決着11
「死なない、私は死なない。絶対に死ぬものか」
口から漏れ出た言葉は諦めていない。
しかし、常に余裕を崩さなかったダークエルフがはじめて口にした焦燥の言葉でもあった。
「いや、お前は死ぬのだ」
冷酷な言葉を紡ぐダークウォッチャーは、後退りするダークエルフを追う。
炎の霊たちはゆっくりとその足取りに合流し、ダークウォッチャーのもとに戻っていく。
最後の霊が消えた時、そこにはダークウォッチャーとネーベルだけが残っていた。
ネーベルの肩には“暁丸”。
ダークウォッチャーの手には“蘭丸”。
ダークエルフは右手に白刃を持っている。
しかし、その肩には剣が突き刺さっている。
どくどくと流れる血は、真紅。
そこに、人とエルフの違いはない。
命が少しずつ流れ出ていることに違いはない。
オルクスの秘儀の力を使い果たしたこととその傷のせいで、ついにネーベルは立っていることができなくなった。
それでも、命を永らえようと這うようにダークウォッチャーから距離を取る。
「すまない。嘘を言った」
唐突な謝罪。
ネーベルはのろのろと振り向く。
「なに、を」
「俺は死ぬ。もう、間もなくだ。お前のかけた不死の魔法など、とうの昔に切れていたさ」
「ブラフ、か」
「俺は生きて貴様に復讐をするためだけの存在。それが果たされれば命が尽きようと構いはしない」
「貴様は、人間では、ないな」
ダークウォッチャーは頷いた。
「とうの昔に、そうさ」
力なく、這いつくばって前進するネーベルの背をダークウォッチャーは踏んだ。
「私は諦めない。最後の最後まで、大望を成すまでは」
プツリ、とネーベルの背中にダークウォッチャーは蘭丸を突き刺した。
ゆっくり、肉の感触を確かめるかのように。
積み重なった憎悪を吐き出すように、剣に力を込めていく。
「あ、あああ、あああああああ……命、が」
ネーベルは呟くような悲鳴をあげた。
そして。
ダークウォッチャーはネーベルの心臓を貫いた。
血液を全身に送り出すポンプが動かなくなることで、ダークエルフはゆっくりと。
「これが、死」
死んでいった。
ダークウォッチャーの全身から、炎が吹き出した。
時間切れ、あるいは目的を達成したためだ。
仮初めの命は、燃える炎と魔力の中で昇華し消え去る運命。
炎が消えた時、そこにはダークウォッチャーもダークエルフも、亡骸すらも無くなっていた。
ただ、宝玉が黒く染まり、輝くことのなくなった剣が一振り、転がっていただけだった。
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「状態異常“凍結”解除、緩暖、活力上昇、治癒」
実に四つもの魔法を同時行使したのは、赤と紫の入り交じった“目が痛くなる色彩の”ローブをまとった青年だった。
それでいながら、その顔には難易度の高い魔法を使った疲労がない。
平然と、なんでもないかのように青年は、地べたに横たわる人間を見ていた。
というか、蹴った。
「う、ぐ」
とそれがうめき声をあげるやいなや、青年は声をかける。
「どうせ私のことを頼りにしていたのでしょう? お望みどおり来てさしあげましたよ」
「……感謝は……する。が、なんで蹴った?」
「こんな遠くて寒いところまで来てあげたのです。苛立ちをぶつけるくらいよいではないですか。それに、非力な魔法使いがちょんと足を当てたくらいですし」
「てめー」
「で、どういうことです。あなたがここまで追い詰められるはずもない」
「追い詰められたんだよ、悪いか」
「七星剣“破軍”のヴァーユ、がですか?」
体の中の寒気が薄れたことにヴァーユは気付いた。
目の前の魔法使いは、それなりにヴァーユを助けてくれたようだ。
目的はこれで達した。
「詳細は国に戻ってからだが、助けてくれた礼に簡単に話してやるよ」
ヴァーユはそう言って、魔法使いの青年にこの北限三国で起きたことを語った。
話を聞き終えた青年は眉をひそめる。
「にわかには信じられません。オークにダークエルフに、幽鬼のようなウォッチャーなどと……ですが」
青年は辺りを見回した。
あちらこちらに転がる死体は、確かに武器によるものだけではない死に様のものも多い。
そして、オークの亡骸も十や二十ではない。
「一目瞭然、ってやつだ」
「少しサンプルを持っていってもよいでしょうか」
「ダメだろ?」
今さらながら、ヴァーユはこの同僚である魔法使いを頼ったことを後悔していた。
マッドな気質を持つこの青年は、見たことがないものがあればとりあえず研究したくなるに決まっているのだ。
しかし、彼でなければヴァーユが生き残ることはできなかっただろう。
決戦の前に、ヴァーユはベルトライズへの連絡をした。
最悪、蘇生魔法が必要だ、と。
対応した同僚は全力を尽くすと言ってくれたが、なにもあれを寄越すことはあるまい。
ヴァーユが知る中で、最高の魔法使いにして最悪の行使者。
七星剣唯一の魔法使いである“禄存”のパルジャニヤ。
それが彼の肩書きと名前である。
そして、ヴァーユが知る中で唯一の蘇生魔法の使い手だ。
ただ、その魔法の行使にはいくつか条件があって、五体満足だの、死後一日以内だの面倒だった。
戦闘中も、なるべく怪我を負わないようにはしていたが、ストリが凍結魔法を使うのをこれ幸いとオークを倒しながら巻き込まれたのだった。
まあ、二体のオークに挟み撃ちされた時は死を覚悟したがなんとかなった。
凍ったことで、肉体の腐敗が免れたことも大きい。
「では、諦めますか……ところで」
パルジャニヤは何もない空間を見た。
「パル?」
「そこにいる方。私には見えます。出て来ていただけますか?」
すると、そこから足取りも軽く一人の男が現れる。
ヴァーユの旧知の人物だった。
「まさか、七星剣が二人もいるとはね。さすがに一対二は勝てないよ。降参だ」
「生きていたのか、シャイナー」
光の国遠征軍の指揮官であるシャイナーだった。
しかし、彼は戦闘中行方不明になり、未帰還。
実質戦死の扱いだった。
「まあ、私には私の考えがある。あそこで死ぬわけにいかなかった」
「フライシュちゃんには伝えなくていいのか?」
「あのかた……いや、あの娘には大事な役割がある。そのためには」
「そのためには、有能な上司は不要。彼女一人で何かを成し遂げることが重要。そうでしょう?光の国特務機関“陽炎”のシャイナーさん」
パルジャニヤがシャイナーの所属を言う。
シャイナーの顔色が変わる。
「それは……どこから漏れた……」
「私にとって世界には秘密など無いも同然。たとえば、そう教皇猊下にはとある召し使いとの間に認知していない娘がいて、陰から支援をしている、とか」
「・・・・・・まったく、隠し事はできないな」
「いいんですよ。私はベルトライズの諜報機関の一員ですし」
「そうなのか!?」
「なぜ、味方が驚くのか」
呆れたようにパルジャニヤは呟く。
まあ、ヴァーユはいい意味で脳筋だからよいか、とも思う。
「なら逆に都合がいいのかもしれないな」
シャイナーは仕方なさそうに笑う。
「ふうん?」
「ヴァーユも知っているだろうが、今回一番多くの被害を被ったのは北限三国を覗けば我が国だ」
遠征してきたのは風の国、水の国、光の国、ベルトライズ王国からだ。
三つの国の遠征軍はほぼ全滅している。
人員的な被害は水の国が多かったが、逆にベルトライズ王国への忠誠という点ではあまりある結果を出せた。
軍のナンバー2であるミナス大尉を犠牲にするだけの価値はあったようだ。
対して光の国は自国の兵員である。
損害が大きければ大きいほど、建て直しは困難だ。
「だから?」
「光の国とベルトライズ王国の不可侵条約締結を目的とした私と君たちとの協力関係を築けないか、と」
シャイナーは笑う。
パルジャニヤは理解したように微笑む。
ヴァーユはとりあえず笑みを浮かべた。




