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ダークウォッチャー  作者: サトウロン
47/52

決着08

 ガンガンと割れそうなほどの頭の痛みを無視して、ストリはネ・ボーグを睨み付けた。


「あなたは、あなたたちは生きててはいけない」


「なせだ?」


 ネ・ボーグは流暢な言葉で答える。

 人間のように。

 まるで、人間だったように。


「オルクスの秘儀。十体の同族を自身の手で生け贄に捧げる。被術者はオークになる」


 ネーベルは嬉しそうに笑う。


「よく知っていましたね、ストリ。これはなかなかレアな魔法ですから」


「先生は、黙っていてください。僕が言いたいのは、このネ氏族とやらは雪の国の貴族たちだということ。率先して人々を守るべき立場にあった人たちだということ。そして、お前たちが雪の国の人々を殺したということだ!」


 ストリはバーバ・ヤガーの杖を掲げた。

 氷晶宮からほぼ無尽蔵に補給される魔力が凍れる形となろうと杖の中で渦巻いていているのがわかる。

 ストリの怒りに呼応するように、凍結魔法は次々に発動待機状態になり、杖の中で煌めく。


「バーバ・ヤガー!」


 解き放たれた凍れる息吹きは、ダークエルフと二体のオークを効果範囲に巻き込みながら吹き荒れた。

 空気中の水分をことごとく凍結させて、水も風も大地も凍りつかせた。


 しかし。


「効果範囲を拡げると精度が下がる。逆に効果範囲を絞れば精度は上がる。これは教えたはずだよ」


 連続発動することで障壁の隙間を穿つ作戦は、障壁の硬度そのものが高まることで水泡に帰した。

 ストリのバーバ・ヤガーは、一撃では障壁を突き破ることができなかった。

 二発目でようやく障壁を壊しても、次の障壁が既に展開している。


「ぐ、ま、まだだ」


 ストリはさらに魔力を込めて、杖を掲げ……ようとした。


「ストリ・ボーグ!!! ようやく、捕まえたぞ」


 最後まで生き残った内の一体、ネ・ルシがふらついていたストリを、その巨大な手で掴んだのだ。

 オアネモスによって傷つけられてはいたが、ネ・ルシは痛みを無視することができた。

 なぜなら、憎いストリ・ボーグが目の前にいたからだ。


 ネ・ルシは覚えていた。


 人間だったころの記憶を、ドリアード・ルシだったころの記憶を。

 ストリの魔法によって、右手をぐちゃぐちゃにされたことを。

 もちろん、全てではない。

 細かな記憶など何もない。

 ただ、貴族であったドリアードに刻みつけられた屈辱とその痛みを忘れなかっただけだ。


「ワレらは生きてはいけないと言ったな? 否、貴様の方が生きてはいけないのダ!」


 ぎりぎりと、そしてゆっくりとネ・ルシはストリを締め上げていく。

 あのすばしっこい老人オアネモスのように一息で潰したりはしない。

 苦痛を与えて、永遠にも等しい痛みを与えて、そうしてから優しく殺してやるのだ。

 ルシの誇りを傷つけた者にふさわしい死に様を与えてやるのだ。


 その緩慢な締め付けだからこそ、ストリは気付いた。

 巨大な手につけられた傷。

 今もじくじくと膿み、ネ・ルシに痛みを与えているだろう刀傷。

 オアネモスがつけたもの、だとストリは直感した。

 死の間際、あの老人が残してくれたわずかなチャンスをストリは無駄にしなかった。

 唯一、自由に動く左手を全力でその傷に突っ込んだ。


 そして詠唱した。


「我が手より出でよ、六角の壁よ。細やかに細やかに内と外を隔てよ」


 それは障壁魔法だ。

 今まで無意識に、自動的に使っていたものを意識的に展開しただけに過ぎない。

 小さな六角形の障壁は、ネ・ルシの文字通り手の中で発動した。

 筋肉組織、血管、神経、骨を障壁は内と外に隔てた。

 ズタズタに、細切れに。


 ネ・ルシは無視しえなくなった痛みに、ついにストリを放した。


「アガアガガガガガガガガガガガガッッッッッッ!!!!!!」


 ストリは急に肺に入ってきた酸素にむせながら、地面に倒れた。


「ネ・ルシ!ストリ!」


 一人と一体が動けなくなったタイミングで、ネ・ボーグが動いた。

 その手に握られた剣を振りかぶり、オークは魔法使いの少年に斬りかかった。


 しかし。


「七星破軍弾烈剣!」


 裂帛の気合いとともに繰り出された剣撃によって、ネ・ボーグは弾き飛ばされる。


「ぬう!?」


「動けない相手を狙ってんじゃねえよ」


 ヴァーユは構えを解かずにネ・ボーグを睨む。


「人間が!」


 ネ・ボーグは剣を振るい、ヴァーユは受け止める。


「さすがに重い剣だ。だが、あんたの剣には覚悟が足りない」


 ヴァーユは受け止めていた剣からゆるりと力を抜いた。

 抵抗が無くなり、前につんのめったネ・ボーグはたたらを踏んだ。

 ヴァーユは半歩動き、相手の脇に潜り込むように移動する。

 ネ・ボーグは相手を見失って慌てる。

 そこをすかさず、狙う。

 丸太のように太い腕を一刀で斬る。


「ぬおおお!?」


「オークの頑健な肉体に頼った戦いをしているから、技術が磨かれない。人間は非力だ。だが、その不利を覆すために技術を磨いた。その差は、俺様くらいになるとオークだろうが関係ないほどまで縮まる」


 ボトボトと血を流しながら、ネ・ボーグは虚ろな目でヴァーユを見た。


「見事だ……。見事な剣だった。だからこそ、お前は生かしておけない」


「なにを?」


 ネ・ボーグはヴァーユに飛びかかった。

 大降りなその動きはヴァーユは目をつぶってもかわせる。

 はすだった。

 動こうとしたヴァーユに後ろから何かがしがみついてきた。


「ワレだけでは死なない。お前ら全部道連れダ!」


「テメェ!」


 ずたぼろになった右手のネ・ルシがヴァーユを逃すまいとしがみつく。

 そこへ、ネ・ボーグが体当たり。

 二体のオークに挟まれてヴァーユは血反吐を吐いた。


 さすがにオーク二体分の重量を跳ね返すには筋力が足りなかった。

 まあ、どれほど鍛えても人間にはそんな筋力は身に付けられまい。

 さらにネ・ルシに首を絞められ、ネ・ボーグには腹を押され身動きが取れない。

 これは死んだな、とヴァーユは確信した。

 そのヴァーユに向けて放たれた言葉が聞こえる。


「ヴァーユさん。すみません……これしか思い付かなかった」


 青ざめた顔のストリが、悲しいほどの笑顔でこちらを見ていた。


「止めろ!」


 その覚悟に気付いたか、ネ・ボーグがヴァーユから離れようとする。


「やれ、ストリ! この腐れ外道どもにとどめをさせッ!」


 ヴァーユはそう叫びながら、ネ・ボーグの首に足を巻き付けた。

 ヴァーユの持っている格闘技術をもってすればオークとてわずかな間拘束できる。

 ストリが魔法を発動するくらいの時間は稼げるはずだ。

 たとえ、それがヴァーユごと相手を倒すものであっても。


「はい。僕の全てを込めて」


『哀しいけどこれでお別れだよ』


 ストリの頭の中に住み着いていた彼女も、悲しげに笑う。

 今の魔法を放てば確実にストリは死ぬ。

 そうなれば、彼女の記憶も霧散して消滅するだろう。


「凍結魔法コキュートス」


 ストリを中心に半径2メートル内の全てが凍りついた。

 ストリも、ヴァーユも、ネ・ルシも、ネ・ボーグも。

 どれほどの想いを抱いていても、復讐に身をたぎらせても、全てが凍りつき永遠にそれは沈黙した。

 

 全ての魔力を使い果たし、精神力の限界まで魔法を行使し、そして自らも効果範囲に巻き込んで、ストリは最後の魔法を放ち。


 そして、死んだ。


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