序章4
前話序章3が昨日投稿されていませんでした。
失礼いたしました。
そのため、前話を今日の22時に投稿しております。
そちらを先にごらんください。
その全てを死ねなくなったゲイルは見ていた。
戦長のカームがただの一太刀で首をはねられたところも、戦意を失った見張りたちが一人、また一人と倒されていくところも。
声を出すことも、身動きもできないゲイルはただ絶望を感じるしかできなかった。
人間が背負うには重すぎる絶望。
生まれ育った村が、恩師が、家族が、仲間が、殺され、蹂躙されていく様をただ見ているしかできなかった。
戦える者も、女も、子供も関係なく、オークは殺した。
種族的差異からか、女が犯されることはなかったが、オークらはその死骸を喰らった。
どちらが幸せなのか、ゲイルにはわからない。
「はじめに捕らえた女の“目”を連れて来い」
ダークエルフの命令にオークが従う。
そして連れてこられたのはコガラだった。
ゲイルの妹、将来の妻、パートナー。
最も守るべき存在。
彼女は傷だらけで、自分では歩けないようだった。
オーク軍に発見されたあとよほど、痛めつけられたのだろう。
その顔には生気がない。
「女。見ろ。貴様の村が滅びるところだ」
コガラは髪をつかまれ、顔を上げさせられた。
そして見た。
殺しつくされ、食われた仲間を。
無念そうに転がるカームの首と、首を失った亡骸を。
地面に転がるゲイルを。
ひっ、とだけコガラは声を出した。
それは悲鳴。
兄と慕う人物の亡骸への苦鳴だ。
夫となるべき男性が死んだことへの慟哭だった。
村も滅び、微かに抱いていた希望を叩き潰された音だった。
ダークエルフの黄金の瞳に喜悦の色が見える。
「いい、絶望だ」
ダークエルフの白刃がひらめく。
コガラの白く細い首に、赤い線が走り。
ゆっくりと彼女の頭は胴から離れ、落ちた。
ゲイルは声なき声で、動かない体を呪うように叫んだ。
村人の、カームの、コガラの、そしてゲイルの絶望は霊的な力となって、その場に満ちた。
あまりにも大きな感情の揺れが、この世ならぬ力を呼び出したのだ。
青白い力の渦がダークエルフとオークの頭上でぐるぐると渦巻いている。
「さすがは、我らのことを監視していた“目”の者らだけはある」
感嘆したようにダークエルフは声を上げる。
その手には、黒い金属でできた笏が握られている。
青白い力はどうやら、その笏へ流れているようだった。
笏はその黒い表面に青白い電光を走らせて脈動している。
「恐ろしいほどの魔力ですな」
戦いというほどもない残敵の処理を行い、ネ・ルガンはその笏を見た。
結局、カームの双刀に一時、命をさらしたくらいで危機というものは無かった。
それでも、ネ・ルガンは満足していた。
戦いと覚悟、命を賭した煌めきを見て、そして相対することができたからだ。
「これを種火に、もっと力を集めて世界を冬の時代へと変えよう。我らの世界、我らの凍土へ」
あらかた青白い力-魔力-を集めきるとダークエルフは進軍の合図を出した。
もはや、彼らを見張るものなどなく、大手を振って人界へと進軍できる。
そして人間が気付く前にできるだけ多くの絶望を集め、人間を贄に捧げなくてはならない。
豊かな大地にはびこる人間を、一度きれいさっぱりと掃除してしまわなければならない。
それが、このダークエルフの意志だ。
最後に、彼は一つ指示を出した。
“目”の村の中心で煌々と燃えるかがり火を消せ、と。
それは闇の種族が追放されたという過去をありありと示していた。
そこから先へ進むことができなかった先人たちの無念を晴らすべく、その火は消されねばならなかった。
命じられたオークは進軍に遅れまいと、乱雑に踏み消す。
微かな熾火だけが残っていたことをダークエルフも、オークも気付かないまま、彼らは去っていった。
そして。
魔法の効果を解かれ、再び死へと向かいつつあるゲイルは、その守護炎の熾火を見ていた。
村が起こった時から、この地に存在する炎。
長きに渡り、この地で生まれ、死んでいった全ての村人の思いを、守護炎は見ていた。
思いを糧に、炎は止むことなく燃えるはずだった。
それはそういう風に生み出された奇蹟だったからだ。
忘れ去られた盟約に、火が消えんとする時に闇の者が帰ってくる、という一文がある。
闇の種族にとってこれが悪意の象徴であったように、人間にとってもこれは危機の来訪の目印であった。
それが今にも消えようとしている。
直接的な原因はオークに消されたからだ。
しかし、魔法的な意味を語るならばそれは村人が、村が滅ぼされたからであると言える。
ゲイルも同じだった。
死の原因はオークだ。
しかし、絶望を知ったのは村と仲間とカームと、コガラの死だった。
両者は同じ事象によって滅びようとしていた。
ゲイルはギシギシときしむ腕を伸ばす。
激痛が走っているはずだが、死がもう近い今、彼には関係なかった。
ただただ手を伸ばす。
それは消滅への最後の、ささやかな抗い。
ほとんど無意識の行いだった。
伸ばした手の、指先が炎へと触れる。
求めていたのはゲイルか。
それとも炎の方か。
消えようとしていたゲイルの魂が、炎に飲み込まれた。
燃料を得た炎は、小さく瞬く。
ゲイルの中で炎は燃える。
それは歪んで、きしんでいたが、命だった。
命そのものでは無かったが、ゲイルという存在を再び、この世界に立たせるに足る力だった。
強い感情は守護炎に飲まれた。
静かに、それでもたった一つの思いだけでゲイルだったものは立ち上がる。
オークとダークエルフ、闇の種族を追う。
その先にあるのが復讐か、侵略の阻止かはわからない。
だが、ただ追撃する。
幽鬼のようにゆらゆらとゲイルは歩き出す。
ただその目だけが、内に秘める炎のように赤々と燃えている。
まるでその姿が闇のイキモノのように見えるからか。
それとも、闇の種族の追撃者であるからか。
ただ一人、歪に生き残ったゲイルはこう呼ばれることになる。
闇の監視者。
ダークウォッチャー、と。
そして。
北の果て、闇凍土からの帰還者、あるいは侵略者たちは、南方諸国にゆっくりとその手を伸ばしていく。
ある場所には暴力で。
ある場所には陰謀で。
またある場所では魔法の力で。
混乱と恐怖が押し寄せつつあることに世界が気が付くには、まだ時間が必要だった。
ダークウォッチャーの序章をおおくりいたしました。
時間をいただき、次章を書いていきたいと思います。
よろしくお願いします。