旅する二人
物語の始まりは、
まだ少年が己を知らず
少女の刃が過去を写していた頃ーー。
東の空が、少しずつ光を帯び始めるころ。街道の北側、小高い丘の中腹に広がる小さな町・タラクは、響き渡る2つの咆哮によって目覚めを迎えた。少し時をおいて、その声に応えるように、兵士の高い笛の音が町のあちこちから沸き起こる。
タラクの町は今、3日ぶりの「襲撃」を受けようとしていた。
◇○◇
翼の音が聞こえた。
続いて響いた咆哮と、人の騒ぐ声。
さらにすぐそばで何か音がして、
ようやく目を開けてみる。
横を見ると、シエナが窓を開けて
外の様子を伺っていた。
少しすると、乗り出していた体を戻し
まだベットに寝転がったままの俺を見て
いつもの如く眉を吊り上げた。
「一体いつまで寝てるつもり? ぐずぐずしてたら、"彼ら"が横槍を入れてくるかもしれない。第一、あたし達はこれ以上被害を出さないために依頼を受けたんでしょ?」
もちろん、わかってる。
早いところ動き出さなければ、
まず間違いなく"彼ら"が手を出そうとするだろう。
それなりに距離は開いたはずだが、
あの2人ならじきに追いついてくる。
そうなったら、かなり面倒なことになりかねない。
獲物の方も随分と腹を空かせているようだから、
放っておけばすぐに新しい犠牲者が出ることになる。
「ああ、わかってるさ。3日も待ってようやく現れた獲物だ。俺だって、横取りされるなんてごめんだ」
言いながらやっとベットから体を起こし、
手早く支度をして2人で宿を出た。
見上げた空は、まだようやく朝日に染まり始めたところ。
普段なら眠りの底にあるはずの街は、
しかし既に2頭の外敵によって叩き起こされていた。
再び空気を震わせる咆哮が響く。
相手はそれぞれ、右斜め前方と正面奥に居るようだ。
二手に分かれるか……と考えた瞬間、
右手で魔力が大きく膨れ上がり
解き放たれると同時に屋根越しに赤い炎が翻った。
これはいよいよ急いだ方がいい。
「よし、あっちは俺が引き受ける。お前は奥の方へ向かってくれ」
「……いいの? 向こうの方が気性の荒い奴みたいだし、あのブレスじゃ翔龍の可能性が高い。だとしたら、ハイド1人じゃきついかもしれない」
速度を落とさず隣を走るシエナが、
目元に少し心配の色をにじませた。
その見立ては多分正しいし、
俺としても翔龍の相手は気が重い。
できればあのまま、
宿でのんびりしていたかったとも思う。
だが、だからといってここで放り出すつもりはない。
時間勝負である以上、可能な限り両方同時に当たるべきだろう。
自分の力不足で相棒の足を引っ張るなんて、
まっぴらごめんだった。
「いや、1人でもいけるさ。あっという間に仕留めてやる。シエナの方こそ、俺が行くまでそっちの獲物を逃すなよ。丸呑みになったり、踏み潰されたりしないようにな」
「あたしはそんなヘマしない! ……じゃあ、待ってるから」
一度、互いの手を打ち合わせてから、
短い黒髪を風になびかせ、シエナは目指す方へ走っていった。
手に残る、衝撃と熱をまとめて握り込む。
あいつに任された以上、情け無い真似はできない。
久々の1人での戦場を前に、鼓動が早まるのを感じた。
最後の角を曲がった途端、
こちらを振り向いた相手と
ぴったり目が合った。
薄く巨大な2枚の翼と、力強い2本の足
長い尾の先には鋭い突起があり、
頭には角が並んでいる。
こいつが、俺たちが"ドラゴン"と呼び
戦うことを目的としている獲物だ。
4つのサファイアのように青く燃える龍眼が
辺りに残った小さな火種に照らされて、
体を覆う濃緑色の鱗と共に
薄暗い路地に鮮やかな色を撒き散らす。
俺の姿を捉えた途端、その瞳の中に
激しい戦意と食欲とが宿るのが見えた。




