咆龍との戦い
敵を左に、戦場を駆け抜けながら狙いを定め、両手の剣に魔力を注ぐ。緑の刃はシエナの闘志に応えるように輝きを増し、波動を纏う。ドラゴンの爪を跳躍と共に回避しつつ、空中で右の剣を横に振り抜き、次いで左の剣を下から上へ振り上げる。剣から放たれた緑に輝く十字の軌跡は、風を裂き、相手の3本角のうち真ん中の一本を捉えた。
『くっ‼︎』
受けた衝撃に、ドラゴンの頭部が僅かに傾く。できた隙は決して大きいとは言えない。が、咆龍相手にこれ以上の好機は望めないだろう。
シエナは着地と同時に前へ飛び出した。走りながら素早く呪文を唱え、両腕に膂力を補う魔法を付与する。その間、一切相手から視線は外さない。狙うべき一点を見定め、全力で踏み込む。
ところが、
「おっしゃ、もらったーーーー‼︎」
今度は横から、大剣を振りかざしたダンが飛び込んできた。ドラゴンに集中するあまり、すっかり視界が狭まってしまっていたらしい。
とっさに舌打ちが出る。
「っ‼︎ だめ、そっちは!」
ダンは、斜め後ろから隙を突こうとしたシエナとは対照的に、ドラゴンの真正面から飛び掛かっていく。先ほどの彼女と同じ、相手の角を狙おうとしているのだ。
けれど、今そんなことをしたら――
『――――――っ‼︎』
咆哮が放たれた。大地を揺るがし、周囲を破壊する魔力を持った咆龍の聲が。
相手の真正面、それも空中にいたダンは、ろくに防御もできぬまま吹き飛ばされる。後方にいたシエナも、轟音と衝撃に耐えられず、建物の壁に叩きつけられた。
「痛っつつ……」
動きを止めたのは一瞬で、すぐに痛みをこらえて立ち上がる。衝撃を受ける際に二本の剣を盾にしたのと、ぎりぎり受け身が間に合ったのが幸いだった。多少打ち身は負ったものの、大きな外傷はなさそうだ。自分の体の状態を確認しながら、さっと周囲の状況と敵の様子を確かめる。
周りの景色は一変していた。石畳は、ドラゴンを中心に砕けてところどころめくれ上がり、周囲の建物の壁にはいたるところにひびが入って、今にも崩れてしまいそうだ。先ほどまで建物の中で息をひそめていたであろう住民たちが、差し迫った身の危険を感じて飛び出し、戦場から少しでも距離を置こうと逃げていく声が聞こえる。幼い子供の泣き声や、父親だろうか、男性の怒号も耳に届いた。
一方で、吹き飛ばされたあの男は、意外にもぴんぴんしていた。シエナよりよほど酷く壁に激突したはずなのだが、頭をぶんぶんと振りながらも、しっかりとした足取りで立ち上がろうとしている。そして肝心のドラゴンは、あれだけの魔力を放出した直後とは思えないほど落ち着いた様子で、体勢を戻してこちらを振り返った。
『我が咆哮を受けてなお、絶望に堕ちないか』
「……当然です。私は、ドラゴンスレイヤー。あなた方ドラゴンと戦い、人間を守ることを役目とする者。この程度で絶望に飲まれはしない」
強がりではなかった。これまで辿ってきた道のりは、この程度で揺らぐような、甘い覚悟で乗り越えられるものではなかったのだから。
『ならばその強き心、我が身の糧として味わってやろう』
言葉が脳内に響くより先に、ドラゴンの巨体が沈み込み、そのまま石畳の下へと消えた。
ついに、咆龍の本領発揮だ。
「痛ってて……。ったく、いきなり吠えるとはな。……ん? 奴はどこへ行った?」
ようやく立ち上がったダンが、見失うはずもない大きさの獲物の姿を見つけられず、髪をかき上げながら声を上げた。
「地中に潜ったのよ。今は見えないけど、すぐに下から攻撃してくる」
「下からか! そいつは、避けるのが難しそうだな」
一歩間違えば体中の骨が粉々になるような攻撃を受けておいて、まるで懲りた様子が無い。むしろ、未知の状況を前に生き生きと笑い、楽しんですらいるようだった。
「避けなくていい。あなたは今すぐここから離れて」
「おいおい。それじゃあ、嬢ちゃんの助っ人にならないじゃないか」
「私は最初から、あなたに助けを求めた覚えはない!」
周囲を注意深く見渡しながら、焦りと苛立ちを抑えて言う。
「戦い慣れているのは分かるけど、あなたはドラゴンスレイヤーじゃない。ここから先は私達に任せて、あなたはすぐに避難して」
「『達』も何も、嬢ちゃんは一人じゃないか。お前さんに戦わせておいて、助っ人の俺だけが逃げ出すなんて……」
「……っ‼ 黙って避けて‼︎」
「んなっ‼︎」
シエナの突然の叫びに、ダンはほとんど反射的に反応した。大剣を担いだまま体を投げ出すように避けた瞬間、それまで彼が立っていた場所を、下からせり上がってきたドラゴンの口が飲み込んだ。地面に転がった男は、素早く立ち上がりつつも、驚きを隠せない。
「下からって、そのまんま口からかよ!」
「当たり前でしょ! どんどん次が来るから、身構えて!」
こうなっては、下手にここから動くことの方が危険だ。後は、やる気満々の青年が暴走しないよう、制御しながら戦うより他にない。
一刻も早く相棒が合流してくれることを、切に願いながら。




