決着10
「お前との間に決着をつけるという約定は、果たせぬかもしれぬ」
戦いが佳境になったころ、オークのネ・ルガンは共に戦うダークウォッチャーへそう伝えた。
「別に、気にしてはいない」
「なに、私が気になるだけのこと……私はおそらく、主と呼んだあのダークエルフに負ける」
ネ・ルガンは言い切った。
「奴は強いものな」
「確かに、かの剣の腕は達人の域を超えているだろう。だが、それだけならば負けはしない」
ネ・ルガンは己の剣の腕が、この時代でも最強クラスにあると自負している。
事実、ベルトライズ王国で最強の一角である七星剣ヴァーユは、ネ・ルガンが自分より強いと思っていた。
「では、なぜ負ける?」
「彼は剣士であると共に魔法使いでもあるからだ」
お前も知っている通り、とオークは言った。
確かにその通りだ。
半死半生のゲイルを生かした謎の魔法や、ウォッチャーたちの無念の想いを魔力に変えたことをはじめ、ダークエルフが多くの魔法の行使をしたことは、幾度となく見てきたではないか。
「ならば、なぜ勝てぬ相手に挑む?」
「私の名誉のため……と言いたいところだが、つまるところお前のためだ」
「俺の?」
「お前は、何度も私の前に立った。生前も、その姿になってからも、その執念に手を貸してみたくなったのだ」
「わけのわからないことを言う」
「自己満足の類いだ。ちょっとした幸運が舞い降りたくらいに思っておけばよい。まあ、戯れ言はともかく、私は少しでも奴の手札をさらせれば、それでよい」
おかしな話だ。
このオークは、ネ・ルガンは敵だったし、仇だった。
今はたまたま、同じ敵を相手にしているから肩を並べているだけ。
このような、命を賭した行動をされる由縁はないはずだ。
ただ、ダークウォッチャーはそれほど気にしなかった。
彼の行動原理は、ただ復讐それのみであり、それが達成されるかどうかの瀬戸際で余事に気を取られてはいられなかった。
そして。
ネ・ルガンはネーベルの刃と魔法に倒れた。
ダークウォッチャーとネーベルは最後の決着をつけるべく戦っている。
ダークウォッチャーとは、守護炎という魔法が、ゲイルという依り代を得て活動している状態である。
ゲイルの皮の中身は、守護炎の炎であり、それが漏れ出すということは人間の血液が漏れ出ていると同じくらい危険だ。
と、ネーベルは思っていた。
だが、もう忘れたのだろうか。
雪の国で、オアネモスがダークウォッチャーを刺した時漏れ出た炎のことを。
建築物を吹き飛ばし、炎上させ、ダークエルフ自身にも火傷を負わせた威力のことを。
制御不能となった守護炎はその名とは裏腹に全てを焼き尽くす業火だということを。
そして、おそらくここにいた者は誰も知らなかったであろう事実。
氷の国に攻め寄せたバズダバラ族のオーク三千を滅ぼした“守護者の幻炎”を。
ダークウォッチャーの、いや守護炎に記憶された全てのウォッチャーの魂を解き放つ禁忌の炎。
最初に吹き出た炎はオークの姿をしていた。
黒い鎧を身にまとった巨体のオークだ。
その次には杖を持った魔法使いの少年。
老人の姿もあるし、弓を手にした少女の姿もあった。
水の国の戦士や冬の国の王や王子たちの姿もまたある。
この地を守るために命を落とした全ての人々の魂が、炎を仮初めの体としてこの地に再び立った。
そして、最初のウォッチャーから代々の全てのウォッチャーもまた炎の中に再生した。
その中には、守護炎を生み出した彼女の姿もある。
その数はおそらく万を超えている。
それだけ、この戦いの死者が多かったということでもある。
ネーベルは本当に恐怖を覚えていた。
万を超える人間の死霊に囲まれているのだから。
「これだけは使いたくなかった」
その恐怖は、もはや後戻りできない領域へ彼を追い込んでしまった。
実のところ、ネーベルはついさっきまで、南方征服を諦めてはいなかった。
たとえ、オークがいくら死んでも雑兵である。
同族のダークエルフではない。
それに魔法の力を使えば、いくらでもオークは造れる。
少数のオークを造ってしまえば、あとはそれを繁殖させればよい。
長命のダークエルフにとって、それは待てない時間ではなかった。
だがしかし。
もう、ここで目標を諦めねば死ぬしかない。
死んでしまえば何もなせない。
長命ゆえに、ネーベルは死の恐怖は強かった。
「オルクスの秘儀を解呪」
それは、冥府の最奥の秘神オルクスへ捧げた全てを返還してもらうという宣言だ。
もちろん、オルクスは神。
金を銀行に預けるのとはわけが違う。
その代償にとてつもない罰を神は与える。
残りの寿命を半ば以上削り取り、その身へ治らない傷を与える。
そして、二度と秘儀魔法を行使させることはない。
魂にまで刻まれるペナルティである。
それでも、ネーベルは宣言することをためらわない。
捧げた全てを返還してもらう、というのはそれほどのことなのだ。
数十年前から、ネ・ルガンという名を与えた元ウォッチャーをはじめ、雪の国での五十人が捧げた四百五十人まで、多くの生け贄をネーベルは捧げていた。
その全てが魔力となって、ネーベルのもとに戻った。
目に見える変化は少ない。
髪の毛が逆立ち、目が黄金に輝いているくらいだ。
だが、彼から感じる雰囲気が違う。
嵐を目の前にしたような圧力が吹き荒れている。
「は、は、は。凄まじい。これほどの力を私は捧げていたのか」
ネーベルは一歩、足を踏み出す。
地面が足の下から割れ砕け、破片がネーベルの圧力に負けて粉々になって消える。
「今の私は、かつての魔王に匹敵するだろう。まさに我こそが闇の王だ」
ネーベルは手を振った。
その手に込められた魔力の圧だけで、雑兵の魂が消し飛ぶ。
「消え去れ、過去の亡霊どもよ」
ネーベルはその力をそのまま、突撃した。
進む圧力で、霊どもは吹き飛ぶ。
対抗できる強者の霊も、数度打ち合うだけで消える。
「消えろ、オクトマナカノン!!」
魔導スキル“マナカノン”。
魔力をそのまま大口径の光線として打ち出す魔導系高位魔法を、ネーベルは八つ同時展開した。
それらは炎の霊を薙ぎ倒し、戦場に空隙を造り出す。
「どこだ、ダークウォッチャー! 決着をつけるぞ!!」
熊のようなウォッチャーの亡霊を切り裂き、老人の亡霊を打ち倒し、弓矢使いの少女を消し飛ばした。
水の国の戦士も、風の国の兵士も、名も知らぬ過去の者も、何もかもを倒した。
しかし、それでもダークウォッチャーの姿はない。
「消えたか? いや、まだだ。私の、我の目的を潰した貴様はただ消えるだけではすまさない。永遠の責め苦を与えてやろう」
その姿は狂乱の度合いを増していた。
ダークウォッチャーのことを、恋い焦がれるかのように探し求める。
その結末は、両者の消滅だとしても。
「お前が生きている限り、俺は死なない」
冷たい声は、ダークウォッチャーのものだった。
声と同時に投擲されたのは赤い宝玉の剣“暁丸”。
それがダークエルフの右肩に突き刺さる。
「戯れ言を! そこかッ!」
ネーベルはマナカノンをそこへ放つ。
しかし、高位魔法は六角形の障壁によって阻まれる。
杖を持つ少年の霊は、じっとネーベルを見て、そして微笑んで消えた。
「俺が死なないのは、お前が魔法をかけたからだ」
死を一時的に止める不死化の魔法をネーベルは生前のゲイルにかけていた。
それは、ネーベルが止めればすぐに消え去るものだったが、守護炎がそれを変質させたのだ。
ダークウォッチャーは不死となった。
ネーベルが死なない限り。
「私が死なない限り、解けない不死だと?」
そこで、ネーベルはどうしようもないことに気付いた。
いくら炎の死霊たちを消しても、ダークウォッチャーは死なない。
そして、再び力を蓄えてネーベルを殺しにくる。
復讐のために生まれた不死の存在。
それがダークウォッチャーだということを。




