妹ディガーズ(三十と一夜の短篇第35回)
ワイシャツ姿の男たちが穴を掘っている。まるで月面に迷い込んだのかと思うくらい不毛で大きな穴をいくつも掘りながら、必死になってつるはしをふるうたびに罪のない地味な柄のネクタイが暴れて、汗と泥にまみれた男たちの顔にペタリとくっつく。彼らは〈妹〉を探して、土を掘っているのだ。シスター・ラッシュがあったのはもう二十年も前の話だが、それでも理想の〈妹〉を探して、やってくる男たちが後を絶たない。このあたりはもうすでに発掘済みの土地で、そんなに多くは見つからない。今年掘り当てた連中もいたが、鑑定した結果、どれも〈クソ兄貴〉と〈カス兄貴〉だった。〈お兄さま〉が最後に出たのは六年前の話だ。こんな貧乏採掘場に男たちが来るのは採掘権を買わずに済むからだ。ゴンドウ山やスジカエの谷では結構な額を取られるので、みなここにやってくる。おまけに夏休みが始まった。カネのない学生たちがスコップ一つでここにやってくる季節だ。昨日来た若造は〈お兄ちゃん〉狙いでここに来たと言ったが、まあ、夏休みをドブに捨てるようなものだ。〈お兄ちゃん〉なんて最盛期の二十年前でさえ、一年に一人、出るかどうかだったのだ。
サブローと岸橋がやってきて、鮭茶漬けと焼き味噌おにぎりのダシかけ梅干し付きを注文する。何か出そうかときいても、二人はどんより濁った眼をさせたまま、おにぎりが金網の上でじりじり焼けるのを眺めている。米とダシと妹の渇望という三位一体に突き動かされるあわれなゾンビたち。妹に夢を見ることはシャブの奴隷になるよりもタチが悪い。いもしない妹の妄想を抱いて土を掘るなんて、こいつらの親だって、そうなれかしと産んだわけでもないだろう。いや、待てよ。こいつらの親がこいつらのことを〈お兄ちゃん〉と呼ぶ妹を産んでいれば、そもそもこんなことにはならないのではないか? いや、それは責任転嫁だ。サブローも岸橋も自分でこの地獄を選んだのだ。『きみがスープをつくったのだから、最後まで味わうべきだ』by ヴィルヘルム二世。日系ブラジル人の一団がやってきて、クスクスとポルトガル風ソーセージを注文する。日本にいけば、〈お兄ちゃん〉がごろごろしてると移民ブローカーの甘言に騙された哀れなやつら。日本に来ただけで全財産を使い果たし、ブラジルに帰るには〈お兄ちゃん〉を発掘して換金するしかない。ホントはクスクスなんて作れなかったが、連中があまりにも哀れだったので、勉強して作れるようにしたのだ。
世の中には妹マニアックがいて、〈兄上〉や〈兄者〉が欲しいと言ってくる成金を見たことがある。だが、一番多いのは〈お兄ちゃん〉だ。〈お兄さま〉も根強い人気だが、やはり〈お兄ちゃん〉はスタンダードな上、稀少化したためプレミアがついている。妹ディガーどもは誰もが疑心暗鬼に陥っていて、他の穴のやつが〈お兄ちゃん〉を当てたんじゃないかといつも悩まされている。不毛な穴掘りを繰り返していると、他人の幸福を素直に祝えなくなる。穴は美徳の死に場所なのだ。
「間違いねえ。隣のやつはおれの妹を横取りしてる」
「どうやって?」
「傾斜掘削だよ、あんちゃん」
「斜めに掘るのか?」
「そうだ。あの野郎、おれの妹を、よくも。ぶち殺してやる」
いもしない妹のためにしょっちゅう暴力沙汰が起こる。こいつら、はやくシャバに戻さないとホントに頭がおかしくなるぞと思うし、おれにしたってこんなところで一膳飯屋を開いてる場合じゃねえぞとも思うが、おれがここからいなくなったら、こいつらは飢え死にするのが目に見えている。それほどのクルクルパーなのだ。これはやばい。もはやダッチワイフでも解決不可能。はやいところ政府が妹発掘を取り締まる法律をつくるか、国民全員に妹を配給するかしないと、国が滅ぶ。
「たっだいまーっ!」
おれの移動食堂と化したバスの後ろのドアが開き、黄色い声。
「きいてよ、お兄ちゃん! 卵が激安だったんだよ。過去最高記録には届かないけどさ」
妹が帰ってくる。ところが、ゾンビどもは顔を上げない。血の繋がっていない妹以外は妹と認めないというよく分からんことを言うやつらなのだ。要するに妹と結婚したがる連中だ。そんな連中から見ると、おれたち兄妹は邪道らしい。人の血縁関係にケチつけやがって。ホントに穴は人の心を駄目にする。
「お兄ちゃん、何してるの? あ、クスクスだ。つまみ食い、もーらい!」
妹が高校の制服の上からエプロンをつけて、おれの食堂を手伝い始める。ゾンビたちにどんぶり飯をトントントンと手早く置いてやり、お茶の残量に気を配る健気な妹だ。が、ゾンビたちはただむさぼり食うだけ。とっととはけろ、客ども。
胃袋を重たくしてゾンビたちはスコップを引きずりながら、月面へ戻っていく。
「ねー、お兄ちゃん」妹は頬杖をしてゾンビたちの放った土がバラバラと空でほどけていくのを眺めている。
「ん?」おれは洗い物をしながらきく。
「わたしって発掘されたの?」
「もし、そうだったら?」
「ん、別に」
頬杖した手の指でパタパタ頬を打っている。妹は不安があるとこれをやる。
「おれとお前はちゃんと血がつながってるって」
「ほんとー?」
「もし、お前が土のなかから出てきた〈お兄ちゃん〉なら、あのゾンビどもが放っておかない」
「んー、そっか。そうなのかなあ」
「そうだって」
「そうなのかー」
そうそう。だから、おれはここで一膳飯屋ができるのだ。




