戦地にて4
「お話があります」
と、ミナスがストリに呼び止められたのは出発の直前である。
「何か?」
「大尉には軍議で決まったことの他にもう一つしてほしいことがあるのですが」
「皆で決まったこと以外を勝手にやるというのは気が進みませんな」
「でも、大尉ならやってくれるでしょう? 勝つために」
ミナスの顔に笑みが浮かぶ。
「ほう?」
「ミナス・ランスロー。水の国アクアリオンにおいて、志願兵として入軍。火の国との戦いで初陣、かつ敵部隊を蹴散らす功績をあげる。二十代で下士官として戦地を転属し功績をあげ、三十にして少尉任官、水の国の後継者争いとベルトライズの同盟賛成派、反対派との代理戦争を同盟賛成派として勝ち抜き、部隊指揮官として大尉に任官し、今回の遠征軍に派遣される」
「よく調べておりますな」
「彼の本質は勝利ではなく、勝利へ向かう戦いそのもの。戦いを楽しむ本能を持っていると推測する」
「ふふふ。私のことを私以上に知られるというのは……面映ゆいものだな」
「ですから、勝つ確率が高く、そして戦いそのものが楽しければミナス大尉が全力で奮戦してくれると僕は予想しました」
「聞きましょう。若き軍師殿のお話とやらを」
身を乗り出すように、ミナスはストリに向き合った。
「まず前提として、僕の知識はある一人のダークエルフから伝授されたものです」
ネーベルをダークエルフと言う時、ストリの胸中には微かな痛みが走る。
しかし、それは無視する。
「闇の種族の、ダークエルフ。それはつまり」
「はい。敵の首魁と目されています」
「ということは」
「僕程度の策など相手はお見通しということです」
「それは……参りましたな」
こちらの乾坤一擲の策が読まれているなど、勝ち目がないどころの話ではない。
「だからこそ、ミナス大尉のお力が必要なのです。僕たちの策が見抜かれているという前提で、作戦自体を見直していただきたい」
一度決まったことをひっくり返すのは、気が進まないとさっきは言った。
その建前を見抜いた上で、ストリはひっくり返してほしいと言っているのだ。
「策が見抜かれているという前提で、ですか。なかなか難しいことをおっしゃいますな」
「でも、得意でしょう? そういうことは」
「はい」
と、ミナスは頷いた。
状況判断と策略、そして軍としての強さ。
それを持ち合わせているからこそ、ミナスは水の国で名を知られた武将となったのだ。
策略を見抜かれている上で、さらに策略にかけるなんていうのは得意中の得意である。
「ユラ女王陛下に上申して、レイヴン連合軍の司令官にミナス大尉を推薦しておきましたので」
「……はい?」
「従軍経験、指揮経験、それに階級を加味してみるとミナスさんが一番相応しいかと思いまして」
急に、ミナスは目の前の青年にもなりきれない少年のことが恐ろしくなった。
どこまで、ことを見通しているのか。
「それは……わかりました。お引き受けしましょう。……ところで、そうなるとあなたはどうするおつもりですか?」
ミナスの考えでは、名目上の司令官をユラ女王にし、それをストリが参謀として支える形になると思っていた。
もちろん、ミナスがトップになれば指揮もスムーズに行えるだろう。
しかし、これではストリの居場所がない。
「僕は別動隊を率いてさらなる一手を打つつもりです」
「さらなる一手、とは?」
「雪の国にて、今も燃え続けるダークウォッチャーを呼び戻します」
あの日、オアネモスに刺され爆発炎上したダークウォッチャーは今もなお、ボーグ邸跡地で燃え続けている。
その燃料がどこから来るのかもわからぬまま放置していたが、本格的に闇の種族と戦うにあたって復讐鬼と化したダークウォッチャーは強力な駒となるはずだった。
「あなたはそこに向かう、と?」
「はい。あれはどうやら偶発的な魔法生物らしいので、唯一の魔法使いである僕にしか解放できないでしょう」
ダークウォッチャーは復讐という意思を糧に魔力と力を生み出し、ダークエルフとオークという強力な相手に互角、一時は圧倒すらしていた。
あれはただの人間ではない。
オアネモスのような技術の塊でもないし、ヴァーユのような才能の極みでもないだろう。
この世に不可思議なことを起こす魔法によって誕生した何かというのが最も正確にダークウォッチャーのことを言い表しているとストリは思う。
「まさかお一人で向かうのではないでしょうな?」
「まさか。狩人の才を持つアウラ王女と元ウォッチャーのオアネモスさんがついてきてくれます」
アウラはダークウォッチャーから“シナツの孫”と呼ばれていた。
後から聞いた話だと、シナツという人物は来歴不明のアウラの祖母でどうやらウォッチャーの村の出身ではないか、とのことだった。
元ウォッチャーというのなら、ダークウォッチャーがその人物を知っていても不思議ではない。
オアネモスも現在は呆けているが、氷の国をはじめ世界各地の王宮に自由に出入りできる潜入技能と戦闘術をあわせ持つ達人である。
この二人が一緒なら、なんとかなるだろうとストリは考えていた。
「少ない、とは申しません。あなたがたならどうにかするでしょう」
「もちろんです」
「もって二月」
ミナスは静かに告げた。
ストリは頷く。
それは戦況が有利に運んだうえでの全滅までの期限。
それまでにダークウォッチャーを連れて帰らないと意味がなくなる。
ミナス自身はダークウォッチャーなどという怪しげなモノは信じていない。
しかし、素晴らしい才覚を示すストリという少年がその一手に足ると信じているのなら、ミナスも信じてもよいと思っていた。
叩き上げの現場の勘というやつだ。
闇の種族の侵攻がはじまってから、すでに半年が立っていた。
北限三国の短い夏は終わりかけている。
この地を覆いつくす冷たい冬が訪れるまで、あと二ヶ月。
その前に闇の種族を撃退しなければ人間の敗北となる。
闇凍土という極限の環境を耐えてきた闇の種族は、このあたりの冬など歯牙にもかけないだろう。
そうなれば、あとは戦う者が全滅した諸国などあっという間に蹂躙されるのは間違いない。
レイヴン連合軍はそれぞれの諸国を守るために、敵味方を越えて団結した。
先発隊が街道に罠を仕掛けるために出発し、オークの斥候を狩るための弓兵部隊が編成される。
挟撃の予定地では精鋭が配置場所につき、目立たぬように潜む。
全軍の司令官となったミナス大尉は自身の才知を振り絞り、ストリに応える。
挟撃部隊を指揮するのはシャイナーとフライシュ、最前線にはヴァーユ、弓兵は風の国のモルドーレスが指揮をとる。
本陣となった駐屯地では、ユラ女王とジェルサハ将軍が待機している。
もしも、全軍壊滅の報がもたらされたとき、氷の国の王宮に封じられた魔法を解き放つためだ。
その場合、オークたちは倒せるが氷の国は滅びる。
それは最後の手段だ。
たった三人の別動隊は途中まで先発隊とともに街道を冬の国へ向かった。
途中で三人は道を外れ、雪の国へ向かうことになる。
ストリ、アウラ、オアネモス。
みな、なんらかの形でダークウォッチャーとダークエルフに関わり、戦いに臨み、あるいは巻き込まれた。
決着をつける。
復讐を果たす。
結末を見届ける。
それぞれの思惑はあるが、今はただ雪の国を目指すだけだ。
北の国の晩夏。
雪がこのあたりを閉ざすまでの短い秋がはじまった。
そして人間と闇の種族の決戦もまたはじまろうとしていた。




