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ダークウォッチャー  作者: サトウロン
48/52

決着09

 凍てつく魔力がおとなしくなって、ネーベルはゆっくりとストリに、弟子に近付いた。


「私の言うことを聞いていれば、命を永らえたものを」


 カッと見開いたままの瞳に優しくふれ、まぶたをおろす。

 せめて、亡骸は安らかでいてほしいという師の想いだった。


「まさか、私がこのような感傷を抱くとはな。闇凍土ネ・モルーサにいたころは想像だにしなかった」


 さて、とネーベルは最後まで残ったオークと人に在らざる何かを見た。

 ネ・ルガンとダークウォッチャーである。


「ここで命をもらう、我が主よ」


「私が死ねば、お前も死ぬのだよ、我が剣よ」


「構わん」


 ここに残った誰もが、命を惜しんではいない。

 もちろん、軽く見ているわけではない。

 失われた命はあまりにも多い。

 己の命ではもうあがなうことなどできないのだ。

 だからこそ、命を捨ててでも戦う必要がある。


 ネ・ルガンは弾かれたように飛び出した。

 大剣にはもう放つ死霊は残っていない。

 だから、これはただの剣だ。

 金属の塊だ。

 それでよい、とネ・ルガンは思った。

 生き物を殺すのに、無機質な金属はふさわしい得物だ。

 嵐のような風切り音をたてて、ネ・ルガンは剣を振る。

 岩を断ち、大樹を切り落とし、金属すらひしゃげるほどの威力を、ネーベルはその白刃で受け止めた。


「む!?」


「侮ったか、我が剣よ。それとも、それが全力か?」


 ネ・ルガンはさらに速さを加えて、剣を振るう。

 そして、その剣は全てネーベルによって弾き返される。


「これほどとは!?」


「生を受けて七百余年、剣に、魔法に、軍略に、研鑽を積み続けた私に百年も生きておらぬ餓鬼が敵うと思うたか!」


 次第に、ネーベルの剣がネ・ルガンを押し始める。

 速く。

 重く。

 鋭く。

 オークの巨体を押し返すほどに。


 しかし、それでもネ・ルガンは天才だった。

 三十年前に積んだ人間としての修練と、それからの三十年で積んだオークの修練が、ダークエルフとの死戦によって、今、ここに結実した。


 巨体を沈ませ、ネーベルの白刃をかわす。

 そこから跳ね上がるように距離を詰め、剣を突く。


 その挙動は目にも止まらぬほどの速さと精度をもって、ダークエルフを襲った。


 だが。

 だが、それでもダークエルフはまだ打つ手を持っていたのだ。


時間遅滞ディレイタイム


 武術の才を尽くしたオークの一撃は、ダークエルフの魔法によって阻まれた。

 オーク自身の知覚には、ダークエルフが異様な速さで動いたようにしか見えなかっただろう。

 対象の肉体及び精神の知覚を遅くさせるこの魔法は、その習得の難度によって伝承されることがなくなった魔法だ。

 使えるものがいないということは、その魔法への対策もない。

 ゆえに、ネ・ルガンは抗うことは出来なかった。


 ネ・ルガンの会心の一撃を、ネーベルは悠々と回避。

 ゆるゆると動く、オークの右胸に鋭く一突き。

 筋肉が締まる前に刃先を抜き、血をはらう。


 それで、終わりだった。

 ウォッチャーの裏切り者にして、オークの勇者。

 “死将”の名跡を継ぐ、ゴレモリアの族長。

 ネ・ルガンはここに倒れ、死んだ。


 1/1


「これで、俺とお前だけになったな」


 ネーベルは顔を上げた。

 以前、会ったときとはやや印象が違うものの、旧知の人物だ。


「ダークウォッチャー」


 幽鬼とダークエルフの間を、冷たい風が吹き抜けて行く。

 この氷の国は南方に近いとはいえ、やはり北限の一角。

 もうすぐ訪れるであろう冬の気配は、感じ取れる。

 もう雪が降るのも近い。


「お前はここで死ぬ」


 ダークウォッチャーはそれが決定事項であるかのように、はっきりとそして気負うことなく言った。


「何度、私の前に現れれば気が済むのか。いい加減、墓の下で眠っているがいい」


 ネーベルはその白刃を構えた。

 ダークウォッチャーも双刀を抜く。


「お前が死んだらな」


「埒があかぬ」


 二人はゆっくりと距離を詰める。

 そして、同時に言った。


「「もう、言葉はいらぬ」」


 白い残光と、赤と緑の双光が閃き、金属音の激突となって弾けた。

 ダークエルフは剣を下から、地面をこするように斬りあげる。

 ダークウォッチャーはその一撃を赤い宝玉の剣“暁丸ラス・ルガ”で受け止める。

 左手に握る緑の宝玉の剣“蘭丸ウォ・ルガ”を激突の隙間からねじこもうとするが、ダークエルフは体をねじって回避、そのまま距離を取る。

 かのように見せかけて、体を回転させた勢いで剣を振る。

 体重の乗った一撃をダークウォッチャーは両手の剣を重ねて防御、オークのネ・ルガンですら押した攻撃を受け止める。

 ダークエルフの顔に喜色が浮かぶ。

 本当に、全力で戦える喜びに。


 最初の戦いは一方的にネ・ルガンが勝った。

 二度目の戦いは、ネーベルとネ・ルガン二人がかりで負けそうになった。

 そして。


 今。


 二人は互角だった。


 双刀を連打するダークウォッチャーは、一撃ごとの威力こそダークエルフに劣る。

 しかし、その早さがダークエルフの切札である魔法の詠唱の機会を奪っていた。

 さらに、ダークウォッチャーの双刀は古代の付与魔法によって造られた魔剣を複製したもの。

 そのため、物理攻撃でありながら、魔法攻撃でもある。

 ネーベルの自動発動の障壁魔法では、その威力を完全に減衰できてはいなかった。

 一撃一撃は軽くても、それが蓄積されれば大きなダメージとなる。


 その変哲のない一撃。

 今までかわし、受け止め、防御してきたダークウォッチャーの右の振り下ろしをネーベルは受け損ねた。

 それはダークウォッチャーの剣の冴えが衰えないためであり、蓄積されたダメージが集中力と足の体力を奪ったためであった。

 左の肩口から左胸を縦断する裂傷。

 そこから、真っ赤な血が吹き出る。

 追撃しようとするダークウォッチャーへ、ネーベルはあえて近づきその血を目潰しとして使った。

 ダークウォッチャーは相手を見失い、ダークエルフは距離をとることに成功する。


「神聖スキル“大治癒”詠唱破棄」


 詠唱をしないことで高速化した治癒魔法が、ダークエルフの傷を癒していく。

 しかし、失われた血液まで戻るわけではない。

 その闇の色の皮膚でもわかるほど青ざめたネーベルに、ダークウォッチャーは迷うことなく突撃した。

 連続する赤と緑の残光に、ネーベルは防戦一方となる。

 さきほどの一撃が、まだ頭の隅に残っていて、それを避けようと防御と回避を優先しているのだ。


 恐れているのだ、と。


 突然、ネーベルは自覚した。

 私は恐れている。

 この、よくわからない死者のようなモノを怖れている。

 私が。

 ネーベルたる私が!?

 恐れを抱くなど、ありえない。

 あってはならない!


 ネーベルは前に出た。

 ダークウォッチャーの双剣をすんででかわし、側面へまわる。

 そう、攻撃し伸びきったダークウォッチャーの隙へ。

 右足を強く踏み込み、右手にもった白刃を力一杯斬りつける。

 ダークウォッチャーの右の脇の下へ、吸い込まれるように刃は潜り、切り裂いた。

 真っ赤な、血のような炎か噴き出す。

 そうだ。

 こいつは人ではない。

 血のかわりに炎が体内を巡り、魔法の力で命を繋ぎ止めている。

 ならば、その炎が噴き出しきったなら、命は潰えるのか。

 試してみる価値はあるだろう。


 共に闇を戴く者として、どちらが上か。

 ネーベルは今まで感じたことのない高揚感に包まれていた。

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