決着09
凍てつく魔力がおとなしくなって、ネーベルはゆっくりとストリに、弟子に近付いた。
「私の言うことを聞いていれば、命を永らえたものを」
カッと見開いたままの瞳に優しくふれ、まぶたをおろす。
せめて、亡骸は安らかでいてほしいという師の想いだった。
「まさか、私がこのような感傷を抱くとはな。闇凍土にいたころは想像だにしなかった」
さて、とネーベルは最後まで残ったオークと人に在らざる何かを見た。
ネ・ルガンとダークウォッチャーである。
「ここで命をもらう、我が主よ」
「私が死ねば、お前も死ぬのだよ、我が剣よ」
「構わん」
ここに残った誰もが、命を惜しんではいない。
もちろん、軽く見ているわけではない。
失われた命はあまりにも多い。
己の命ではもうあがなうことなどできないのだ。
だからこそ、命を捨ててでも戦う必要がある。
ネ・ルガンは弾かれたように飛び出した。
大剣にはもう放つ死霊は残っていない。
だから、これはただの剣だ。
金属の塊だ。
それでよい、とネ・ルガンは思った。
生き物を殺すのに、無機質な金属はふさわしい得物だ。
嵐のような風切り音をたてて、ネ・ルガンは剣を振る。
岩を断ち、大樹を切り落とし、金属すらひしゃげるほどの威力を、ネーベルはその白刃で受け止めた。
「む!?」
「侮ったか、我が剣よ。それとも、それが全力か?」
ネ・ルガンはさらに速さを加えて、剣を振るう。
そして、その剣は全てネーベルによって弾き返される。
「これほどとは!?」
「生を受けて七百余年、剣に、魔法に、軍略に、研鑽を積み続けた私に百年も生きておらぬ餓鬼が敵うと思うたか!」
次第に、ネーベルの剣がネ・ルガンを押し始める。
速く。
重く。
鋭く。
オークの巨体を押し返すほどに。
しかし、それでもネ・ルガンは天才だった。
三十年前に積んだ人間としての修練と、それからの三十年で積んだオークの修練が、ダークエルフとの死戦によって、今、ここに結実した。
巨体を沈ませ、ネーベルの白刃をかわす。
そこから跳ね上がるように距離を詰め、剣を突く。
その挙動は目にも止まらぬほどの速さと精度をもって、ダークエルフを襲った。
だが。
だが、それでもダークエルフはまだ打つ手を持っていたのだ。
「時間遅滞」
武術の才を尽くしたオークの一撃は、ダークエルフの魔法によって阻まれた。
オーク自身の知覚には、ダークエルフが異様な速さで動いたようにしか見えなかっただろう。
対象の肉体及び精神の知覚を遅くさせるこの魔法は、その習得の難度によって伝承されることがなくなった魔法だ。
使えるものがいないということは、その魔法への対策もない。
ゆえに、ネ・ルガンは抗うことは出来なかった。
ネ・ルガンの会心の一撃を、ネーベルは悠々と回避。
ゆるゆると動く、オークの右胸に鋭く一突き。
筋肉が締まる前に刃先を抜き、血をはらう。
それで、終わりだった。
ウォッチャーの裏切り者にして、オークの勇者。
“死将”の名跡を継ぐ、ゴレモリアの族長。
ネ・ルガンはここに倒れ、死んだ。
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「これで、俺とお前だけになったな」
ネーベルは顔を上げた。
以前、会ったときとはやや印象が違うものの、旧知の人物だ。
「ダークウォッチャー」
幽鬼とダークエルフの間を、冷たい風が吹き抜けて行く。
この氷の国は南方に近いとはいえ、やはり北限の一角。
もうすぐ訪れるであろう冬の気配は、感じ取れる。
もう雪が降るのも近い。
「お前はここで死ぬ」
ダークウォッチャーはそれが決定事項であるかのように、はっきりとそして気負うことなく言った。
「何度、私の前に現れれば気が済むのか。いい加減、墓の下で眠っているがいい」
ネーベルはその白刃を構えた。
ダークウォッチャーも双刀を抜く。
「お前が死んだらな」
「埒があかぬ」
二人はゆっくりと距離を詰める。
そして、同時に言った。
「「もう、言葉はいらぬ」」
白い残光と、赤と緑の双光が閃き、金属音の激突となって弾けた。
ダークエルフは剣を下から、地面をこするように斬りあげる。
ダークウォッチャーはその一撃を赤い宝玉の剣“暁丸”で受け止める。
左手に握る緑の宝玉の剣“蘭丸”を激突の隙間からねじこもうとするが、ダークエルフは体をねじって回避、そのまま距離を取る。
かのように見せかけて、体を回転させた勢いで剣を振る。
体重の乗った一撃をダークウォッチャーは両手の剣を重ねて防御、オークのネ・ルガンですら押した攻撃を受け止める。
ダークエルフの顔に喜色が浮かぶ。
本当に、全力で戦える喜びに。
最初の戦いは一方的にネ・ルガンが勝った。
二度目の戦いは、ネーベルとネ・ルガン二人がかりで負けそうになった。
そして。
今。
二人は互角だった。
双刀を連打するダークウォッチャーは、一撃ごとの威力こそダークエルフに劣る。
しかし、その早さがダークエルフの切札である魔法の詠唱の機会を奪っていた。
さらに、ダークウォッチャーの双刀は古代の付与魔法によって造られた魔剣を複製したもの。
そのため、物理攻撃でありながら、魔法攻撃でもある。
ネーベルの自動発動の障壁魔法では、その威力を完全に減衰できてはいなかった。
一撃一撃は軽くても、それが蓄積されれば大きなダメージとなる。
その変哲のない一撃。
今までかわし、受け止め、防御してきたダークウォッチャーの右の振り下ろしをネーベルは受け損ねた。
それはダークウォッチャーの剣の冴えが衰えないためであり、蓄積されたダメージが集中力と足の体力を奪ったためであった。
左の肩口から左胸を縦断する裂傷。
そこから、真っ赤な血が吹き出る。
追撃しようとするダークウォッチャーへ、ネーベルはあえて近づきその血を目潰しとして使った。
ダークウォッチャーは相手を見失い、ダークエルフは距離をとることに成功する。
「神聖スキル“大治癒”詠唱破棄」
詠唱をしないことで高速化した治癒魔法が、ダークエルフの傷を癒していく。
しかし、失われた血液まで戻るわけではない。
その闇の色の皮膚でもわかるほど青ざめたネーベルに、ダークウォッチャーは迷うことなく突撃した。
連続する赤と緑の残光に、ネーベルは防戦一方となる。
さきほどの一撃が、まだ頭の隅に残っていて、それを避けようと防御と回避を優先しているのだ。
恐れているのだ、と。
突然、ネーベルは自覚した。
私は恐れている。
この、よくわからない死者のようなモノを怖れている。
私が。
闇の王たる私が!?
恐れを抱くなど、ありえない。
あってはならない!
ネーベルは前に出た。
ダークウォッチャーの双剣をすんででかわし、側面へまわる。
そう、攻撃し伸びきったダークウォッチャーの隙へ。
右足を強く踏み込み、右手にもった白刃を力一杯斬りつける。
ダークウォッチャーの右の脇の下へ、吸い込まれるように刃は潜り、切り裂いた。
真っ赤な、血のような炎か噴き出す。
そうだ。
こいつは人ではない。
血のかわりに炎が体内を巡り、魔法の力で命を繋ぎ止めている。
ならば、その炎が噴き出しきったなら、命は潰えるのか。
試してみる価値はあるだろう。
共に闇を戴く者として、どちらが上か。
ネーベルは今まで感じたことのない高揚感に包まれていた。




