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ダークウォッチャー  作者: サトウロン
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闇を見る者の帰還4

 ストリたちの旅は往路の半ばを過ぎた。

 冬の国の領地を抜け、雪の国領へ入ったのだ。


 国境を監視する関所も、人員が撤収し放置されていた。

 冬の国側はもちろん、雪の国側も、だ。


「ボーグ邸爆発の時に、王都でも事件が起きていたようなんです」


 とストリは語った。


「私は詳しく聞いていないんだけど。何があったの?」


「僕も、雪の国からやってきた遠征軍から聞いただけなので、確実ではないのですが」


 約五百人。

 あの日、雪の国王都に在住していた貴族の内、行方不明になった人数である。

 国王を含め、六大貴族のほとんどが失踪した。

 これによって雪の国の国政は立ち居かなくなった。

 王家に幼い姫が残されていたのが不幸中の幸いだったが、多くの貴族が自領の統治すらままならなくなった。

 そして、発覚したオークの侵攻。

 連合軍に遠征軍を派遣するのが精一杯で、雪の国はほぼ壊滅といっても過言ではない。


「あの、王都が・・・・・・」


 アウラは一時期、雪の国の王都に滞在していたことがある。

 その時に見た風景、人物を思い起こしているのだろう。


「雪の国、冬の国、北限三国の内、二国がほぼ再起不能のダメージを受けた。たとえ、ここでオークの軍勢を撃退しても、人間の版図は縮小するであろうな」


 淡々と、オアネモスは語る。


「冬の国はまたよみがえるわ」


 アウラは強く、言った。

 たとえ、それが虚勢であろうと。



 冬の国の王都にて。

 闇の軍勢の総指揮官であるダークエルフ、ネーベルは目を覚ました。

 雪の国でのダークウォッチャーとの戦いで負った傷、と大規模魔法の行使によって失われた魔力の充填がようやく終わったのである。


人間てきを助けるなどと……私もやきが回ったものだ」


 謎の大爆発の際に、咄嗟に助けてしまった弟子、ストリのことを思い出す。

 決して、悪い気はしない。

 怪我と消耗をおして、氷の国へ侵攻するための軍勢を組織し、出発させたのが一週間ほど前だ。

 それから、ずっとネーベルは眠り続けていた。

 侵攻軍はどうなったのか。

 ラグン部族は、ゴレモリア部族は、ネ・ルガンはどうなったのか。

 情報を精査して、次なる手を打たねばならないのだろうが、どうにも気だるさが消えない。


 大規模魔法“オルクスの秘儀”のせいだ。

 ウォッチャーの村で蓄えた魔力の大半を消費し、数ヶ月の期間を準備に費やし、しかしダークウォッチャーの襲撃で不完全なまま行使せざるを得なかった魔法。

 そのせいで、ネーベルの精神に少なくないダメージを残すことになった。


 冷えた牛の乳を口に含み、ゆっくりと嚥下する。

 栄養があり、摂取するのに体力を必要としない食事が、今のネーベルには望ましい。

 それほどまでに消耗しきっていた。


 再度、寝台に横になる。

 侵攻軍のことは気になるが、今は精神と肉体を回復させるのが重要だ。

 傷は癒え、魔力は満ちたとはいえ、完全回復にはほど遠い。


 オルクスの秘儀。

 それは同じ種族の生物を十個体、冥府の最奥に封じられた死の神オルクスに捧げることで、その力を秘めた上位種オークへと進化する魔法だ。

 この魔法の存在を知る者は少なく、さらに行使できる者など数えるほどしかいない。

 ネーベルの他にこの魔法が使えるのは、ダークエルフの夢見ドリーマーネー賢者ヴィスの二人だけだ。

 同じ種族の個体を十。

 その命を捧げることでオークを生み出す魔法だ。

 最初のオークは、おそらくこの魔法によって生まれた。

 はるか昔の、人類対闇の種族の戦いで劣勢に陥ったダークエルフが行使した。

 自身と仲間たちを犠牲にして。


 雪の国で最初の犠牲に、いや実験台になったのはベーロア・ボーグだった。

 六大貴族のボーグ家の当主、そして自身の家柄にかけられた呪いを恐れた男。

 ネーベルはその呪いを利用した。


 雪の国の六大貴族と王族にかけられていた呪いは、ダークエルフが人間に見えるという呪いだ。

 ネーベルはそれを逆転させた。

 すなわち、人間がダークエルフに見えてしまう呪いに、だ。

 もともとの呪文式が、単純な構造だったために書き換えるのは容易だった。

 手間の簡素さとは裏腹に雪の国の王都は大混乱に陥った。

 貴族たちは、人間を手当たり次第襲った。

 どれもこれも、立派な人間というふりをして、相手が人間でないとわかったとたんに杖を、武器を振り上げて相手を殴打した。

 人間に裏切られて死んだダークエルフ女性の怨みもこれで晴れるというものだ。


 呪いとオルクスの秘儀。


 これが組み合わさることで、人間は減り、そのぶんオークが生まれた。

 雪の国の貴族は失踪したのではない。

 互いに殺しあい、オークへと進化したのだ。


 死者450人。

 そして、オークが五十体。


 ネーベルは新たに生まれたオークたちをの氏族とした。

 ネ・ルガンを後見役に、ベーロア・ボーグから進化したオーク、ネ・ボーグを氏族長とし、ネーベルの親衛隊としたのだ。


 ネーベルの魔法によって生まれたネ氏族のオークたちは、ネーベルに絶対的に服従している。

 ネ・ボーグ、そして隻腕のネ・ルシは特に、だ。

 ネーベルの負担を考えなければ、このネ氏族は無限に増やせる。

 人間がいる限り。


 ただ、やはり五十体ものオークを生み出すとなると、負担は大きい。

 今はまだ休むべきだろう。

 おそらく、オークの軍勢は氷の国に集まった人間たちを蹂躙し、北限三国を制圧する。

 そして、越冬しながら国力を蓄え、さらなる南方へ進撃する。

 いずれはダークエルフ発祥の地と呼ばれる十字路地方の南の森にまで版図を拡げるのだ。


 ネーベルはそこで眠りに落ちた。



 主人の気絶にも似た就寝を見届けて、ネ・ボーグは主の寝室を離れた。

 部屋の見張りであるネ・ルシに後を任せてその場を去る。

 隻腕のネ・ルシは直立不動の姿勢で入口を守護している。

 あれは人間であったころは何者であったのか。

 と、埒もないことをネ・ボーグは考える。

 いや、そもそも己のことすらわからないのに、他者のことを考えるのもおかしい。


 外に出ると晩夏の月が、冬の国の都、だったものを照らしている。

 青白い月が、寒々とした廃墟に陰影を与えている。


 ネ・ボーグは己がオークであることを知っている。

 ダークエルフに従い、人間を殺し、食らう生き物だ。

 それについて思うことはない。


 ただ、たまに違和感を覚えることがある。


 かつての自分。

 人間であったときの自分。


 なまじ己に近い者を殺したからだろうな、と主は言っていた。

 死んだ者の精神、魔力を取り込んでオークに成るがゆえに、その心を受け継ぐことが稀にあるのだ、と。

 自分がどんな者を殺したのか、ネ・ボーグは覚えていない。

 だから、何を受け継ぎ、何を置いてきたのかはわからないのだ。


 殺意にまみれ、敵と相対し、それに打ち勝った時。

 勝利の興奮と、食事の充実を感じた。

 と、同時に微かな罪悪感を覚えたことがある。

 人間、であったときの名残であろう、と推測するしかない。


 住み処としている冬の国の王城の一室で、ネ・ボーグは座る。

 その視線の先には、一枚の肖像画がある。


 貴族の服を着た老人、その隣にいる異質な服の年嵩の女性。

 二人の特徴を受け継いだらしき、三人の男子。

 それぞれの子ら。

 男の子が二人、そして女の子が一人。

 家族の、おそらくはこの国の王族の肖像画だろう。


 親子。


「グスタフ」


 しゃがれたその声に、ネ・ボーグは違和感を感じた。

 こうではない。

 この声ではない。

 これは私の声ではない。

 そして、意味もなく呟いた名前らしき単語。

 それが何を示しているのかわからない。


 記憶の空白。


 いつまでも、ネ・ボーグは煩悶し続ける。

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