決着01
死んだ者は帰ってこないとアウラは知っていた。
だから、淡々と戦争の後始末をしているミナスの姿に哀しみは覚えども反感は感じなかった。
レイヴン連合軍が結成され、闇の種族との本格的な抗争に突入してから一月半がたっていた。
地形を熟知したストリの仕掛けた罠、指揮官の戦闘能力、連合軍の士気の高さもあいまって、連合軍はオークと互角。
いや、一時はオークを超える戦いを繰り広げた。
オークの増援として参戦したラグン部族を壊滅させたところまでは。
その後、ついにオーク軍本隊のゴレモリア部族が族長ネ・ルガンの指揮のもと到来した。
いくつかの罠は効果を発揮したものの、大きく数を減らすことはできず、包囲攻撃も有効ではなかった。
レイヴン連合軍は退却を繰り返し、隘路で決死隊が敵を足止めし、その時間で本隊が撤退する作戦でなんとか氷の国までたどり着いた。
そのころには、氷の国の王宮である“氷晶宮”に仕込まれている極大氷結魔法“コキュートス”が発動待機状態になっており、その魔力を恐れたオーク軍は接近をためらっている。
ダークウォッチャーたちがやってきたのは、そのあたりだ。
出迎えたレイヴン連合軍総司令ミナスは、疲れた顔で、それでもストリたちの帰還を喜んでくれた。
「遅れた、とは思いたくありませんが」
ストリの予測では、もっと戦況はいいはずだった。
予想以上に敵先鋒のオークを倒したのがうまくいきすぎた。
本当はもう少し、敵先鋒を足止めし、敵全体の行動を抑制しつつ削るはずだったのだが。
ラグン部族が内部分裂を起こし、弱体化していたのが作戦にはまってしまったのだった。
そのせいで、敵本隊の早期の到来を招いてしまった。
しかし、それを責めるものはいない。
責める相手もいないのだ。
ストリもギリギリを予測した作戦だったし、実践したミナスたちもギリギリの戦いだった。
「いえ、もともと全滅必至の相手です。千も残ったのは望外です」
残り千人。
これが北限三国に残された最後の戦力だ。
氷の国は衛兵に至るまで兵士はみな徴収された。
若い男も徴兵され、女性も子供も老人も後方支援に徹している。
冬の国はここにいるフリーズ王子の戦力が全てだし、雪の国も旅で見てきたように戦えるものはいない。
「あとはできるだけ時間を稼いで、アレですか」
ストリは上を見た。
「ですな」
ミナスもそれを見た。
発動待機状態の氷晶宮は全体から陽炎が揺らめき、陽光を反射している。
そのなかに込められた“コキュートス”は北限三国、そして闇凍土まで氷で覆いつくし、全てを滅ぼすことができる。
もちろん、使用したほうも無事ではすまない。
効果範囲内のすべては活動を停止する。
人だろうとオークだろうと、たとえドラゴンであろうとも、だ。
使用された相手も、使用した方も両方滅ぶ諸刃の剣。
それが、コキュートスだ。
ダークウォッチャーとストリたちが、氷晶宮の女王ユラ・グレアムと面会したのは、そんな忙しい状態の時だった。
氷の国どころか、北限三国が滅亡を迎えつつある昨今、女王は華美な衣装を改め動きやすい服装になっている。
王冠をつけ、結い上げていた長い髪はバッサリと切られ、後ろで紐でまとめられている。
化粧の類も最低限にまで簡略化されているようだ。
街娘のようだ、と揶揄する貴族もいるようだが健康的で若く見えるといった意見のほうが多いらしい。
「よくぞ、無事戻りました……といいたいところですが、すでに我々の命運は決してしまったようです」
と、覚悟を決めた目でユラ女王は言った。
女王は、コキュートスを発動し、国もろとも闇の種族を滅ぼすと決めたのだろう。
「運命は決しない。常に変転し、変わり続ける」
そう言って、前に出たのはダークウォッチャーだ。
「あなたが……」
ユラは玉座から立ち上がり、深く礼をした。
「?」
「闇の種族の最初の侵攻の時、あなたがこの国を守ってくれたことけして忘れてはおりません。まことにありがとうございました」
「礼はいい。俺は、俺のためにオークを狩っているだけだ」
「それでも、です」
結局、ダークウォッチャーが何度かいうまで、女王は頭を下げ続けた。
「魔法使いの弟子。お前なら、この魔法をどうにかできるのではないか」
ダークウォッチャーはストリのことをこう呼ぶ。
魔法使い=ダークエルフのことなのだろうが、これまでの経緯を考えるとダークウォッチャーはその名前すら呼びたくないのだろう。
まあ、呼び名はともかく、こうしてコミュニケーションをとってくれるのは嬉しいことだ。
それが無理難題であっても。
建国の天才魔法使いが、国の、いや世界の危機に発動させることを目的とした封印された魔法をどうしろと?
ストリはともかく、コキュートス及び、その封印状態である氷晶宮を魔力を見る目で見た。
「おお?」
ストリの目に飛び込んできたのは、まるで織物のように精緻に編み上げられた魔力だった。
全ての流れが、封印状態と発動状態でなんらかの役割を果たすように組み上げられている。
この魔法を構築した氷の魔女という人物は、まさに天才だったのだろう。
『ユリシア・グレアムは確かに天才だったよ。あんな時代でなかったら、おそらく大学者として歴史に残るくらいにはね』
突如、頭の中でした声にストリは困惑する。
その声に聞き覚えがあったからだ。
「この世から消えたんじゃないんですか、守護炎の守護者」
『つれないことをお言いなさんな。私は、あなたの魔力に焼きついた残存思念のようなもの。力もない幽霊さ』
雪の国の、守護炎の塔の最上階でストリたちを待っていた彼女。
ウォッチャーの創設者の一人であり、守護炎という魔法を構築した魔法特化の戦闘種族だ。
死してなお守護炎と一体化していたが、ダークウォッチャー復活の際に魂を守護炎から切り離し消滅した、はずだった。
「幽霊、ですか」
『そうさ。この声はあなたにしか聞こえないし、喋る以外の何かもできない』
「はあ」
ネーベルがダークエルフであることを受け入れたストリである。
この頭の中の同居人のことも、案外素直に受け入れた。
『さて、宿主のあなたにこの魔法の活用方法を教えてあげようかね』
「わかるんですか?」
『あったりまえさぁ。確かにユリシアは天才だった。けれどあたしだって魔法に特化して生み出された存在だよ。わかるに決まってる』
そう言って、彼女の思念はストリに説明をはじめた。
『要するに、この魔法は広範囲の熱を奪う、だけなんだ。熱を奪われれば生き物は死ぬし、水は凍る。全ては凍りつき滅びるってだけさ』
『だからね。この封印状態を巨大な魔力貯蔵庫にみたてて』
『一部分を物質化して』
『ふうん。あんたは魔法を知識として覚えるタイプなんだ』
『じゃあ杖がいいのか』
『はい、できた』
なんだか、ストリの魔力を経由していろいろされた気がするが、最終的にストリの手の中には氷のように透き通った物質でできた杖が握られていたのだった。
と同時に、発動状態にあったコキュートスは強制的に停止し、女王以下氷の国の人々が驚き、ダークウォッチャーは満足そうに頷いた。
そしてストリはコキュートスの力を宿した氷晶の杖“バーバヤガー”を手に入れたのだった。




