闇を見る者の帰還8
『それではさようなら。我が仲間の子孫たちよ』
守護炎と一体となって、ウォッチャーを見守り続けた彼女は、大きく手を広げた。
自身の魂と守護炎の結合を解き、ダークウォッチャーを再構成するためだ。
だが、肉体を失った彼女は守護炎から解き放たれた瞬間に消滅してしまう。
彼女はそれでいい、と言った。
もう悔いはないのだろう。
それに、最期に仲間たちの面影を持つ者たちと出会ったことで、自らの役割の終わりを自覚したのかもしれない。
ストリの目には、はっきりと魔力の流れが見えた。
守護炎を形成する大きな魔力の流れとそれに乗じるように魂を魔力場の一部としている彼女。
その二つの結び目が、今ゆっくりとほどけていく。
青白い光が糸のようにからまりあっている。
それがするするとほどけ、離れ、解かれていく。
やがて、彼女を構成する魔力場への魔力供給が断たれ、彼女の魂は虚空へと消えた。
そして、残された守護炎の塔は胎動するように炎を吹き上げる。
赤く滑らかな鉱石のような壁面は、熱された蝋のようにどろりと溶け出し、やがて発火する。
そんな光景が塔のそこかしこで見られ、そしてついに塔は炎上した。
煌々と燃える炎の塔。
それは夜の闇の中ですら赤々と視認できた。
雪の国の住人たちはさらなる異変に恐れを抱き、野良のオークたちは不吉な炎から逃げようと背を向けた。
冬の国の都跡で魔力探知したネーベルは、不快げに目を細める。
その炎が収まった時、そこには四人分の人影があった。
オアネモス、アウラ、ストリ。
そして、幽鬼のような男。
ダークウォッチャー。
「お前たち全員を殺してもいい。そうすれば、お前たちの力は守護炎に共有され、俺の力となる」
歌うようにダークウォッチャーはそう口にした。
と、同時に無音かつ動作も見えない動きで、赤と緑の宝玉が埋め込まれた双刀を構える。
「できると思いますか?」
杖を構え、いつでも魔法を放てる態勢でストリはダークウォッチャーに言った。
「させないわ」
弓を構え、矢をつがえ、ダークウォッチャーへの狙いを完了しているアウラが静かに言う。
「むしろ、お前が命を狙われている可能性も考慮したほうがよい」
ダークウォッチャーによく似た構えで双刀を持つオアネモスが笑う。
一触即発の空気。
ダークウォッチャーが動いた瞬間に、戦闘がはじまる。
しかし、その状況にもかかわらず彼は口を開く。
「なるほど、心だなんだというぬるい仲間ではなく、利害が一致した関係か。悪くない」
ダークウォッチャーは腕をおろした。
戦う気はないとの意思表示だ。
「あなたにも、その仲間に加わってほしいのです」
ストリも杖を下ろして言った。
「俺に?」
「ええ、僕たちの仲間に。オークと、ダークエルフを殺す仲間に」
ダークウォッチャーは幽鬼のような顔に、凄惨とでも表現できそうな笑みを浮かべた。
しかしそれは、今までの本当の幽霊のような彼とは違い、人間味のようなものを感じさせた。
「無論だ。俺はそのために存在する」
「では、僕たちは仲間です」
ストリは右手を差し出した。
しかし、その手は握られない。
「仲間であることは認めよう。ただ、俺は妹の手と武器以外は握らないことにしている」
だから、ストリとは握手しないということらしい。
ストリはオアネモスを見た。
「ウォッチャーの習慣ですか?」
「いや、そんな掟はない。しかし、まあ奴の気持ちはわからんでもないがな」
ダークウォッチャー、ゲイルにとってのコガラ。
オアネモスにとってのゼフィロナ。
愛する者を失った経験を持つ彼らは、喪われた相手の熱を失った肉体か、それを奪った者に復讐するための武器しか持てなくなった。
いつか、奇跡が起きて再会するか、復讐の熱が冷めた時でなければ、その手は誰かと結ぶことはない。
結局、ダークウォッチャーとストリは握手はしなかった。
「ずいぶんと数が減っている。あと五百といったところか」
遠くを見ながらダークウォッチャーがそう呟いたのは、野営の最中だった。
目的を果たした今、一行は帰路についた。
レイヴン連合軍が再起不能になる前に、ダークウォッチャーを連れていかなければならない。
「少なくとも二千はいたわよね、オーク。ミナスさんたちずいぶん倒したんだねえ」
と、アウラが嬉しそうに笑う。
しかし、オアネモスは厳しい顔をした。
「ゲイル。それはオーク全体の数か? それとも……」
「ウォッチャーの村を襲った連中の数だ。俺と奴らは守護炎によって紐付けされている。奴らが死ねば、俺にはわかる」
「ということは、オーク軍の損害はそれほどでもない、ということですね」
ストリが冷静に言った。
「なんでわかるのよ」
ホッとした気持ちから一転、危機が去っていないとわかったアウラがストリに噛みつく。
「オーク軍の中核である約五百の部隊が健在なのは斥候の報告でわかってたんです。そして、その部隊は冬の国の都を襲った部隊が元になっているようです」
「なるほど、ウォッチャーの村を襲ったおおよそ五千のオークは人間の抵抗で五百にまで数を減らしたか」
ダークウォッチャーの顔に三日月のような笑みが浮かぶ。
「オーク軍の補充は数が多く、早い。これがさらに続くとなると厳しいな」
オアネモスは考え込む。
「いえ。補充はもう無いでしょう」
ストリは断言した。
「なぜだ?」
「良くも悪くもオークたちは死に過ぎている。いくら好戦的な種族といえどこれ以上増援を送ることは控えるでしょう」
「……いや、ダークエルフたちはまだまだオークを送り続けるだろう」
ダークウォッチャーは遠くを見たまま言った。
夢で会ったダークエルフの少女は、ただ生き長らえるだけのダークエルフという種族を滅ぼしたいと願っている。
だから、ダークエルフの支配対象であるオークを減らすことで、彼らがもたらす資源を減らそうとしている。
そのせいで人間という種族が滅びたとしても、あの夢見の少女はどうも思わないのだろうが。
「その推測の理由は話してくれない……のでしょうね」
ストリはダークウォッチャーに言った。
まあ、夢で会った人物のことなど信じるほうがおかしいのだろう。
「まあ、それほど悲観的でもあるまい。今到来している闇の種族の軍勢はそれなりの準備をしてきたのだろう。次があるとしても、こちらにも準備の猶予はある」
まあ、こちらが全滅しては次もなにもないがな、とオアネモスは言った。
「次はないわ。この戦いで北限三国か闇の種族の軍勢か、どちらかが滅びる。奴らはこの地が欲しいのでしょうし、私たちはあれらを生きたまま返すなんて絶対に許さない」
故国を滅ぼされたアウラはその心情を、激烈な本音を口にする。
ダークウォッチャーにも劣らない復讐の炎だ。
それから、数度の昼と夜が流れ。
ダークウォッチャー一行はついに、レイヴン連合軍とオーク軍の決戦が行われている氷の国国境付近へたどり着いた。
そこで彼らが聞いたのは悲しい知らせだった。




