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ダークウォッチャー  作者: サトウロン
30/52

戦地にて6

 三度に渡る仕掛けによって、その数を減らしたオーク軍は一度退いた。

 態勢を整えるための撤退である。

 二度目の罠の落石によって足止めをくらった際に、撤去作業のために作った仮の駐屯地を整え、大軍が居住できるようにする。


「そして、斥候を放ち、これ以上の罠がないか調べるというわけだ」


 若軍師の予測通りというわけか。

 と、ミナスはオークの駐屯地を遠目に見ながら呟いた。

 雪の国へ旅立った彼が、事前に予測した通りにオークは罠にかかり動きを止めた。

 放たれているであろう斥候は、フリーズ率いる冬の国残党軍が包囲殲滅していくことになっている。

 個人的な武勇はともかく、集団での戦闘では冬の国軍は他の追随を許さない。

 多くの犠牲を払って生き延びた彼らは、他の国と比べ物にならないほどの経験を積んでいる。


 期待通り、オークの放ったヨ氏族を中心とした斥候は一体も戻ることなく、氷の国の荒野に消えた。

 地形を知り尽くした冬の国残党軍は特別感情を見せることなく、淡々とオークを討ち取っていく。

 必ず、五人以上で囲み、重武装の者がオークをひきつけているところを、残りの人員が弓で討ち、動きが鈍ったら素早いものがとどめをさす。

 完成された動きは、ルーチンワークのようにオークを殺していくのだった。

 これによって、オーク軍は目を失った。



 ゾ・テドンは捕縛されていた。

 味方のはずのオークの、ラグン部族の手によって。


 敵前逃亡は、力を重んじるオークにとってなにより重い罪になる。

 族長と言っても、そこは同じ。

 むしろ、族長であるからこそ、部族の誰より優れたところを見せねばならなかった。

 しかし、落とし穴、落石、燃える水での爆破といった罠を次々に仕掛けられ、ゾ・テドンは恐ろしさのあまり戦うことができなくなっていた。

 そして、戦場から逃げ出しぶるぶると震えていたところを、同族の兵に発見され捕まったのだった。


 オークの駐屯地では、ラグン部族の戦士たちがギラギラした目で話し合いをしていた。

 焚き火を囲み、四体のオークが距離を開け座っている。

 いずれも、ラグン部族で名の知れたオークの戦士である。

 赤茶色の肌で、片目が潰れているグ・オゾド。

 黄色い肌で、上半身が盛り上がっているゾ・ボナサ。

 緑色の傷だらけの肌のガ・デゴン。

 白い肌のラス・グルハ。

 いずれも屈強な戦士であり、それぞれ族長を継ぐに相応しい力と功績を持っている。

 たとえば、片目のグ・オゾドはオークの抗争で数の多いバズダバラ部族と戦い、先代の族長の弟グ・ゾーグを倒している。

 また、白い肌のラス・グルハは戦士としてはまだ若いが、その肌と名前が示すように暁の主ラスヴェート神の祝福を受けているといわれ、その才能とあわせて次代のリーダーに相応しいとされている。


 この四体を押し退けて、ゾ・テドンが族長だったのはゾ・テドンの父である先代族長のゾ・ググガが四体より強かったからに他ならない。

 闇の都で戦士として認められて以来、ゾ・ググガはオークの最強戦士の一角であり、ゴレモリアの族長ネ・ルガンもその力を認めていた。

 そのゾ・ググガは息子を溺愛し、力至上主義のオークの、族長という立場を世襲させてしまった。

 ゾ・ググガが亡くなったあとも、一度決めた族長職を瑕疵もなく剥奪するのはできないため、ゾ・テドンは族長のままだった。


 しかし、ゾ・テドンは敵前から逃げた。

 これは族長という立場ではやっていけないこと。


 これを期に、四体の戦士は次の族長となるべく抗争を始めるのだった。

 平時ならば良い。

 好きなだけやればよい。

 しかし、今は戦争の最中で、オーク軍が一方的に負けている状態。

 その現実を、どうやら四体の戦士は族長の立場に目がくらんで見えていないようだった。


「オークの慣習など知らなかったが、これは利用できそうだな」


 ミナスは、隣に立つシャイナーに向けて言った。

 オークの斥候から得た情報と、こちらの斥候が得た情報をあわせて、かなり正確なオークの動向を人間側は把握していた。

 あとは囮がオークを誘引し、包囲殲滅するだけだ。

 そこからが本当の戦いだろうと、ミナスは思っている。

 あの若者たちが間に合うかどうかわからないが、時間は稼げている。

 予定通りだ、と焦りを止める。


「四体の功名心を刺激すれば、囮だと勘づかれずに済むかもしれません」


 無表情でシャイナーが言う。

 この光の国の指揮官のことを、ミナスはまだ理解できていない。

 ただ、味方で良かったとは思っている。


「功を逸り、視界が狭まった時こそ好機。たとえオークといえど、それは変わらぬだろう」


 会話もできぬただの怪物の群れであるなら、人間には勝ち目はない。

 しかし、オークは統率の取れた軍事行動を行っている。

 そして、何体か人間と会話のできる個体がいる。

 つまりは、人間あるいは亜人と同様の思考回路を持つ生き物ということだ。

 だったら、殺せる。

 生き物なら殺せるのだ。


 シャイナーは静かにこう言った。


「確実に奴らを狩り場へ誘います。後は任せますよ」


「任せろ」


 ミナスの水の国とシャイナーの光の国は敵同士だ。

 彼らもほんの数ヶ月前はそうだった。

 だが、今は信頼しあえる戦友と呼べる関係になっていた。

 たとえ、一時であろうと。

 いや、一時の関係であるからこそ、深い信頼関係が生まれたのかもしれない。



 次の族長決めが煮詰まったラグン部族の戦士の前に、迷い込んできたらしき人間の部隊が現れた。

 たった五十人ほどの小勢だ。

 四体の戦士は喜色を浮かべ、同胞でありライバルである者らの顔を見て頷く。

 この人間たちを的として、倒した人数で決めよう。

 言葉さえ交わさず、それは四体に共有され了承された。


 ルールが決まったのなら、あとは試合を始めるだけだ。

 四体のオークはそれぞれの支持者と手勢を率いて、人間の部隊を追いはじめた。



「かかった」


 シャイナーは予定通りに、撤退を開始した。

 相手を引き付けつつ、損害を抑えて、挟撃地点まで誘導する。

 それはシャイナーにしかできない任務だ。


 あえて言えばミナス大尉は上手くできるだろう。

 しかし、彼はこの連合軍の総司令官だ。

 指揮官のトップにそんなことはさせられない。


 ヴァーユはだめだ。

 強いのは認める。

 しかし、負けないように引き付けつつ、誘導するなんて技術はないだろう。


 フリーズ王子の率いる残党軍は技術はあるが、オークを殺すことに固執している。

 静かに冷たい、凍るような殺意を全員が秘めている。

 こんな面倒な策を仕掛けるよりは、乱戦の中で少しでもオークを殺すことを望んでいるかもしれない。

 殺気が陽動を阻む恐れはある。


 あとの部隊はそもそも練度不足。

 シャイナーの基準では練習、連携が足りてない。

 そんな者らに、難易度の高い任務は任せられない。


 つまりは、彼がやるしかないのだ。


 オーク達を引き離さないように撤退を緩やかにする。

 かといって追い付かれて戦闘になればこっちの不利。

 その見極めが重要だ。


 かくして、功を焦ったラグン部族のオークは逃げるシャイナーを追って、宿場村があった街道の広場へたどり着いた。

 闇の種族が攻めてきた時に、バズダバラ部族のオークの略奪にあい、焼き払われ廃墟となった。

 今回、人間側の釣り野伏の舞台となる場所である。


 はじめ五百体で参戦したラグン部族の軍団は、二百体近くが連続して仕掛けられた罠によって死亡している。

 そして残る三百も、四体の族長候補によって分断されていた。


 オークの軍団は人間によって脅威であることは間違いない。

 しかし、それがバラバラの集まりでしかなかったら。

 レイヴン合の衆はその瞬間を待っていた。


 シャイナーを追ってきたラグン部族は、自分たちが囲まれていることに気付いた。


「まずは頭を潰すぞ」


 レイヴン連合軍前線指揮官ヴァーユがギラリと濡れたように輝く剣を持ってそう言った。

 シャイナー、フリーズ、ミナスもそれに続く。


 人間たちの反撃はついに実戦へと突入した。

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