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ダークウォッチャー  作者: サトウロン
26/52

戦地にて2

 ゲル=ユルトと呼ばれる天幕の中に、各国、各部隊の代表が集まっている。

 照明と暖房を兼ねた暖炉が煙を天幕の外に吐き出しながら、薪を燃やしている。

 暖かな明かりが中を照らす中、代表者たちは思い思いの格好でくつろいでいる。

 なにせ、用意された敷物はふかふかで、人数分用意されたクッションは手触りのいい毛皮でできている。

 厳しい状況の中、せめてくつろげる空間を提供したい、との氷の国の心遣いだった。


 冷たい風が一瞬、場を吹き抜ける。

 入室してきたアウラとヴァーユを室内にいた全員が注視する。

 ほとんどは好意的なもの、一部ヴァーユに対しては敵対的なものもある。

 まあ、光の国のフライシュ少尉だが。

 同じ光の国のシャイナーがうまく感情を隠しているのとは正反対に、フライシュの方はここが戦場でなく、ヴァーユが味方でなかったらすぐに叩き切ってやる、という雰囲気だ。

 だが、ヴァーユにとってはそういうわかりやすいものの方が好ましい。

 強い奴は好きだ。

 素直な奴も好きだ。


 そしてただ一人。

 虚ろな目をして、遠くを見ている老人がいる。

 ヴァーユはその人物のことを伝聞でしか知らない。

 元ウォッチャー、オアネモス。

 ダークウォッチャーを狙う者。

 アウラの話では、雪の国でのダークエルフ、オークとダークウォッチャーの戦いに乱入。

 ダークウォッチャーに手傷を負わせるが、直後に謎の大爆発が起きて、勝敗がつかないまま、ストリを含む三人は脱出せざるをえなかった。

 そして、それ以来。

 オアネモスは呆けてしまった。

 食事はするが、誰とも話さず、ひがな一日ボーっとしている。

 虚ろな目で空を見ている。

 それでも、この中では有数の使い手の一人なので一応軍議には在席している。


 実はヴァーユも一度、仕掛けて見た。

 攻撃をする直前程度に構え、殺気を放って見たのだが、この老人は無意識に反応したようで隠し持っていた双刀を握りいつでも動ける姿勢をとった。

 うかつに仕掛ければ、後の先を取られ首を掻っ切られる。

 そんな予測をヴァーユはした。

 単純な戦力として見るなら、ヴァーユの同僚である七星剣の上席連中にも通じるかもしれない。

 そして、そんなのがごろごろいたのがウォッチャーの村だったようだ。

 ヴァーユは自分の幸運を喜び、不運を嘆いた。

 幸運は、まだ見ぬ強者がいること。

 不運は、その多くが亡くなってしまったということ。

 まあ、これからオークを含めて数え切れぬほどの強者と戦えるだろう。

 そして正体不明のダークウォッチャーという強者。

 この北の地に来れたことをヴァーユはひそかに感謝していた。


 軍議の出席者の顔ぶれは、まずは氷の国の女王ユラ・グレアム、そしてその国の将軍であるジェルサハ・ルサハ。

 冬の国残党軍からは、生き残りをまとめてきたフリーズ・ウィンタリア、女王候補アウラ、ほとんどの戦力を温存しているスライド公爵が出席。

 雪の国からは、六大貴族ボーグ家代表としてストリが出席している。

 この時点で雪の国の貴族、王族のほとんどは失踪しており、ここにいただけのストリが責任を負わされているだけである。

 光の国軍からシャイナーとフライシュ。

 水の国軍からミナス大尉。

 風の国軍からモルドーレス少尉。

 風の国軍は初戦でオークに手ひどくやられ、指揮官であったフェザリア中尉が戦死している。

 そのため、モルドーレスが指揮官代理になっている。

 そして、ベルトライズからヴァーユ、ウォッチャーの村からオアネモス。

 この十二人が、北限三国連合軍の首脳部となる。


 構成メンバーを見ても、ため息しかでないのが実状だ。

 精鋭重騎士団をオークの物見隊に殲滅された氷の国。

 女王はもとより。国軍の指揮官であるジェルサハ将軍も実戦経験がない。


 三国の頭領といわれた冬の国は、英雄コールディン王をはじめ七将や王族がほとんど戦死してしまっている。

 フリーズ王子が百戦錬磨の経験を積んだものの、総兵力は百程度だ。


 雪の国は壊滅的国難の中、なんとかひねりだした四百の部隊だけが戦力だ。

 まとめるのが、ついこの間まで学生だったストリである。

 ため息がでないほうがおかしい。

 唯一、スライド公爵が私兵を千名ほど動員していた。


 全兵力を集めて3千。

 指揮官は素人。

 それが、今の連合軍の中身だった。


 実際に軍議がはじまると、発言するのは五人だけだった。

 豊富すぎる実戦経験と徹底した現実主義を持っているフリーズ。

 強国ベルトライズでも指折りの強者であるヴァーユ。

 水の国で指揮経験もあるミナス。

 なぜか場の状況を理解しているシャイナー。

 そして、ストリだ。


 他の四人はわかる。

 軍人で、戦闘経験を持っている。

 しかしストリは素人だ。

 それこそ、この間まで学生だったはずだ。

 それが、四人の話についていくどころか、作戦について鋭い知見を示すまでになっていた。

 四人の大人がストリを見る目は、一人前の軍師を見るのと同じようになっている。


 この戦略眼は、ネーベルの教育の賜物だ。

 ストリにとっては先生であるダークエルフは、魔法の伝授の一環として古今東西の戦、その経緯、戦略を教え込んだ。

 ネーベルにとっては何気ない魔法使いに至るための知識だったが、ストリに蓄積され、彼の頭のなかで化学変化を起こした。


 その結果が、若さに似合わぬ深い知見だった。


「我らは弱兵だ」


 フリーズは重々しく言った。

 実際にオークらと戦い、勝てはしないが負けない戦いを続けた男の言葉は重い。

 生き残った精強な冬の国の兵士をして、弱兵と言わしめる、その戦力差。

 人間と闇の種族との間には強さという断崖がある。


「しかし、勝たねばならぬ」


 その言葉に場の全員が頷く。


「部隊と部隊をぶつけあってもたかがしれてる」


 シャイナーが無表情のまま言った。

 フリーズは頷く。


「そうだ。冬の国の王都の戦いで、オーク軍と正面から戦った結果、我らは敗北した。個々の戦いでは勝てたところもあったが、全体から見れば微々たるものだ」


 アウラはうつむいている。

 親しい人らが、その戦で亡くなったのだという。

 自分一人逃げ出して、なんとかしようと決意したが、どうにもならなかったという自責の念があるのだろう。

 いくら軍師の真似事ができるからといって、ストリにはアウラのことをどうにかする方法はこれっぽっちも思い付かなかった。


 だから、今は勝つ方法を考えることにする。

 

『答えは今は聞きません。君が、君自身が考えた答え。それをいつか聞かせてください。できれば僕は君にこちらに来てほしいのだけれど』


 ダークウォッチャーの爆発の際に、ストリを助けてくれたネーベルはそう言っていた。

 人間か、闇の種族か。

 ストリには決められない。

 決められないまま、ここにいる。

 だが、考え続ければ答えは出るはずだ。

 その時まで生き続けるために、勝たなきゃならない。


「オークの雑兵とこちらの戦力差はおよそ十対一程度だと考えられます」


 ストリの発言を、みなが注視している。


「俺様はオークより強いぜ?」


 と不敵な顔でヴァーユが言う。


「もちろん、ヴァーユさんが強いことは知っています。けど、ヴァーユさんが三千人いるわけではないのです。あくまでこれは平均的に考えて十対一という前提です」


「確かにヴァーユ殿が三千人もいるとむちゃくちゃなことになりそうですな」


 と水の国のミナス。

 もともと、ヴァーユの所属するベルトライズと水の国は同盟関係にあり、今回の出兵にヴァーユがついてきたのもそのつながり故にだった。

 仲が悪いわけはない。

 どちらも、相手を監視する任務を帯びている以上、表面上は仲良しの雰囲気を出さねばならぬだろう。

 それがこのような軽口となる。


「確かに俺様は三千人もいないが、どうする?強い強いオークさんに弱い弱い人間がどう立ち向かう?」


「一対一でオークを倒した人がいます。身体能力が劣る人間でありながら、です」


 ストリは冬の国の陣営を見た。

 重々しいフリーズの隣、わからないなりに軍議を注視している彼女だ。


 アウラは場の注目が自分に集まっていることを察した。


「……?……わたし?」


「勝てないのなら、勝てる態勢を整えてから戦うべし。アウラさんにならって、勝つための罠を張りましょう」


 清々しい笑顔で、邪悪なことを言い出したストリにアウラは引いた。

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