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祝福の世界で

 シエナ達と分かれた後、ダンとハイドはシエナの書いたメモに従い、市場で買い出しを行っていた。

「えーっと、これで干し肉と塩、包帯、革紐は揃ったな。後は、魔法に使うチョークか木炭を少しと、この……ミモ……ガレアと、コヌグイ……?だな。けどこれ、一体何の名前だ?」

「ああ、それは多分薬草の名前だな」

「薬草? 嬢ちゃん、薬草に詳しいのか?」

「詳しいって言うか、薬草から薬を作るんだ」

「薬を? 買うんじゃなく自力で作るのか」

「ああ、いつもそうさ。もともと、父親が薬師だったらしい。あいつが作る薬、売ってるのよりずっと効き目があるんだ」

「へえ~、嬢ちゃんの薬か。そいつは一度、借りてみたいな」

 歩きながら、メモに落としていた目線を上げ、改めて周囲を見渡す。

 買い物のため、目当ての店を探しながら歩き回るうちに、町中央の大通りからは大分離れていた。いつの間にか、町の南部と思われる、小さな店が多く集まった細い路地を歩いている。ハイドはダンの斜め後ろを、頭の上で腕を組みつつ、ぶらぶらと付いて来ていた。

「……それはそうと、その『嬢ちゃん』て呼び方、やめた方がいいと思うぞ」

「そうか? これまで、散々呼んでも嬢ちゃん自身は何も言わなかったが」

「あいつが何も言わないのは、まだ我慢してるからだ。その内、辛抱できなくなって、いきなり怒り出すと思う。あいつ、そういう子ども扱いするような呼び方が嫌いだからな」

「別に、子ども扱いをしているつもりは無いんだがなあ……だがまあ、本人が嫌がることを続ける必要も無いな。これからは、普通に名前で呼ぶことにしよう」

 せっかく忠告を受けたので、素直に従っておくことにした。しかし、本当にシエナのためだけなのだろうか。横目に様子を伺いながら、聞いてみる。

「ぼう……いや、ハイド(・・・)は、相棒が変な呼び方をされるの、嫌なのか?」

「?……いや、あいつがどんな呼ばれ方をしても、俺は特に気にならないが」

「なんだ。別にそういうことじゃないのか」

「ん?……そういうことって?」

 どうやら本気で違ったらしい。きょとんとこちらを見られては、それ以上返せる言葉がない。

「いや、違ったならいいんだ。……それより、この薬草を揃えるには、どの店へ行けばいいんだろうな。悪いが俺は、薬草や薬に関しちゃ何も知識が無いんだ。正直、正しく買えるかどうかも怪しいんだが……」

「ああ、それなら多分向こうの店だ。前にこの町へ来たとき、シエナが立ち寄ってた」

 無理やり話題を変えたが、ハイドは気にも留めなかったようだ。

 組んでいた腕を降ろし、ダンの前に出て記憶を頼りに店を探し始める。神殿も近いこの辺りは、人の流れが常にあるため、商売に向いているらしい。パン屋や服屋、鍛冶屋、武器屋など、狭い道に小規模の店が所狭しと並んでいた。

 しばらく歩き、幾つかの角を曲がると、入り口にドライフラワーの束が下がっている、緑の壁の店を見つけた。正面の窓は木戸が閉められ、店内の様子は伺えなかったが、近づくと薬草独特の香りが鼻先をくすぐった。

「確かここだ。この店でなら、その材料が揃うだろうな」

「そうか。そしたら、悪いんだが薬草のことは……」

「ああ、そうだな。さっきまでの買い物は全部ダンに任せきりだったし、ここは俺が買って来よう。いつも見てるから、少しは頼み方も分かるしな」

「そいつは有り難い。じゃあ、頼んだぞ」

 扉を開け、薄暗い店内にハイドが入っていくのを見送る。

 待つ間に、残りの買い物を済ませてしまおうと路地を見渡した。ここも先ほどと同様、細い道の両側に店が並んでいたが、多少道幅が広いためか、時折地面に敷布を敷いて商品を売っている者たちが居た。置いている商品は色々で、壺や防具、家具などの他、装飾品や工芸品もあった。

 チョークや木炭を探す途中、一つの敷布の前で足を止める。その店の敷布には、木製の置物などが綺麗に並べられていた。


◇○◇

 

 ハイドが店から出てきた時、ダンは既に買い物を終え、薬草屋の壁に寄りかかって待っていた。

「やっと終わったか。思ったよりも時間がかかったな」

「まあな。メモをそのまま見せたら、ついでにこれも買えあれも買えって、色々押し付けられそうになってな。取り敢えず言われたものだけ買ったつもりだが、いつの間にか他のものも買ってたりして」

 言いつつ、手に持った包の中を覗き込み、こちらにも見ろと差し出してきた。

 一応中を見てみたが、葉の形の違う薬草が複数入っている、ということしか分からなかった。

「そういう商売は、てっきり肉屋や魚屋ばかりかと思ってたが、案外薬草屋も変わらないんだな」

 少し辟易したような少年の表情が可笑しく、ダンは軽く笑いながら言った。

「どこでもそうってわけじゃないさ、多分。ここは前に来たことがある、顔見知りの店だったからな」

「なるほど。知り合いだからこそ、か。……まあ、それはそうと、少し寄り道してもいいか?」

「俺は別に構わないが……買い物は済んだんだろ?」

「ああ。待っている間に残っていた物も買ってきた」

 ダンは買い込んだチョークの布袋を、抱えた荷物から出して見せた。

「なら別に、シエナのやつも文句は言わないさ。それで、どこに行くんだ?」

「ああ。少し、神殿に寄ろうと思ってな」

 言い指して、周囲の建物の向こうに見える、白い石造りの神殿を振り返った。


 神殿は、町の南の端に建てられている、円形をした巨大な建物だった。建材となっている白い石は、近くの山から切り出したものと思われ、柱や壁、床や天井に至るまで、一貫して同じものが使われていた。

 開け放たれた鉄の扉から中へ入ると、二十歩分ほどの奥行の空間を経て、円形の回廊が続いている。回廊に囲まれた中庭には泉が湧いており、近くに石造りの台座が置かれていた。その泉を望めるよう、回廊の内側にはほとんど壁が無く、白い柱のみが等間隔で並んでいる。

 神殿の入り口の両側に立つ柱には、蔦や葉の彫刻が彫られ、建物内部の壁にも鹿や兎、魚などの美しい模様が入っていた。天井は二階分ほどの高さにあり、模様は無かったが、磨き上げられた石の表面が泉の水面の光を弾いて輝いていた。

 入り口の空間の正面に一つと、回廊の外側の壁に沿うように五つ、全部で六つの祭壇が置かれている。祭壇は、建物とは対照的な黒い石で作られていた。祭られているのは、ルグランシア全土で信仰されている、六人の神々だ。祭壇にはそれぞれの神のシンボルが置かれ、その周囲に訪れた人々の供え物が並べられていた。

 ダンは神殿に入ると、まず正面の祭壇へと歩み寄った。置かれているシンボルは銀で作られた水盤だ。その水面にはさざ波一つ無く、冷たく美しい静寂を感じさせる。

 人々の信仰が最も厚い、月の神トルトラの祭壇だった。月の神は魔法や魔力、あらゆる創造の力を司るとされる。供え物には、月を象った銀細工や、磨き上げられた魔導石が置かれていた。

 しばし祭壇の前で足を止め、目を瞑って祈りを捧げる。ハイドはそんなダンの横に立ち、ずっと水盤を覗き込んでいた。

「……ハイド、あまり祭壇に近づくな。置かれた供え物が落ちるぞ」

「ああ、そうだな。気を付ける」

 返事の割にあまり反省した様子は無かったが、ダンはそれ以上何も言わなかった。信仰や祈りの形は、人それぞれでいい。他人が口出しするものではないだろう。

 祈りが終わると、今度は右の回廊に進む。途中、一つの祭壇を通り過ぎ、二つ目の祭壇の前に立ち止まった。

「これは、雷の神の祭壇だろ」

「ああ。雷の神シャガールは、地上に(いかづち)を落とし、戦士を祝福する戦いの神だ。俺は必ず、依頼の前には神殿を訪れ、祈りを捧げるようにしてる」

 祭壇に置かれたシンボルは、鞘に雷の紋様を刻んだ長剣だった。その周囲には盾や剣、弓、槌などを象った、木や石の形代が並べられている。

 ダンは他の供え物を動かさぬよう注意しながら、懐から取り出したものを置いた。それは、先ほど路上の店で買った木製の剣だった。掌に収まるような小さなものだが、その表面には複雑な紋様が刻まれている。ハイドを待つ間、ダン自身がナイフで紋様を彫ったのだ。

(即席の物で申し訳ないが、どうかお受け取りいただきたい。今度の旅も、我が剣が、護るべきものを護れますように――)

 背負っていた大剣を体の正面に立て、その刃の腹に額を当てて、祈りを捧げる。

 ハイドはダンの斜め後ろに立ち、その背を静かに見つめていた。


 祈りを終え、入り口に向かおうとした時、人のざわめきが聞こえて来た。ダン達が来た際も、神殿内にはそれなりに人が居たが、どうやら大勢がまとまって入って来たようだ。

 最初の空間まで戻ってみると、そこに二十人ほどの子供達が集まっていた。月の神の祭壇の前には、ここを管理している神官が三人立っており、子供達に向かって神話と神殿の説明をしていた。

「ここは、月の神トルトラ、太陽の女神ラナ、大地の神ガラルド、海の女神アヴァロア、雷の神シャガール、風の神ユミトの六神を祭る神殿です。祭壇には、それぞれの神を表すシンボルが置かれ、人々の祈りの場となっています」

 神々は、祈る者にそれぞれ異なった加護を与えるとされている。

 月の神は創造と魔法を、太陽の神は破壊と火を、大地の神は豊穣と命を、海の神は潮流と時間を、雷の神は戦と死を、風の神は天候と運命を司る。祈りを捧げることは、彼らの加護を受けられるように願うことであり、供え物はそのための代償だ。

「ルグランシア各地の街にこうした神殿が築かれ、その多くはここと同様に、六人の神々を祭っています。それでは、月の神の祭壇が神殿の入り口に置かれている理由を、ご存知の方はいますか?」

 女性の神官の問いかけに、一人の少女が手を挙げた。

「では、そちらのお嬢さん、どうぞ答えて」

「はい。月の神様が、私たちに魔法を与えて下さったからです」

「ありがとう。そうですね、概ねその通りです。付け加えるならば、かつてこの大陸から魔法が失われかけた際、月の神が改めて私たち人に、魔力を与えて下さったのですね」

 女性は、手にしていた透明な鉱石の玉の表面を、呪文とともにゆっくりと撫でた。

 すると、玉から放たれた光が神殿の天井に広がり、神話の情景を描き出した。その情景に合わせ、神官は神話を語り始めた。


 ――今から約千年の昔。私たち人はまだ魔力を持たず、神々の眷属である精霊を通して、魔法という神の力を使っていました。当時の魔法は今よりずっと複雑で、強大な力を持ち、人の世は大いに繁栄しました。しかし、その力を使い続けるうち、人は神と精霊への感謝を忘れるようになっていきました。

 人が祈りを忘れていくにつれ、精霊による魔法は失われていきました。魔法を使える人は減っていき、いつしか魔法は、特別な魔法使いにしか使えない力になりました。そして、今から約八百年前、残った僅かな魔法使いを巡り、巨大な戦いが起こりました。戦いは、大陸を西と東に分かち、とてもたくさんの人が命を落としました。魔法使いも戦いに駆り出され、さらに数を減らしていきました。

 流された血が大地を染め、天を悲しみが覆い尽くしたとき、人々は心から願いました。神々よ、どうかこの戦いを止めて下さい。そして、再び我々に魔法という奇跡を与えてください、と。

 その祈りに答えたのが、月の神トルトラでした。

 月の神は、戦場となっていた大陸の中央に巨大な山脈を築き、戦いを強制的に終わらせました。その上で、自らの血を大地と天に注ぎ、世界中を巡る魔力の流れを生み出しました。さらに、自らの吐息によって、この世界に存在するあらゆるものへ、魔力という新たな力を吹き込みました。

 この出来事を、私たちは『月の祝福』と呼んでいます。

 祝福を受け、世界は大きく変化しました。人も、動物も、植物も、皆魔力を持って生まれてくるようになりました。中には、魔法の力を使って身を護ったり、狩りを行ったりする、魔獣と呼ばれる動物も現れました。今、私たちが日常的に使っている魔法は、こうして月の神の祝福により、改めて人に与えられたものなのです。


「――そのため、月の神の祭壇は、ほとんどの場合神殿の正面に置かれています。より多くの人が祈りを捧げ、感謝を伝えることができるように……」

 鉱玉の光が収まった後も、神官の説明は続いていた。だが、さすがにそろそろ移動するべきだろう。あまり遅くなって、あの二人を待たせるのも気が進まない。

 ダンが入口へ向かい始めると、それまで神官を見つめていたハイドも、後ろから大人しく付いて来た。

 先ほど語られた神話は、幼い子供が母親から寝物語に聞くような、国を問わず誰もが知っている伝説だ。神殿では、月に数度、周辺地域の子ども達向けにこうした神話や神殿の説明が行われる。午後には、あの子供たちに簡単な魔法の使い方を教える教室が、隣の施療院で開かれるはずだ。

 神官は、神殿を管理するとともに、施療院の運営も行っている。彼らのほとんどが、神官であると同時に魔法の研究者であり、貴重な回復魔法の使い手たちなのだ。

 施療院に来れば、どんな立場の者も、分け隔てなく病や怪我の治療を受けられる。地方の街の施療院では、せいぜい軽傷を治癒させる程度が限界だが、大きな街や大国の中心都市ともなると、致命傷すら癒す回復魔法の使い手が居ると聞く。この、戦いが日常の時代にあって、施療院は数少ない救いの場だった。


 神殿から出ると、丁度ダンの腹が空腹を訴えた。

「そういえば、そろそろ昼時だな。あの二人の分も含めて、何か軽く買って行くか」

「そいつは名案だ!」

 ダンの提案を聞き、なぜか、やたらと嬉しそうにハイドが反応した。

「買うなら何にする? 向こうで見た肉を挟んだパンか、さっきの串焼きか、それともあそこで売ってるスープか……」

「待て待て待て。なんだ、そんなに腹が減ってたのか? だったらもっと早く言ってくれれば、先に買ったんだが」

「いや、腹が減ったかどうかに関係なく、味が気になってたんだ!」

「なるほどな」

 恐ろしく潔い返答に、ダンは笑いが込み上げるのを止められなかった。

 そういえば、昨晩シエナは部屋に戻る際、わざわざ女将から盆を預かっていた。疲れて一日のほとんどを部屋で過ごした、相棒への差し入れだろうと思ったのだが、この様子では普段から食べ物をねだられていたのかもしれない。

「それじゃあ、宿に戻りつつ、何か美味そうなものを探すか」

「ああ、そうしよう!」

 嬉しそうな返答を聞きながら、ダンは宿のある町の北側を目指して歩き出した。

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