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ダークウォッチャー  作者: サトウロン
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闇を見る者の帰還6

 ストリは思わず首をさわった。


 ネーベルによって落とされたコガラの首の感触が、まだ残っていたからだ。

 そして、もう一つ気付く。

 ネーベルはダークエルフだったということだ。

 コガラの、他人の目を通して見た彼の姿は黒い肌、黄金の瞳の長身の何かだった。

 人の形をしているものの、その存在は明らかに人間とは違うもの。

 エルフという失われた種族、他に比較する対象を持たないストリには確かに異形に思えた。


 それでも、その挙動の端々にネーベルが人としてストリに接していた名残のようなものも感じ取れる。


 あれはダークエルフのネーベルであり、同時にストリの魔法の師であるネーベルでもある。

 それらは不可分であり、両方でネーベルなのだ。


「首ならあるわよ」


 強制的な“死”によって、三人は現実に引き戻された。

 アウラの声がするのがその証拠だ。


「思わず触ってしまいました」


「さすがのわしも死ぬ経験は無いものでな」


 かなり衝撃的な内容だったが、とりあえずみな平静を保っているようだった。


「あれが、ダークウォッチャーの生まれた経緯」


「そしてウォッチャーの村が滅びた経緯だ」


 滅び、そのものは断片的にしかわからなかったが、直前にコガラの見たオークの大群が全てを説明している。

 数千のオークの群れに、百人もいないウォッチャーでは守りきる事もできなかったのだ。


「ここは、まだ塔の入ってすぐの場所のようね」


 薄暗いながらも、日の光が差し込んでいる。

 塔の入り口からだ。


 あれは境界なのだ、とストリは感じた。

 日常の世界と、死によって生まれた復讐の魔法ダークウォッチャーの中との。


「この先に進むなら、さっきのようなことが起こると思います。それでも」


 それでも進みますか、というストリの問いは言い終わらないうちに拒否された。


「わしは真実を知らねばならぬ。あの言葉の意味を」


「だいたい、私達を選んだのはあなたよ。そして私達は情ではなく利害で一致した仲間、ここで降りる手はないわ」


 力強い、仲間の声にストリは頷いた。


「わかりました。では進みましょう」


 薄暗く、ひんやりとした塔の中はゆるやかな螺旋状の道が上まで続いているようだ。

 壁や床はつるりとした黒い石でできている。

 これほど滑らかに削ることは人の手では無理だろう。

 やはりこれは魔法の産物なのだ、とストリは思う。



 コガラの幻影を見てから、どれほどの時間がたったか。

 1日?

 3日?

 いや、1時間、あるいは一瞬?

 暗さと変わり映えのしない光景は時間間隔を奪っていく。

 残された時間は無限ではない。

 焦りが、わずかに沸いて来た時。


 次の幻影が始まった。



 は常に違和感を抱いていた。

 周囲の人間の一挙手一投足が、彼の認識からずれていた。

 遅い。

 思考が、動きが、その行住坐臥全てが遅い。


 彼が、周囲が遅いのではなく、彼自身が早いのだと知ったのは幼年期の終わりである。


 ウォッチャーという役目、生き方は彼の早さに合っていた。

 相手より早く動き、相手の思考より早く予測し、素早く殺す技術。

 まさに、天賦の才とでも呼べるものだ。


 彼の不幸は、その技術を発揮できる相手がいないことだった。


 生まれて二十年も生きていれば、親しい者もできる。

 彼の認識の早さに比較的ついてこられる人間とは話すことくらいはできるようになっていた。

 たとえば、ひげ面のカームやのっぽのオアネモス、オアネモスのつまで平野の鷲とうたわれたゼフィロナ、北原の鷹と呼ばれるシナツなどだ。

 彼らの前では、彼は人らしくふるまうことができていた。


 ウォッチャーの役目の一つで、最も重要なものに夜警がある。

 北の闇凍土ネ・モルーサからやってくるであろう闇の種族の到来を見張ることだ。

 ある夜警の夜に、彼は気付いた。


 闇の種族と戦えばよいのではないか?


 と。

 そもそも、彼の持つウォッチャーとしての技術は、闇の種族と戦うために培われたものだ。

 闇の種族を倒すことこそ本分ではないか、と。


 そして、その夜から彼は闇凍土ネ・モルーサへ足を踏み入れた。

 人間の領地に近い場所に住んでいたオークと遭遇したのは、三度目の侵入の時だ。

 初めて見た異種族に、彼は心震えた。

 踊るように短刀を構え、攻撃を開始した。


 おそらくは狩人ヨ・ジャだったそのオークは、わずかばかりの抵抗の後、絶命した。

 それがポイントだった。

 わずかばかり、とはいえ彼はオークと戦ったのだ。

 己の技術が、早さが通じることを知ったのだ。


 そして、彼はのめりこむ。

 夜警のたびに闇凍土ネ・モルーサをさまよった。

 出会うオークを殺し、時にはガ氏族などの戦士と戦った。

 楽しかった。

 面白かった。

 はじめて、生きる、ということを実感した。


 何度目かわからぬ侵入の時に、彼はついにダークエルフと邂逅した。


「このあたりで“ウォッチャー”がオークを殺し回っていると噂になっていたのです」


 ダークエルフの年齢はわからない、と彼は習っていた。

 見た目には若くても、とんでもなく長い年月を生きてきた達人ということもありえる、と。


 目の前のダークエルフの若者のことを、彼は警戒した。


「すぐに襲いかかってこないということは、戦狂者バーサーカーや阿呆の類いではないということか」


 ダークエルフの隙を見つけようと彼は、目を凝らす。


「恐ろしい目だな。まったく、こんなのと相対したらいくらオークとて相手にならんか」


 呆れたようにダークエルフは彼を見た。


「なあ、お前。もっと強くなりたくないか?」


 彼はその言葉を聞いて動きを止めた。

 今にも襲いかかりそうだった筋肉が鎮まる。


「強くなりたい、か。たとえ同族を裏切っても? 己を全て捨てても、か?」


「応」


「即答、か。面白い。もし、首尾よく運べばお前を私の直参にしてもよい。私の力は……わかるな?」


 今まで力を押さえていたダークエルフの力量は、彼の目にはっきりとうつった。

 いっそのこと美しいとまで思えるほどの力。

 彼が全力を出せば、十回に一回は勝てる程度の力量差だ。

 その一回を引き出すことが確定できない以上、今は戦うべきではない。


「冥府に住まいし、死の神よ。我が命に答えて力を貸さん。悪名と恥辱を恐れぬ罪人が汝の前に来たれり、今こそその力を示し、罪を肉とし、恥辱を武器に、悪名を魂とせん。“オルクスの秘儀”」


 青白い何かが、彼の全身を包んだ。

 それが不可視の束縛となって、彼の全身に儀式の真言マントラを書き込む。

 彼は直感した。

 これは魔法だ。

 失われし技術、魔法。

 この力で、強くなれる。


 青白い輝きが消えたあと、ダークエルフは彼に言った。


「期限は三日だ。その間に、己の同族、つまり人間を十体殺し、冥府の神オルクスに捧げよ。そうすればお前の望みは叶うだろう」


 彼は大きく頷いた。


「よし、ならば今夜は帰れ。もう、オークは殺さないでくれよ」


 これでも管理しているのだから、とダークエルフは呟きながら去っていった。


 彼はゆったりとした足取りで村へ帰った。

 夜警の報告を終え、妹のミストラが作った暖かなスープを飲む。

 美味しかった。

 彼女は人並みであったが、誠心誠意彼に尽くしてくれた。

 彼もまた愛情のようなものを感じていた。


 故に、苦しませることなく一刀のもと切り捨てた。


 家を出て、最初にいたエテジアという若いウォッチャーの心臓を一撃で突き刺す。

 明け始めた夜に、警報のようにエテジアの悲鳴が響く。


 あとは取り囲んできたウォッチャーたちを殺すだけだ。

 ヴィエトル、ゼフィロナ、それと六人のウォッチャーが彼の凶刃に倒れた。

 オアネモスは村にいない。

 カームは殺し損ねた。

 彼は目的の人数に達したのを確認し、村から出た。


 最後まで追撃してきたのはシナツだった。


「よくもヴィエトルを!」


「遅い」


 彼に付いてこれる、とは言ってもそれは彼が手加減していた場合だ。

 普通のウォッチャーでは、彼に敵うはずもなかった。

 シナツは全身を切り刻まれた。


「……フォン……」


 まだ生きていた。

 彼女の才能か、あるいは彼の友人に対する情動が剣を鈍らせたのか。

 答えは出なかったが、追撃はできまいと判断し、シナツはそのままにした。


 北へ向かう。

 闇凍土ネ・モルーサへ。

 全身を包む魔法がその効果を現していくのがわかる。

 彼の早さについてこれる頑健な肉体が形成されているのだ。


 闇凍土ネ・モルーサを流れる川で、彼は己の姿を映した。

 そこには屈強な肉体を持つ黄色い肌のオークの姿があった。

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