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ダークウォッチャー  作者: サトウロン
51/52

結果1

 氷の国の女王ユラ・グレアムが避難民とともに光の国の都にたどり着いたのは、冬があけて春になろうかという頃合いだった。

 旅なれていない女王や民はゆっくりとしか進むことができず、またやってきた冬のために幾度となく足を止めた。

 しかしフライシュ少尉や護衛の兵士らの活躍のおかげで光の国まで誰一人欠けることなく到着できたのだった。。


 光の国では一行の到着後、ただちに会談が行われた。

 氷の国の女王と遠征軍それぞれから話を聞き、整合性をとる。

 その結果、北限三国は怪物が跳梁跋扈する魔境と化したと言わざるを得ない、という結論に達する。

 これをどう報告するか悩む担当者だったが、既に事態・・把握・・していた教皇庁の命令もあり、そのまま公式の文書として提出された。


 フライシュ少尉は、避難民の護衛に功績ありとして、とある枢機卿の養女となることで平民の身分から貴族に叙爵された。

 その引き換えに軍籍を失った。

 また、その枢機卿は教皇の息がかかった人物だというのは教皇庁では周知の事実だ。

 己の娘に箔付けをしたい、という父親の欲。

 それが光の国が北限三国に出兵した理由の全てだ。


 ユラ・グレアムは光の国が避難民を受け入れたことを確認する、と王位を放棄した。

 対外的には、そう発表された。


「脅している、とは思いたくありません」


 涼しい顔をした若者は表情を変えることなく、ユラに言う。

 ユラもまた笑顔のまま言葉を返す。


「避難民を人質にとっている、とは思いませんか?」


 教皇庁の官僚神官、だという若者がユラとの交渉役だった。

 それは、この若者程度の価値しかない、とユラのことを判断した結果だろう。

 その若者が告げたのが、避難民の受け入れを引き換えに氷の国を譲れという交換条件だった。

 足元を見ているなんてものじゃない。

 百人にも満たないものを受け入れる代わりに国を寄越せなどと!

 だが、今のユラには支払えるものはない。

 だから、賭けるのだ。

 死んでいったものの想いを無にしないためにも。

 北限三国に平和を取り戻すためにも。


「わかりました。ただ」


「ただ?」


「私と組みませんか?」


 目の前の若者としか交渉できないのなら。

 目の前の若者が最高位にたてばよい。

 何もかもを差配できる権力があるならば、奪われた物を取り戻せもしよう。


「あなたに……何ができるのです?」


 若者は少しだけ歩み寄ってきた。


「元、女王で、戦争経験があり、魔法の知識があります。あとは……そう、まだ若い女性でもありますわ」


 なんでも使う。

 取り戻すためなら、なんでもだ。


 少しだけ未来のことを言うならば、この若者は枢機卿にまで出世するし、ユラ・グレアムは氷の国で没することになる。



 光の国の南方、ベルトライズ王国。

 古語でベルを意味する単語と、三番目という意味のトライを組み合わせた名を持つ王国だ。

 その名の通り、ベルヘイム、ベルスローン帝国に続く三番目の王の国という自負を込めている。

 国王は、覇王と称されるラススタイン。

 華美を嫌うラススタインはがっしりとした樫でできた玉座を好んだ。

 そこへ、正装をしたヴァーユが現れる。


「まずは大儀であった。ヴァーユよ」


「は」


 と、ヴァーユは頭を下げる。


「報告書は読ませてもらった。こちらの予想以上の出来事が起きていたことに余は驚いた。そして、それを乗り越え帰還したそなたのことも、な」


 さすがのラススタイン王ですら、人間を凌駕するオークやダークエルフという存在は想定していなかったようだ。


「お褒めにあずかり光栄です」


「さて、余が七星剣を派遣した意味、そなたにはわかっていたかな?」


 ヴァーユを北限三国に送りこんだ意味。

 ベルトライズの切札ともいうべき七星剣を使用した意味だ。

 ヴァーユ個人の武勇はこの際どうでもいいのだ。


「私は単純に、北限三国との、同盟を見据えたパイプ造りか、と愚考いたしました」


「ふむ。そして、それは果たされたか?」


 ヴァーユは、北の国々で出会った幾人もの人々を思い出す。

 凍った目をしていた冬の国の王子。

 最後まで諦めなかった氷の国の女王。

 主に反旗をひるがえし、立ち向かったオーク。

 女王という重責をしなやかに受け止め、そして散っていった少女。

 飄々としていながらも、心の奥底に暗雲を秘めた老人。

 魔法使いの少年。

 そして、ダークウォッチャー。


 その全ては、命を落とした。

 ヴァーユは首を横に振る。


「その命を果たすことはできませんでした」


「そうか。ならば、かの戦い。お前はなんら得るものが無かった、と?」


 強い目だ。

 ヴァーユが心から敬愛する主は、何かを試すときによくそういう目をする。

 ヴァーユは今、試されているのだ。


「いえ。軍事、戦術、戦闘、交渉、覚悟、魔法、彼の地にあったありとあらゆるものを吸収したと自負しております」


「なるほど。しかし、それはそなたの内に属するもの。そなたが外へ波及しえるものはあるのかな?」


 ヴァーユを見るパルジャニヤの顔が喜悦に染まる。

 歴史の転換点を見ることに、ベルトライズの魔法使いは楽しみを覚える。


「はい。内々に光の国との不可侵条約締結を目標とした交渉を開始しました」


 ザワリ、とその場が揺れたようにヴァーユは感じた。

 なにせ、ラススタイン王その人すら驚愕の表情を浮かべていたのだから。


「越権行為だ」


 という声がいくつかあがる。

 それもそうだろう。

 光の国は、ベルトライズの拡大を阻む守旧派の中心なのだ。


「臆したか!?」


「まさか賄賂でも握らされたのではなかろうな!」


 と声はやがてヴァーユへの非難の合唱となっていく。


「鎮まれ」


 ラススタインの重く、強い声に一瞬で場は沈静化した。


「余はそなたが臆したとは思わぬ。しかし、簡単に済ませるわけにもいかぬ言葉。そなたの真意を聞きたい。もしも、考えなきものならば、斬る」


 ラススタイン王は、腰に吊るしていた剣の鯉口を斬った。

 いつでも剣を抜き、斬ることができるという態勢だ。

 ヴァーユはしかし、揺らぎもせず口を開いた。


「かの地で、私は光の国の精兵とともに怪物と戦いました。その武勇、知略、そして信仰的結束は敵として相対するよりも深く理解するに至りました。光の国と戦えば、たとえベルトライズが勝つとしても、深く大きな傷を負うことは必至」


「犠牲を厭うて勝つことなどできぬ!」


 武将の一人がそう叫ぶ。

 ヴァーユはその武将を見た。


「命が、無価値にすりつぶされる戦を私は見てきた。確かに怪物どもより北の地は守られた。しかし、そこに住まう者、治めるべき王、誰一人、そう誰一人いなくなってしまった。それは無意味だ」


「光の国は強い。だから戦を避ける。それだけか?」


 ラススタインは強い目をしたまま、ヴァーユを見ている。


「いえ。いかに強国といえど光の国とて盤上に動かせる駒が無ければ投了するほかない。なれば、駒を一つずつ取っていくより他ありませぬ」


「連中の同盟国……いや、従属国より攻めるか。将を射んとすればまずその馬を射よ、と古書に記してあったな。だが、忘れたか?光の国の同盟国はその多くがかの国より北にあるのだぞ」


 南方から進出しているベルトライズが、光の国を抜けてその同盟国を討つなどというのは到底できない策だ。

 良い方策が無ければ、ヴァーユの考えとて机上の空論に過ぎない。


「故に、さらに北。そこを電撃的に侵攻します。領土が安定したら、北と南から圧をかけるのです」


「ふむ。まさか、北の領土とは」


「はい陛下。もちろん、北限三国のことです」


「ふうむ」


 とラススタインは唸った。

 確かにベルトライズはいくつかの国を傘下におさめ、強い軍隊と兵站を確保できている。

 しかし、ここから先の相手は徹底抗戦してくるだろう。

 なれば、侵攻の速度は鈍り、矛たる兵士たちも損耗する。

 いつかは勝てるだろうが、それまでどれほどのものを失うのか。

 考えるだけでラススタインは憂鬱だった。


 だが、ヴァーユの指摘に電撃が走った。

 その手があったか、と。


 空白となった土地があり、そこをとれば南北から敵国を挟撃できる。

 そこには何もない。

 兵も統治機関も、なんなら民もいない。

 しかし、国があった。

 街があり、田畑があり、ある程度のインフラもある。


「早い者勝ちだな?」


「はい陛下」


「船か?」


「はい」


「お前に任せる。予備兵を編成しだい作戦を開始せよ」


「了解です」


 あっという間に北方侵攻作戦が開始された。

 すぐにでも国として使える無人の地が宙に浮いているのだ。

 そして、最大の敵国とは不可侵条約を結ぶつもりでいる。


 勝ちの目が見えたことと、部下の成長をラススタインは大きく笑うことでことほいだ。


 これでいいだろ、ストリ。

 とヴァーユは死んだ仲間のことを思い浮かべた。

 オークはまだいるし、ダークエルフも十人はいるという。

 新たな闇の種族の南下がいつはじまってもおかしくない。

 そんな状況で全員が命をかけて守った地を奪われてもつまらない、とヴァーユは思ったのだった。

 どうせなら、ベルトライズが獲ってしまえば後顧の憂いもなくなるではないか。


 あの戦いに参加した者として、ヴァーユは死んでいった者たちが無駄死ににならないようにする義務がある。


 守り抜いた土地は、ずっと守っていかなければならない、とそのためにヴァーユもまた己に出来る事をやらなければならない、と決意していた。

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