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ダークウォッチャー  作者: サトウロン
33/52

闇を見る者の帰還2

 夢、をゲイルは見ていた。


 見たこともない景色をゆらゆらと漂う。


 実体であれば到底耐えることなどできぬ寒風、そして叩きつけるような降雪。

 その吹雪の中に埋もれるように黒い建材で築かれた都市。


 闇の都。


 と、ゲイルの中の何かが答えを教える。

 巡礼のように何体ものオークがその都を目指し、雪に埋もれた道を進む。

 道半ばにして倒れたオークは誰にも省みられることなく、雪に埋もれ永久に凍える大地に埋もれていく。

 極寒という言葉ですら生易しい寒さを踏破し、闇の都に至った者だけが“戦士”と呼ばれ、部族の上位階級として権勢を振るうことができる。


 夢見るゲイルは戦士の巡礼を追い抜き、闇の都へ入る。

 とはいえ、今のゲイルは幽霊のようなものなのだろう。

 誰も、彼のことを見もしない。

 見えていない。

 住人、というほどここに住まうものはいない。

 この闇の都に暮らすのはたったの十二人なのだから。

 しかも、その内の一人はここにはいない。


「闇の王はかなり苦戦しておるようだ」


 ゲイルは闇の都の中心部にある四角い建物に入っていた。

 周囲と同じような黒い石でできたそれの中には赤々と炎が燃えている。

 その炎を囲むように十二の椅子が並べられている。

 十一の席は埋まり、空いているのは一つ。

 丸く並べられた椅子は、どうやら座る者たちに上下関係はないということを示しているらしい。

 その内の一人。

 ダークエルフの老人がさきほどの言葉を口にしたようだ。

 みな同じような服装をしているため、性別と年齢でしか区別ができない。

 一人の言葉は皆の言葉。

 という文言が彼らの座る椅子の背に刻まれている。


「六千超のオークの大群。それらが南の地で亡くなったとすると面倒ですね」


 まだ若いダークエルフが静かに言う。


ネー賢者ヴィスに、ネータルよ。いまだ、闇の王の旅は終わっておらぬ。今は行く末を見守るのみ」


 ダークエルフの老人、ネーヴィスと若者、ネータルはたしなめるような声を発した男性に頭を下げた。

 ここに座る十二人のダークエルフの立場は同格だが、やはり何かしらの差異はある。


「十一代目のお言葉に従いましょう」


 ネーヴィスは長く伸びた白いひげをさすりながら、声の主に言った。

 十一代目と呼ばれた男は頷く。


「我らの悲願、南方の地への殖民はまだ途上。それまでは、これまでの通り、この闇凍土ネ・モルーサにて生き延びねばならない。戦士たちは集い、部族の領土争いはまだ続くゆえにな」


 十一代目の言葉に、残りの十人が頷く。


 その話と話の隙間。

 座るダークエルフの一人の視線がふらふらとさまよう。

 まだ、若い女だ。

 少女と言ってもいい。

 まあ、エルフ種は年齢が見た目ではわかりにくい。

 実際は百や二百ではきかない歳かもしれない。


 その視線が。

 ダークエルフ特有の黄金の瞳が、俺を見据えた。

 そのまま、数秒立つ。


「いかがしました? 夢見ドリーマー


 若いダークエルフ、ネータルがその少女の動きに気付く。


「いいえ。なんでもありません」


 夢見ドリーマーと呼ばれた少女は、俺から視線を外し首を横に振った。


「そうですか」


 ネータルはすぐに興味をなくしたようだ。


 そして、十一人の会議も終わる。


 座っていたダークエルフたちは次々に立ち上がり、己の部屋へ戻っていく。

 しかし、夢見ドリーマーは十一代目に呼び止められる。


「なんでしょう?十一代目ファリオス様」


「こそばゆい呼び方をしないでいただきたい、姉上」


「とは申せ。あなたさまが我らダークエルフの神ファリオス様の名跡を継いだことには変わりありませぬゆえ」


 呆れたように十一代目ファリオスは笑う。


 ファリオスとは、暁の主ラスヴェートに仕えたダークエルフの女神である。

 ラスヴェート十二神には入っていないが、それに次ぐ神格を持った大変強大な神だったという。

 力強く大剣を振るうとも、魔法や呪術に長けているともいわれる二面性を持つ。

 神代にファリオス神がこの世界を去ったあと、彼女を慕うダークエルフは相応しい若者にファリオスの名跡を継がせ、かの女神のことを忘れないようにした。

 十一代目ファリオスも、その伝統を引き継いだ存在だ。


「まあ、呼び方はよいのです姉上。問題はネーベルのことです」


「あの方に何か?」


「さきほどはネーヴィスやネータルをたしなめたが、やはり南方に進出して人間を根絶するのは無理があるのではないか?」


「ネーベル様は、あなたさまに次ぐダークエルフの英雄の資格を持つ方です」


「彼個人のことは問題ではないのです。オークを潰しすぎたことが問題です」


 六千体のオークというのは、けして少ないものではない。

 大部族なら半分、中小の部族なら全員でそのくらいの数しかいないところもある。

 戦士階級のオークもかなりの数、戦死している。


 支配者であるダークエルフが生き残るには、支配される側がいなければならない。

 数少ないダークエルフがたくさんのオークを支配するという形はまだ止めるわけにはいかない。


「確かに、死者の数は多いとは思いますわ。けれど、私は見ました。人間を根絶して、暖かき南方を征服するダークエルフの姿を」


「夢を見る力、予言の力……ですか」


 十一代目ファリオスはあごひげを撫でる。

 彼女が名前でなく役職名で呼ばれているのは、そう呼ばれるだけの力があるからだ。

 彼女がその夢を見たからこそ、この南征が起きたのだ。


 ならば従わぬわけにはいかないだろう。


「わかりました。姉上、ネーベルが無事ことを成すと信じましょう」


 夢見ドリーマーはニコリと笑う。


「はい。そういたしましょう」


 ダークエルフの神の名を継ぐものファリオスと、神託にも似た力を持つ夢見ドリーマー

 この姉弟は、戦争の継続を決めた。


 十一代目ファリオスがその場を去ったあと、夢見ドリーマーは一人、その場に残っていた。

 広間の炎は、燃料もなく静かに燃え続ける。


 彼女の目が再び、俺を捉えた。


「姿も見えぬ来訪者よ。私の声が聞こえますね?」


 彼女はどうやら、俺に話しかけているようだ。


「返事はありません、か。ですが、あなたの存在は確かに感知してます」


 俺も何かしら答えたいのだが、声も出せず、触れもできない。


「あなたの存在には覚えがあります。ネーベルが“ウォッチャー”の村を襲う直前に私が見た夢。そこにいた方ですね」


 俺は、不意にその夢を思い出した。

 オークの大群に、ウォッチャーの村が襲われ、何もできずに殺された夢。

 そして、それは正夢となった。


「ああ、そういうことですか。私のことを無意識に探しだしたのですね」


 夢見ドリーマーは楽しそうに笑う。


「では、特別にあなただけにお話しましょう。私がネーベルとオークたちを南方に送り出したわけを」


 俺が、ゲイルが死んだわけ。

 ウォッチャーが全滅したわけ。

 コガラが殺されたわけ。


 ダークウォッチャーが誕生したわけ。


 静かに夢見ドリーマーは言った。

 その顔には三日月のような笑みが浮かぶ。


「私は、ダークエルフが嫌いです。オークが嫌いです。夢見ドリーマーという役目が嫌いです。ですから、全部滅ぼすことにしたのです」


 つり上がった笑みだけが見える。


「もし、あなたが私たちを憎悪しているなら、とてもよい仲間になれると思いますわ」


 夢見ドリーマーは最後に言った。


「来訪者よ。最後のウォッチャーよ。私はネフェリア。もしも出会うことがあるなら、私の名を読んでくださいまし。その時を楽しみに、楽しみにお待ちしておりますわ」

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