点があるとすれば、現在シエナが一人ではないという点だった。互いのことを熟知している間柄ならまだしも、ドラゴンとの戦いが素人同然のダンを守りながら、この戦法を取ることは果たして可能だろうか。ことによっては、どちらか一人がドラゴンの牙をもろに受けることにも成りかねない。かと言って、他に取れる方法も今のところ見つからない。どうやら腹を括るしかないようだ。
「……私に一つ、考えがあるの。でもこの方法を選ぶには、あなたの協力が不可欠になる」
ドラゴンに感情の動きを極力悟られぬよう、心を静めながら抑えた声で伝える。連続で力を消費したためか、一時的に敵の攻撃の手も止んでいた。
「そいつはありがてぇ!で、何をすりゃいいんだ?」
「その前に、あなたには分かっててもらいたいの。もしこの方法が失敗すれば、間違いなく、どちらかがドラゴンの犠牲になるってことを」
「!!……なるほど、つまり一か八かの戦法ってわけだ」
「その通り。なんせ、名前以外何も知らない者同士で組まなきゃならないんだから」
皮肉を込めて言うと、流石に悪いと思ったのか、珍しく彼は言葉に詰まった。
「……悪かったよ。深く考えもせず、いきなり戦闘に首を突っ込んで、さ」
表情にも、心なしか苦いものが混じった。少し意外に感じて、シエナは彼の顔を見返した。その精悍な顔立ちの中に、これまでの奔放さとは少し違った、誠実さが垣間見えたように思えた。
しかしそれも一瞬のこと、すぐ元の自信にあふれた表情に戻り、担いだ大剣の柄を強く握り直す。
「だがそれなら、俺も覚悟を決めるさ。今度こそ、嬢ちゃんの助けになってみせるぜ。だから、遠慮せずどんなことでも言ってくれ!」
「……分かった。なら、ここからは手加減しない」
「ああ!望むところだ」