闇を見る者の帰還1
炎に消えたダークウォッチャー、ゲイルを取り戻す旅。
ストリ・ボーグ。
アウラ・ウィンタリア。
オアネモス。
この三人は、氷の国のレイヴン連合軍の駐屯地を出て、雪の国へ向かうことになった。
あの日。
ボーグ邸でダークウォッチャーは、ダークエルフのネーベルと、オークのネ・ルガンと戦っていた。
ストリもアウラも見ているしかできなかった。
そこへ、オアネモスが乱入しダークウォッチャーを突き刺した。
オアネモスは、ダークウォッチャーの内に囚われたすべてのウォッチャーの魂を解放しようとしたのだ。
しかし、魂の解放は起きず、ダークウォッチャーは炎に包まれ大爆発を起こした。
ストリ、アウラ、オアネモスは生き延びたが、戦場となったボーグ邸は爆風に吹き飛び、あたり一面焦土と化してしまった。
ストリを助けたネーベルの様子から、どうやらネーベル、ネ・ルガン、そしてもう一体いたオークは生き延びたようだった。
ダークウォッチャーは対闇の種族戦において、最強の駒。
兵の質に劣る人間が勝利するには、彼の戦線への帰還が必須だと、ストリは考えていた。
そのために、ダークウォッチャーを炎から取り戻すことにしたのだった。
「で。なんで私のわけ?」
はじめて会った時はおしとやかな淑女だったアウラは、戦闘訓練を重ねるうちにどんどん化けの皮が剥がれていった。
活発、ややもするとヤンチャな少年のような性格のアウラは、連合軍に参加してから素を出すようになっていた。
今では、完全にレディらしさはどこかへ行ってしまったようだ。
「アウラさんのレンジャー能力がおおいに役に立つと思いまして」
「私より凄い人はたくさんいたけど?」
「戦闘に参加しにくい立場の人間で、能力がなるべく高い人を選びましたが?」
「それは私が実戦で役立たずということか!?」
カチンときたアウラはストリに詰め寄る。
「あなたを戦闘に参加させると怒る人がいるんですよ。わかりますよね?」
「むう」
おそらくは、元王太子だったフリーズのことだろう。
スライド公爵を除けば、彼の親族というのはアウラしかいない。
血筋から言えば遠い親戚なのだが、一度はフリーズの息子ドーヌとアウラは婚約関係にあった。
フリーズからすれば息子の嫁、言い換えれば娘のようなものなのだろう。
それに、王位継承権はアウラが持っている。
戦争が一段落すれば、空位となっている冬の国の王位をアウラが継ぎ、それを持って国を復興することになるだろう。
その未来のためにも、アウラが死ぬようなことがあってはならない。
そのため、アウラはダークウォッチャー探索にまわされたのだった。
「まあ、正直危険度はこっちも高いとは思うんですけどね」
呟くように言ったストリの言葉にアウラは笑う。
「危険で結構。私だって、やればできるんだから」
「ええ。頼りにしてますから」
「ところで、どうしておじいさん連れてきたの?」
オアネモスのことである。
白髪、しわ、曲がった腰、ゆっくりとした動作。
これでもかというほど、老人である。
アウラからすれば、長旅などできそうにもないし、もし戦闘になったとき足手まとい、とまでは言わないが足を引っ張ることにはなりそうな気がする。
旅の仲間としては、おおいに不満がある。
「うーん。そうですね。そろそろ確かめておきますか」
ストリは足を止めずに、オアネモスを見た。
「一つお聞きします。オアネモスさん……とっくに正気ですよね?」
「え?」
アウラが何を言ってるのだこいつは、みたいな顔をしてストリを見る。
その視線に構わず、ストリはオアネモスをじっと見ている。
「なにゆえ、そう思った?」
老爺然としていたオアネモスのハッキリとした言葉に、アウラは目をみはる。
「なにゆえもなにも、人の話を聞いてないふりして、全部聞いているじゃないですか。それに視線、足運び、みんな演技ですよね」
「面白いことを言う小僧じゃな」
オアネモスは曲がっていた腰を伸ばした。
それだけで身長が伸び、今まで感じられなかった威圧感のようなものが老人から放たれる。
ボサボサの白髪を、目にも止まらぬ動きで結わえてまとめる。
顔中をはしっていたしわも、ほとんど目立たなくなっている。
老人の印象は変わらないものの、十も二十も若返ったようにアウラは感じた。
「元ウォッチャー、今は諸国を巡るウォーカーのオアネモス。単体戦力なら北限三国でも最強レベル。そうでしょう?」
「さてな」
ストリの言葉に、オアネモスはそれだけ答えて、ゆらりと揺れた。
次の瞬間。
ストリの目の前に青白く発光する半透明の壁が出現する。
自動発動の障壁魔法である。
ストリが危機を感じる前に発動する魔法だ。
自動的に、ストリが危機に陥ると判断して放たれる。
そして、その障壁が押し止めているのは、オアネモスの剣だった。
つまり、直撃すればストリが命を落とす可能性があったということだ。
アウラでさえ、何が起こったのかわからなかった。
「流石に強い」
「顔色一つ変えぬかよ」
楽しげにオアネモスは笑う。
「それでは旅の行程ですが」
オアネモスの攻撃を、それ以上話さずストリは次のことを話はじめた。
「わしの剣は無視か?」
「オアネモスさんの実力は知ってましたし、わかりました。それ以上、何も検証する必要はないでしょう」
「可愛いげのない小僧じゃ」
言葉とは裏腹に満足したようなオアネモスは剣をしまった。
アウラはもうハラハラしながら見ているしかない。
「僕たちは、なるべくオーク軍の警戒網に引っかからないように冬の国に向かいます。そして、ボーグ邸跡地で燃え盛る守護炎の中からダークウォッチャーを取り出します。そして、氷の国へ帰還し、オークを殲滅します。以上です」
「ずいぶん簡単に言ってくれるじゃない」
アウラが楽しげに笑う。
「なに、物事は簡単にするほうが楽に済む」
オアネモスも笑う。
「僕たちは、仲間です。それも友情だの、愛情だので縛られたそれではない。ダークウォッチャーという復讐の炎に巻き込まれた仲間です。だからこそ、僕らは互いを裏切らない。目的を果たすまで仲間で居続ける。そういう取引です」
ストリは他の二人を見ながらそう言った。
ずいぶんと奇妙な仲間だと自分でも思う。
「そうね。そういう仲間もいいんじゃない?私たちは利害によって結びつけられた仲間。闇の種族やダークウォッチャーによって平穏を奪われた者の絆。私はそれを裏切らない。誓うわ、私の前に倒れた全ての人たちに」
アウラは遠くを見て言った。
彼女の前に倒れた人たち。
父や祖父、コールディン王に、ドーヌ、従兄弟たち。
彼らの死を無為にしないためにも、ダークウォッチャーを起こし、闇の種族は倒さなければならない。
「わしはダークウォッチャーを憎んでおる。奴はわしの妹をはじめとしたウォッチャーたちの魂を内包している。その魂は解き放たれなければならぬ。そして……わしはあの時のウォッチャーの言葉の真意を知らなければならぬ。ゆえにお前たちの仲間になろう」
バカめ、とダークウォッチャーの口を借りて放たれた言葉を、オアネモスは今も反芻している。
ゼフィロナを、妹を解放せんとダークウォッチャーを刺した時の言葉だ。
自分が何をしたのか、オアネモスはいまだにわかっていない。
呆けたふりをして考え続けてもわからなかった。
ならば、実際にダークウォッチャーに会わねばならない。
「行きましょう。僕らに残された猶予は……おそらく短い」
「ええ。行きましょう」
「うむ。雪の国へ」
ダークウォッチャーを取り戻す三人の旅は、このように始まったのだった。




