旅する二人
物語の始まりは、
まだ少年が己を知らず
少女の刃が過去を写していた頃ーー。
翼の音が聞こえた。
続いて響いた咆哮と、人の騒ぐ声。
さらにすぐそばで何か音がして、
ようやく目を開けてみる。
横を見ると、相棒が窓を開けて
外の様子を伺っていた。
と、思ったらすぐにこっちへ向き直り、
まだベットに寝っ転がったままの俺を見て
両眉を釣り上げた。
「いつまでそうやって寝てるつもり?わかってるだろうけど、ぐずぐずしてたら"彼ら"が横槍を入れてくる可能性が高い。それに、これ以上被害を出さない為に、あたしたちが依頼を受けたんでしょ」
もちろん、わかってる。
早いところ動き出さなければ、
まず間違いなく"彼ら"が手を出そうとするだろう。
そうなったら正直、
かなり面倒な事態になりかねない。
それに獲物の方も
どうやら随分と腹を空かせているようだから、
放っておけばすぐにでも
新しい犠牲者が出ることになる。
「ああ、わかってるさ。3日も待ってようやく現れた、久しぶりの獲物だ。万が一にも、横取りされるなんてごめんだからな」
ようやっとベットから体を起こし、
手早く支度をして2人で宿を出た。
見上げた空は
まだようやく朝日に染まり始めたところ。
普段なら眠りの底にあるはずの街は、
しかし既に2頭の外敵によって
叩き起こされていた。
再び空気を震わせる咆哮が響く。
相手はそれぞれ、
右前方2ブロックの位置と、
4ブロック先の正面にいるらしい。
二手に分かれるべきか……と考えた瞬間、
右手で魔力が風船のように膨れ上がり
解き放たれると同時に屋根越しに赤い炎が翻った。
これはいよいよ急いだ方がいい。
「よし、あっちは俺が引き受ける。お前は奥の方へ向かってくれ」
「……大丈夫?向こうの方が気性が荒いやつみたいだし、あのブレスじゃ、翔龍の可能性が高い。だとしたら、1人じゃきついかもしれない」
さすがに、長い付き合いなだけはある。
その見立ては多分正しいし
俺自身、はっきり言って体が重い。
正直なところ、できればあのまま
宿でゴロゴロしていられたらよかったのに……と、
思ったりもする。
けどだからって
ここで放り出すわけにもいかない。
こいつの足を引っ張るなんて
まっぴらごめんだ。
「いや、1人で行けるさ。シエナの方こそ、俺が行くまでそっちの獲物を逃すなよ。丸呑みになるのも、踏み潰されるのも禁止だからな」
「あんた、あたしのこと馬鹿にしてるでしょ。そんなヘマ、するわけないから!」
また細い眉を釣り上げながら、
短い黒髪を風になびかせて
シエナは目指す方へ走っていった。
そうだ。まず問題ないと考えたからこそ
二手に分かれる方が早いと思った。
しかし、こっちは手早く済ませて行かないと
あいつのことだから、またやらかしかねないな……。
考えながら、俺は右手の獲物を目指して走った。
最後の角を曲がった途端、
こちらを振り向いた相手と
ぴったり目が合った。
2枚の巨大な翼と、力強い2本の足、
長い尾の先には鋭い突起があり、
頭には角が並んでいる。
こいつが、俺たちが"ドラゴン"と呼び
戦うことを目的としている獲物だ。
4つのサファイアのように青く燃える瞳が
辺りに残った小さな火種に照らされて、
体を覆う濃緑色の鱗と共に
薄暗い街に鮮やかな色を撒き散らす。
俺の姿を捉えた途端、その瞳の中に
激しい闘志と食欲とが宿るのが見えた。