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ダークウォッチャー  作者: サトウロン
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北限の地にて4

はじめに死んだのは戦士長グ・ドラグだった。

鉄のような堅さと自負していた暗緑色の皮膚は紙を切るように裂かれた。

障害にもならないと思われた人間が一番先にグ・ドラグを狙ったのだ。


「1」


最後に聞いたのは冥府から響くような数字だった。


戦士長グ・ドラグの戦死によって、バズダバラの戦士階級に綻びが生じた。

混乱と命令無視によってバズダバラの戦士は好き勝手に行動を始めた。

前に進むだけだった進軍がぐちゃぐちゃになり始めるのはここからである。


オークの進軍において左翼にいたグ・ドラグ軍の分裂によって中央にいたのユ・ドゥラ軍、右翼のグ・レン軍は混乱する。

戦士長を失ったバズダバラ族の戦士が、名目上ではあるが族長であるグ・レンのもとに集おうと中央を横切りはじめたのだ。

ユ・ドゥラ軍は隊列を乱すグ・ドラグ軍に激昂する。

一触即発の空気の中、最後の一押しをゲイルは行った。


グ・ドラグ軍のオークとユ・ドゥラ軍のオークが口論をしているところで、物陰ハイドから一撃アタックを決め、ゲイルの存在を感知されないまま、ユ・ドゥラ軍のオークは死んだ。

グ・ドラグ軍の行いに憤っていたユ・ドゥラ軍はついに我慢の限界に達し、目の前の相手に攻撃を仕掛けた。


そこからはもう阿鼻叫喚の同士討ちだった。

もともと、ユ・ドゥラが属するキンサジャ族とバズダバラ族の仲は良くない。

ダークエルフが率いる大同盟の仲間だから、協力していただけだ。

オークという生物は同族殺しを禁忌としない。

同じ種族、同じ部族、あるいは家族でさえ相争う生物だ。

強さによってのみ統治されるオークが、その枷を外れたらこうなるのは明白だった。

ゲイルが早めたとはいえ、遅かれ早かれ同士討ちは起こっていたに違いない。


その習性を、ゲイルは、いやゲイルの中で燃え盛る守護炎ガードファイアは知っていた。


左翼と中央で激しい戦いが巻き起こる。

統率がとれているとは言い難い両軍は血で血を洗う戦いを繰り広げる。

そして、それに乗じてゲイルは殺す。

オークを、それも騒動を収めようとするオークを中心に殺し続ける。

少しでもこの混乱を長引かせるために。


「1204」


グ・ドラグからはじまったオークの殺害カウントも、グ・ドラグ、ユ・ドゥラ両軍の全滅をもって停止した。

ユ・ドゥラもまたこの中で命を落としている。


これによって足を止めたのはグ・レン軍である。

進軍していたと思ったら、わけのわからぬうちに三分の一以上が同士討ちで壊滅してしまったと言うのだから。


「な、何が起こったのだ!?」


グ・レンの率直な感想である。

後方で動かないゲ・バーナのことを疑ったが、グ・レンにとって臆病者の弟がこんなことができるはずもないと否定する。

で、あれば何が?

誰が?


「教えてやろうか?」


氷の国方面軍残存1796名の前に、幽鬼のような男が現れる。


ウォッチャー・ゲイルだ。


グ・レンたちは直接村へ侵攻したわけではないから、この男のことは知らない。

だが、先見が全滅したことは知っていた。

まさか、この人間が?


「貴様が……?」


「いや、貴様らの愚かさが、だ」


音もなく、ゲイルは双刀を構えた。

赤と緑の輝きが荒野に煌めく。


「愚かなのはお前だ。謀反者と半端者をいくら殺したところで、我らバズダバラの結束は揺るがぬ。お前を殺すのに千では過剰に過ぎるだろう」


「いや、千ならばかろうじて、なんとかなる」


「世迷いごとを!」


「解き放て、守護者の幻炎」


ゲイルのその言葉とともに、彼の目の赤い輝きが強まった。

その輝きは燃え上がり炎と化した。

炎はゲイルの肉体を燃やし尽くし巨大な火柱を荒野に出現させる。


「自爆……?」


オークの誰かが漏らした言葉。

それは一瞬で否定された。


炎の中から髭面の男が現れる。

その肉体は頑強で手には赤と緑の宝石がはまる双刀を持っている。

その次に若い女性が現れる。

首筋に赤い線が走る虚ろな目をした女だ。

次から次へ、炎の中から武器を持った人間が現れる。


「“ウォッチャー”!?」


現れるのは見張ウォッチャーり。

死者の幻影。

老若男女数千の幻影だ。

その発生以来、数百年に渡って村を見守り続けてきた守護炎ガードファイアに収められた死者の記憶が今顕現したのだ。


グ・レンの赤銅色の顔が青ざめる。


「ご、ごろせ!」


グ・レンは号令を下した。

千体以上のオークが一斉に走りかかる。

迎え撃つ幻影の見張ウォッチャーりたちは無言で走り出す。



「カーム……、あれはハヤテか? カマイト、タイフ、……ゼフィロナ!」


遠く戦場の外から様子を見ていたオアネモスは、ゲイルの呼び起こした見張ウォッチャーりの幻影の、それぞれの名を呼んだ。

名前の知らない先人も、同期も、若者も、友人も、そして亡くなったつまも。

みな等しく炎の幻影の中で戦っている。

それは、オアネモスにとって絶望であった。

死者がみな、守護炎ガードファイアに捕らわれ、いまなお戦い続ける運命であることを。

見張ウォッチャーりの村に生まれた者は、その生が終わっても安息はなく戦い続けるということを知って。


真っ先に殺されたのはグ・レンだった。

死者とはいえ、ウォッチャーたちはわかっている。

オークは一番強い者が討ち取られれば瓦解することを。

強さによって支配するがゆえに、支配者がいなければ彼らは混乱する。

命令を下す者も、それを受けるものもいなくなる。

あとは個々の戦いになってしまう。

千対千の戦争が、一対一の戦いを千回繰り返すだけになってしまう。

そうなれば、あとはウォッチャーたちの勝ちだ。

カームは生前三体のオークを殺せた。

いわんや今の全てのウォッチャーが連携している状態ならば。

戦士も雑兵も指揮官も関係なく、この場にいるありとあらゆるオークが死という運命から逃れることができなくなった。


「2450」


その声が響き渡ると同時に。

全ての幻影は消え失せた。

ただ一人、赤い目の幽鬼ゲイルだけが立っている。

グ・レン軍は全滅した。


そうなると残っているのは、ゲ・バーナ率いる五百のオークだけである。

彼は恐れおののいていた。

あれほどいたオークが、2450体のオークが屍と化してしまったのだ。

賢いゆえにわかる。

たとえ相手が一人であろうと、こちらが五百であろうと、ゲ・バーナは勝てない。

ならば、ゲ・バーナが取るべき出は一つ。


「私から提案がある」


交渉である。


ゲ・バーナは武器を捨て、手をあげて歩きだした。

もちろん、オークの作法にはない。

戦って勝つことがオークの全てだ。

だが、勝てない。

ならば人族の真似事だろうと、なんでもしなければならないだろう。

生き残ることが勝利だ。


「……」


「我々、ゲ・バーナ軍は貴殿に降服する。これ以上の乱暴狼藉は行わない。速やかにネ・モルーサへ撤退する。それゆえ、ここは見逃してくれ」


そんなことを、独断で決めれば支配者ダークエルフに懲罰を受けるだろう。

バズダバラの部族民にも貶され、族長の息子という地位も失ってしまうだろう。

だが、生き残ることができる。

グ・ボダンやグ・レン、グ・ドラグのように死んでしまっては何にもならないのだ。

それをゲ・バーナは理解している。


「……った」


その呟きの最後をゲ・バーナは聞き取ることができた。


「わかってくれたか? では速やかに撤退を」


「そんな命乞いを誰もしなかった」


ゲイルの目に宿った真紅を見て、ゲ・バーナは自分の選択が間違っていたことを知った。

この幽鬼には交渉などはじめから通じなかったのだ。


賢者、とオーク軍で讃えられた知恵者もゲイルによって首をはねられた。

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