表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ダークウォッチャー  作者: サトウロン
7/52

北限の地にて3

オアネモスは絶句した。

想像以上に、酷いことが起きていた事に。


見張ウォッチャーりらが敗北し、守護炎ガードファイアが消えた。

わかっていたのはそれだけだ。

見張ウォッチャーりが戦長チーフのカーム以下全員死亡。

村人が“母”も子供たちも全員死亡。

唯一生存したゲイルは、守護炎ガードファイアの残り火と融合し、半分幽鬼となっていた。

見張ウォッチャーりはその長い歴史から突如、断絶したのだ。


「それから」


と、ゲイルは語る。

それから、ゲイルはずっとオーク軍の痕跡を追っていた。

目にしたオークは全て殺した。

オークの群れが大軍から離れていくのを察知し、各個撃破するため先に氷の国へと回りこんだ。


「オークを察知?」


「あの夜、村周辺にいた五千六百二十五人のオークとダークエルフ一人を、俺は覚えている。俺の中の炎も」


その表情の抜け落ちた顔には、茫洋とした殺意だけがあった。

その顔に、オアネモスは恐怖を覚えた。

見張ウォッチャーり時代にも無かったほどの恐怖だ。


「あれは先見だと言ったな? ではこれから来るのか、オークの本隊が」


ゲイルは遠くを見る。

何を見ているのか。

何が見えるのか。


「こちらに向かっているのは残りの半分、よりは多いというところだ。二千くらいがまだ北で止まっている」


その二千はおそらく、冬の国を攻めているオーク軍だろう。


「となると、この先には三千のオークの群れがいるということか」


オアネモスは先ほどゲイルに感じたのとはまた違う種類の恐怖を感じた。

己の腕がまだ錆付いていないことはわかっている。

しかし、三千のオークの群れには打ち勝つことなどできない。

ということは、だ。

オアネモスが突破され、王都防衛隊はまず間違いなく撃破され、氷の国は蹂躙される。

ゲイルの話では、オークは雑食で、人間も食うとのことだ。

長い行軍をしてきたオークはきっと飢えている。

死ぬことは怖くない。

恐れるのはなぶりものにされること、そして食糧にされること。


「お前でも百を超える数はきつかろう。どう生き延びるかより、どう死ぬかを思案したほうがよいかもしれぬなあ」


軽口めかして言ったのは恐怖をごまかす防衛本能みたいなものだろう。

こんな状況で正気でいられる人間は多くない。


「……心配ない。俺一人で十分だ。あんたは見届けてくれればいい」


しかし、そんな気負い一つないゲイルの言葉に、すっかり死ぬ覚悟を決めていたオアネモスの気勢が削がれた。


「一人でってお前……」


ゲイルの目は赤く光っている。

オアネモスは何も言えなくなった。



先見五十体が帰ってこない。

オークがいくら鈍重でも、その意味はわかる。

やられたのだ。


「人間ごときにやられるとは、父上もやはり老いたのだ」


オークのバズダバラ族の若頭、グ・レンは先見に勇んで同行した父親グ・ボダンを嘲笑った。

既に、強さでは父を上回っていると自負するグ・レンは長槍を持って立ち上がる。

赤銅色の肌に棘付きの鎧、オークの上位者の自負。

新たに、バズダバラの族長を名乗ったグ・レンは夜明けとともに進軍を命じた。


実力社会のオークでは、族長の息子だからといってすぐに次の族長になれるわけではない。

そのため、グ・レンの独断専行に憤っている者もいた。


例えばバズダバラの戦士長グ・ドラグ。

戦士長はオークの社会組織の中では上位に位置する。

ネ・モルーサの隠されし闇の都において、試練を乗り越えた強きオークが戦士を名乗ることを許されるが、戦士長はさらに強くなければならない。

部族によっては族長の次に偉いというところもある。

グ・ドラグもまたかなりの強者である。

その忠誠はあくまでグ・ボダンに向けられており、バズダバラ族には向いていない。

強さが絶対の評価基準の組織で、実力を見せつけるためにはなんでもやるだろう。

それが、グ・ドラグという男だ。


また、あるいはグ・レンの弟にあたるゲ・バーナもまた不満を抱くオークである。

父グ・ボダンと同じ黄土色の肌を持ち、オークの中では眉目秀麗とうたわれている。

彼がどれくらい戦功を挙げられるかは未知数だが、他のオークよりも圧倒的に賢い。

そのため、いずれは闇の都の支配者ダークエルフにも認められるのではないか、と言われている。

グ・レン程度が族長を名乗れるのならば、ゲ・バーナもまた同じだろう、と彼は判断しグ・レンとは別行動をとっていた。


また一人、不満を持つものがいる。

この者はバズダバラの一族ではない。

ひとまとめにされたオーク軍は、いくつかの部族が入り交じっている。

精鋭たるゴレモリアや勇猛たるバズダバラ以外にも十以上の部族から戦士や志願者が参加しているのだ。

その内の一つ、キンサジャ族から参加した戦士ユ・ドゥラは同じような不満を持つ二大部族以外の戦士を取りまとめた。


行軍する二千九百五十人のオーク軍はこのように四つの大きな派閥に分かれていた。

それはいつ分裂するかわからない。


あるいは彼らが支配者と仰ぐダークエルフがいればこうはならなかったかもしれない。

もしくは、グ・ボダンが生還し、再度実権を握るか、この中の誰かに倒され権力移譲がスムーズにいっていれば問題はなかった。

統率のとれた三千ではなく、烏合の衆となった二千九百五十はそうやって幽鬼の前に姿を現したのだった。


氷の国の北端と冬の国の南端が交わる荒野であるモロシア平野にてオーク軍とウォッチャーは邂逅した。

仲間割れの結果、行軍が進まなかったオーク軍は大軍が横列で進める限界であるこの平野で足止めを食らい、ゲイルとオアネモスは北上し遭遇に至った。


「二千九百五十。これでおおよそ半分か」


「こう見ると圧巻じゃのう。村や冬の国が敗れるのも無理はない」


「……退路を断つが、本当に逃げないのか?」


「お前が一人でやる、というたんじゃ。わしは物陰で見とるよ。逃げたいのはやまやまじゃが、他のウォーカーのためにも情報は必要じゃしな」


「そうか」


ゲイルはそこでオアネモスを気にするのを止めたようだ。

オアネモスも乱戦にならなければ生還できる切札はある。


ゲイルは平野から氷の国へ繋がる街道の谷に、大岩を転がしておいた。

オアネモスがこの辺りを調査しているときに目星をつけておいた大軍の足止めができる場所の一つである。

オーク軍が通過していればもっと氷の国に近いところが戦場となっていたであろう。

そこだけは氷の国の住人がラッキーだった。

ゲイルは敵がこれ以上進軍しなければどこでもよかったが。


約三千のオークを前にしても、ゲイルの心は平静だった。

焦燥や恐怖、動揺といったものはもはや守護炎ガードファイアに呑まれてしまったからだ。

あるのは目の前の全てをいかにして殺しつくすか。

それだけだ。



目の前に一人現れた妙な人間。

それを見て警戒したのはグ・ボダンの息子にして賢者ゲ・バーナだけだった。

オークの本能はそれをまったく危険視していない。

しかし、考える頭を持つならばたった一人で前に立つということがどういうことかわかるはずだ。


「ただの阿呆ならいい。しかし、もし……」


ゲ・バーナは配下を止め、他の部隊がどうなるか見極めることにした。


反対に行動を速めたのはグ・レンだ。

族長グ・ボダンの嫡子として、そして新たな族長として自分に従わない者に力を見せ付けなくてはならない。

そのためにはあのような人間一人で足を止めるわけにはいかなかった。


力を見せ付けるために急いでいるのは戦士長グ・ドラグ、戦士ユ・ドゥラも同じだった。

三者に率いられたオーク軍はゲイルを道端の小石のように無視して進軍していった。


赤い残光がオーク軍に走った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ