決着02
「……コキュートス、止まりましたね……」
ユラ女王の呆然とした声に、その場にいた人々は我にかえった。
ダークウォッチャーとストリ以外は。
「くくく。まさか、魔法そのものを己のものに変えるとはな」
楽しげにダークウォッチャーが言った。
そう、魔法は止まり、ストリの手には水晶のような杖。
こいつが何かしたのは見ればわかる。
「ストリ・ボーグさん。お話を聞かせてもらえるかしら?」
ひきつった笑顔のユラはストリを見てそう言った。
事情説明のため拘束されたストリを置いてダークウォッチャーとオアネモス、アウラは女王の前から退出した。
「あなたがやらせたの?」
アウラの問いにダークウォッチャーは笑う。
「強大な力を持ち、さらにその起動ボタンを握っている者は、いつそのボタンを押してしまうかわからない。本人ですらな」
「だから、そのボタンを取り上げた、と?」
オアネモスの言葉にダークウォッチャーは頷く。
「本人ですらいつボタンを押すかわからないってどういうこと?」
「力は時に持ち主すら支配する。疑心暗鬼になったり、疲れきっている者は特に力に呑まれやすい」
アウラの問いにはオアネモスが答えた。
「ふうん……?……でも、そのボタンを持っているのはストリ、なのよね?」
「あれは大丈夫だ」
とだけ、ダークウォッチャーは断言した。
彼がストリの頭の中の住人のことを知っているかは定かでない。
殺気がダークウォッチャーを狙って放たれたのはその瞬間だ。
アウラとオアネモスが武器を手に取るなか、ダークウォッチャーは微動だにせずに微笑んでいる。
「へぇ。俺様の殺気にも動じないんだ、あんた」
「ヴァーユさんの仕業でしたか」
現れたのは南の国ベルトライズからやってきた男ヴァーユだ。
こうやって強者を試すのは、楽しいかららしい。
「殺す気のない殺気など、反応する気にもならない」
「そうだよなあ。じゃあ、これは?」
アウラは横を風が通り抜けたように思った。
そして、真横では鍔迫り合いをしているダークウォッチャーとヴァーユの姿があった。
「え?え?」
アウラの戸惑いをよそに二人は笑う。
その笑みは獰猛な獣同士のようだった。
「わりと会心の一撃だったんだけどなあ」
「動きが素直だったのでな」
「なるほど、効率的に動きすぎて読まれたか」
しばらくして、二人は距離をとった。
「まるで猫のじゃれあいだわい」
と呟いたオアネモスの方を驚いたようにヴァーユは見た。
「なんだ、爺さん。喋れるじゃないか?」
そういえば、とアウラは思い出す。
オアネモスはこちらにいた時、完全にぼけたフリをしていたのだ。
だから、ヴァーユにはそのイメージしかなかったのだろう。
「オアネモスだ。ヴァーユ君」
「ああ、やっぱり。あんたも強いな」
そのまま、今度はオアネモスに挑もうとし始めたヴァーユを止めたのはダークウォッチャーの一言だった。
「奴ら、もうそろそろ決めるぞ。こちらは動かなくていいのか?」
「ああ。あんたらの様子を確かめに来たんだった。女王陛下に具申するついでにな」
「具申?決める?何を?」
アウラは二人の言葉に混乱し、オアネモスは難しい顔をした。
そして、ヴァーユは笑いながら言った。
「戦争の再開を、さ」
氷の国の氷晶宮で漂っていた巨大な魔力が消えたのは、オークの陣地からも見えた。
「どうやら、人間どもも覚悟を決めたようだ」
ゴレモリア部族の戦士を集めて、族長であり、オーク軍の指揮官であり、かつ“死将”の称号をもつネ・ルガンは厳かに言った。
戦士たちは無言で頷く。
多くの人間が死んだ。
そして、多くのオークが異郷で命を落とした。
共に闇凍土から出発したバズダバラ族、ガ氏族の戦士、ヨ氏族の狩人、多くの部族の代表。
それに、新たに参加したラグン部族の者たち。
その命を無駄にしないためにも、オークたちは人間の最後の拠点である石造りの都を落とさなければならない。
人間たちが氷の国の都と呼んでいる街は、さきほどまで不穏な魔法の気配が漂っていた。
そして、それは霧消した。
罠ではないか?
という懸念をネ・ルガンは一度ならず考えた。
しかし、それにしてはお粗末だ。
ラグン部族を翻弄し、ついにはこの世から消滅せしめた極悪な罠の気配はない。
「この長き戦いに一応の終止符を打つ。我らの力を人間どもに恐怖とともに知らしめようではないか」
オークの戦士たちは膝をたたいて同意した。
意気は軒昂、戦力はこちらが上。
負ける要素はない、とはいえ今まで食い下がってきた人間たちの最後の砦だ。
負ける要素はない……?
ネ・ルガンの脳裏に赤と緑の双剣を持つ幽鬼の幻影がよぎった。
あの恐るべき、闇の主人と自分を相手に互角以上の戦いをした“闇の目”のことを、だ。
あの怪人は、あの後の大爆発以降姿を見せてはいない。
爆発を起こし、炎に消えたというのが大多数の予測だったが。
あれが、そんなもので死ぬだろうか。
いや、そもそもあれは、一度死んで甦ってきたものだ。
それが、再び起き上がることはありえなくはない。
ネ・ルガン一人では足止めにしかなるまい。
ならば、ネ・ルガンの役目はダークウォッチャーの足を止めつつ、できるだけ人間を殺すことだけだ。
あとの始末は主人に任せるとしよう。
氷の国の都の哨戒兵が地平の際から現れたオークの姿を確認したのはそれから三日後の朝だ。
人間もオークも統率と士気を整え、万全とは言いがたいがそれなりの態勢で相手を見据えた。
人間側レイヴン連合軍。
氷の国の住人老若男女かき集めた最終戦力250。
風の国軍50。
水の国軍150。
光の国軍170。
冬の国残党軍30。
雪の国軍300。
ベルトライズ王国軍1。
魔法使い1。
元ウォッチャー1。
冬の国の女王(見習い)1。
ダークウォッチャー1。
オーク軍。
ゴレモリア部族500。
諸部族残党軍150。
ネ・ルガン1。
ネ氏族50(未到着)。
ダークエルフ1(未到着)。
戦力的に見れば、これは小競り合いといってもいい。
しかし、紛れもなくこの戦いは北限三国対闇凍土の、ひいては人類対闇の種族の最終決戦である。
南方諸国といわれる国々の中で、正確にこれが人類の危機であると判断できていたのはどれくらいであろうか。
そもそも、南方諸国は新興国であるベルトライズ王国とその台頭をよしとしない連合国の間で今にも戦端が開かれようとしている時勢。
とても北の辺境などかまってられないのが本音だ。
それでも、光と法の神バルニサスを奉じる光の国と、ベルトライズ王国はおそらく正確な情報を掴んでいたと思われる。
それは光の国から派遣されたシャイナーとフライシュが定期的に使者を送っているからであり、ベルトライズのヴァーユはなんらかの方法でその首脳部と直接連絡がとれているからだ。
両国ともに動きはない。
少なくとも互いに、相手にわかるようには動いていない。
南の思惑とは別に、北の大地は最後の戦いに向けて動き出した。
北から吹く不吉な風に抗うように、ダークウォッチャーは前を向いた。
目の前にはオークの大群。
しかし、もう臆することはない。
戦える力があるから。
もう、これで終わってしまっても。
復讐を果たす力を持っているから。
ダークウォッチャーは笑った。




