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ダークウォッチャー  作者: サトウロン
25/52

戦地にて1

 北限地方は大混乱の坩堝となった。

 冬の国の滅亡、雪の国の貴族たちの大量死と行方不明。

 闇の種族の侵攻。


 冬の国の王都を拠点とした闇の種族軍は、新たに支配下に入ったネ氏族のオーク戦士、ゴレモリア族、そして闇凍土ネ・モルーサから新たに召集された部族軍が、残る一国である氷の国を襲撃しようとうかがっている。

 人間たちも、氷の国のかき集めた兵力と冬の国の残党、そして南方諸国からの援軍が集結して三千ほどの戦力となっていた。

 冬の国滅亡の知らせを受けた風の国からの部隊の一部がオークなにするものぞ、と突撃していったがたった二体のオークに蹴散らされ、逃げ帰ってきたことでかえって危機感が増し、危うい行動を南方軍も取らなくなった。


 かつてダークウォッチャーとオーク軍が激突したモロシア平野は今、対闇の種族の前線基地となっていた。

 冬の国への街道のうち、大きな軍勢が通行できるのはここだけであり、ダークウォッチャーがそうしたように谷底にある街道を岩で塞ぐのは容易なためだ。

 守りやすく攻めがたい地形である。


「ほら、そこだ。振りが遅い! 腕の力だけでなく全身の筋肉を使え!」


 身の丈にあわない鉄の剣を振る少女に力の使い方、体の動かし方を指導しているのは水の国部隊の独立兵力であるヴァーユだ。

 正式な身分はベルトライズ王国独立近衛戦力“七星剣”の一人である。

 南方軍の中では、いや南方諸国でも屈指の剣の腕を持つヴァーユはこの少女、アウラ・ウィンタリアに懇願されて剣術 (というほどでもないが)を指導することになったのだ。

 同時に教えることになった少年、ストリ・ボーグはたぶん剣の才能は皆無だ。

 しかし、アウラはしなやかで、俊敏だ。

 それは剣を握っても変わらない。

 ただ、もっと間合いの狭いダガーを主武器にしていたせいか、動きが個性的なのだ。

 もっと効率よく体を動かせれば、いっぱしの剣士になれるかもしれない。


「女王自ら剣の修行ですか、さすがは尚武の国として名高い冬の国の女王だけはありますね」


 本当にそう思っているかわからない、平坦な声でヴァーユたちに話しかけてきたのは光の国の遠征軍団長シャイナーだった。

 二十後半、特徴のない顔、中肉中背、普通の男に見える。

 だが、と。

 ヴァーユは笑みを浮かべる。

 あの厳格で血統主義で悪名・・高い光の国で、二十後半で中尉かつ遠征軍の団長になっているのだ。

 ただもののわけがない。


 シャイナーの声にアウラは彼の方を向いた。


「中尉、私はまだ正式に戴冠したわけではありません。ただのアウラです。それに女王になったところで治める国もないのですから」


 そう。

 アウラは冬の国の女王になる。

 傍系のアウラがどのようにして、王位継承権第一位になったのかはヴァーユの知るところではないが、彼女が次の冬の国の支配者になるのは間違いない。

 事前情報では王太子はフリーズという壮年の男だった。

 彼は存命ではあるが、アウラが王位継承権第一位であることは確かなのようだ。


「それは失礼しました、王女殿下」


 シャイナーは頭を下げた。


「それで何の用です?」


「軍議の用意ができたようですので呼びに参りました」


「わかりました。わざわざお呼びに来ていただき、感謝いたしますわ」


「いえいえ、歩かないと鈍ってしまいますから」


 アウラは剣を鞘におさめ、置いていた布巾で汗をぬぐった。


「すぐに参ります」


「わかりました。私は先に行ってましょう」


 シャイナー中尉はそれだけを言ってすぐに行ってしまった。


「アウちゃんはシャイナーっちのことが嫌いなのか?」


 ヴァーユのその言葉にアウラは目を丸くした。


「アウちゃん……とは私のことですか?」


「そうだけど?」


「親愛がこもった呼び方ということで納得します」


「……?……ああ、そうか。愛称で呼ばれたことがないのか。了解了解、俺様が今からアウちゃんのことをちゃんと愛称で呼んでやんよ」


「ヴァーユ様は……その、なんというか自由ですね」


 呆れたようなアウラの言葉に、ヴァーユは笑う。


「自由を貫くために俺様は強さを持ってる。強くなければ生きていけない、と昔の人も言ってた」


「はあ」


「まあ、俺様の自由の話はいいのよ。今はシャイナーっちのことだろう?」


「中尉殿は別に嫌いというわけではありません。ですが、得体の知れないところがあるような気がして」


「ふうん。アウちゃんもなかなか鋭いね」


「アウちゃん呼ばわりは止めないのですね。……鋭い、とは?」


「俺様の印象だと、あいつ光の国の特殊部隊出身か何かだと思うぜ」


「暁の主ラスヴェート様のみを信仰する一神教の国、でしたか」


 光の国のことである。

 ラスヴェートのみを崇め奉るこの国は、大神官を頂点とし細かな位階に別れた身分制度が敷かれている。

 この身分は世襲であり、よほどの功績をたてないと位階を上がることはできない。

 唯一、軍部だけは軍内部での出世があるため、成り上がりを目指すものは軍人となるのだという。

 その軍部の中に、諜報などを担当する特殊部隊があることは光の国は公表していない。

 シャイナーはそこの部隊の出身かもしれない、とヴァーユは思っていた。

 ヴァーユの同僚であり、同じく七星剣の一人であるヤマダなどは何度か、その特殊部隊と交戦している。

 その度に、奴らと戦うのは楽しいけどいつか死ぬなあ、と言っている。

 ベルトライズの覇王ラススタインの直轄戦力である七星剣の一人にそう言われるとは、その特殊部隊の連中はよほどの腕利きだということだ。


 だが、この局面では頼りになると言うのはヴァーユの本音である。

 まあ、こちらに刃向かうと言うのなら切って捨てるだけだ。


「ああ、俺様が一番嫌いな国だな」


「そう、ですか」


「まあ、強い奴は嫌いじゃないがな」


 ヴァーユの言葉にアウラはホッとしたようだった。

 たとえ一時的にでも仲間同士なのだから、仲間割れになると困る。

 と思っていたのだろう。

 確かに光の国は嫌いだ。

 なんたって、我らがベルトライズの建国をいまだ認めず、徹底抗戦を主張しているからだ。

 いつの日か、必ず起こる二大国の激突に備えて、両国は力を蓄えている最中だ。

 だが、その一手である北限三国への救援遠征軍の派遣任務において、ベルトライズ側のヴァーユと光の国の部隊が手を組むことになったのは、皮肉ながらも面白いことになったと彼は思っている。


 まあ、敵が強いのはいいことだ。

 もてあまし気味なこの剣の腕が大いに発揮できるというのは、本当にいいことだ。


「軍議、ですね」


「そうだな。俺様は別に話すことなどないんだけどなあ」


「何を言っているんですか?」


「お前は何を言いたいんだ?」


「ヴァーユ様は三国連合軍の前線司令官に任命される、と」


「……俺様は聞いてないぞ」


「もうすでに担当武官も編成も決まっていると聞きましたが?」


「なんにも! 聞いて! ないッ!」


 俺様はやらないぞ、と叫んだヴァーユだったが軍議の席ですでに進軍経路と役割が決まっていることと、ヴァーユでなければできないという説得をされ、しぶしぶ納得したのだった。


 結論から言うと、これは事実でありヴァーユは指揮官として激戦を繰り広げる事になるのだった。

 ちなみに決定した事を黙っていたのは水の国のミナス大尉である。

 その理由は、どうせ言っても了承しないのだからどうにもならなくなってから不意打ちしたほうがよい、とのことだったそうだ。

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