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ダークウォッチャー  作者: サトウロン
42/52

決着03

 オーク五百体の前に、ダークウォッチャーは悠然と立った。

 手には赤い宝玉の鋳込まれた暁丸ラス・ルガと緑の宝玉の鋳込まれた蘭丸ウォ・ルガという双剣を軽く握っている。

 風に揺れる柳のようにただ立っている姿勢が、逆に彼が臨戦体勢だということをはっきりと周囲にわからせた。


 かつて、彼はこの場所でオークの先見部隊と戦い、これを殲滅した。

 そして今、そのときの十倍の数のオークと相対している。


「討ちもらしの心配をしておるのか?」


 ダークウォッチャーにオアネモスは話かけた。


「ああ、全部殺せなかったら、どうしようと思っていた」


「心配いらないわ。私達がいるもの」


 アウラは微笑んでいる。

 仇を目の前にして、ようやく復讐を果たせるという喜びからか。

 行動を共にするフリーズ王子、そして冬の国の残党軍も同じような笑みを浮かべている。


「だから気負わないで下さい。僕らは全滅したって負けません」


 無茶苦茶なことを言っているのはストリだ。


「全滅したら終わりじゃない?」


「終わらないような全滅をするんですよ」


 アウラとストリの訳の分からない会話を聞きながら、ダークウォッチャーは笑った。


「面白いな、お前達は。いや、人間というものは」


「お前は人間ではない、と?」


「死んで蘇った者はもう人間の括りではないだろう?ましてや俺は半分魔法だ」


 動く死体ゾンビや動く骸骨スケルトンといったアンデッドのことを思い出して、オアネモスはなるほど、と言った。

 まあ、目の前の男はそういうアンデッドとは似ても似つかないが。

 そういえば、ダークウォッチャーのことを幽鬼のような、と言わなくなったのはいつからだろうか。

 以前は、死霊のように思っていたのに。



 ダークウォッチャーの内面の変化が、雰囲気にも変化をもたらしていた。

 復讐に取りつかれたゲイルと守護炎ガードファイアが、ストリ達の介入によって再構成された結果。

 わずかながら人間性を取り戻した。

 そのため、ダークウォッチャーは以前からは考えられないほど笑い、話し、感情を露にした。

 まるで、終わりが来る前に人生を謳歌しようとでもいうかのように。


 オークたちが視認できるほど接近してきた。

 人間達は口を閉じ、構えた。

 ストリも、オアネモスも、アウラも、フリーズも、ミナスも、シャイナーも、フライシュも、ヴァーユも、ゲド・ルサハも、ジェルサハも、この戦いに参加した全ての者とダークウォッチャーは走り出した。


 赤と緑の閃光が戦場に軌跡を残す。

 双刀がふるわれるたびに、オークが命を散らせていく。

 ダークウォッチャーの疾風のような剣撃だ。

 手に持つ剣は、かつて彼の師であったウォッチャーの戦長チーフのカームの遺品だ。

 ダークウォッチャーにとっては、その誕生の時近くにあった業物程度の意味しかなかったが、ゲイルにとってはまぎれもなくカームの遺志だ。

 全てのウォッチャーの遺志を背負って、彼は剣をふるう。


 鋭い矢がいくつも放たれる。

 風に乗って、それはオークへ突き刺さる。

 急所でなくてもいい、腕、目、顔、どこでもいい。

 その矢が刺さることによって、オークの注意を逸らすのならばどこでもいい。

 まあ、急所に当たるのならばそれはそれでいい。

 アウラはそんな風に考えながらも、集中を切らさずに矢を番え、弦をひき、放つ。

 その矢は、オークの目に突き立つ。

 グオ!?とうめいたオークの死角から、フリーズ率いる冬の国残党軍がまるで影から現れたように出現し、オークに刃を突き刺していく。

 そのオークが命を奪われ、大地に屍が倒れこむ頃には次の矢が放たれ、冬の国の生き残りはそこへ現れる。

 コンビネーション。

 オークによって、彼らは命以外の全てを奪われた。

 同じ境遇であるからこそ、その意志は同じ。

 冷たく透き通った殺意を全員が共有していた。


 その踏み込みは風のよう、そしてその刃は稲妻のようだった。

 かつて彼はウォッチャーであり、そうでなくなってからも技術に衰えはない。

 オークの、鎧に覆われていない肉に短剣を突き刺す。

 そこで、刃をぐるっと捻る。

 刺され、そして捻じ曲げられた内臓が機能不全を起こす。

 そのオークは吐血し、どうっと地面に崩れ落ちた。

 と同時に後ろから近づいてきたオークにナイフを投げる。

 脳天に突き刺さったそれは、オークの神経系に齟齬をもたらし、足をよろめかせたオークは倒れ、そのまま動かなくなった。

 二体のオークの死骸を何の感情も見せずにオアネモスは眺める。

 そして、次の獲物に向かって走りだす。


 一迅の風が、戦場を吹き抜ける。

 それは、凍れる息吹となって進行方向にいたオークたちを凍結させた。

 ウォッチャーの祖先であった魔法特化戦闘種族の彼女に言わせれば、熱を奪う魔法、だ。

 大規模凍結魔法“コキュートス”のストリ用に調整された魔法“バーバ・ヤガー”を、ストリは連打する。

 発動させるための魔力は、氷晶宮から不可視の魔力ラインを通ってストリに供給されているため、切れる心配はない。

 あとは、魔法を構成するための精神制御を続けるだけだ。

 魔法を放つたびに、ストリの頭には締め付けるような痛みが走る。

 しかし、前線には本当に傷ついて痛みを感じたまま戦う兵士たちがいる。

 敵と見えないで、魔法で攻撃することを恥ずかしいなどとは思わないが、兵士の皆には負けたくない。

 だから、どれほど頭が痛くてもストリは魔法を使うことをやめない。


 彼らは、風だった。

 疾風ゲイルのように戦場を駆け。

 オアネモスのように剣を振るい。

 微風アウラのように着実に前に進み。

 ストリのように踏ん張った。


 人間は、オークたちと互角に戦っていた。

 戦い、勝ちが見えてきていた。


 しかし、人間はそれが危うい均衡のもとにあったことを思い知る。

 それの前線への出現。

 かつて、ウォッチャーの村の若手を全滅させ、村が滅びる端緒をつくったオーク。


 ネ・ルガンである。


 死者の怨念が詰まった大剣を振るえば、怨念が解き放たれ生者を襲う。

 死者の念は強く、襲われた者はことごとく命を落とした。

 ネ・ルガン自身の力もまた強力なものだ。

 怨念をくぐり抜け、なんとかあいまみえたレイヴン連合軍の戦士たちは次々に命を散らした。

 死した者の怨念はまた大剣に吸収され、蓄積されてやがて生ある者を襲う力となってしまう。

 つまり、戦い続ける限りネ・ルガンは無敵だった。


 その右手に突如矢が突きたつ。

 疼く程度の痛みしかなかったが、ネ・ルガンの進撃の足は止まった。


「むう?」


「そこまでだ。ネ・ルガンとやら」


 ネ・ルガンはかけられた声の方を向いた。

 そこには老人と女性と少年がいた。

 全員顔見知りだった。


「オアネモス」


「やはり、わしのことを覚えておるか」


 ネ・ルガンは無意識に口にした言葉に驚いた。

 オアネモス……目の前の老人の名前……のはずだ。

 知るはずのない情報を喋ったことで、オークは戸惑う。


「知らぬ。お前のことなど」


「三十年もたてば忘れるか? お前は忘れてもわしは忘れぬ。お前が殺したつまのことを、仲間のことを。そうであろう?フォン」


「フォン……?……!……!?」


 無言の反芻の中で、ネ・ルガンの脳髄が悲鳴をあげる。

 知らないことを、知っている。

 知っていることを、知らない。

 それは混乱となって、ネ・ルガンの足を一歩だけ後ずらせる。


「わしは忘れてはおらぬぞ」


 オアネモスは退いたネ・ルガンを追い詰めるように、距離を詰めた。




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