雪の国より9
その声に答えたのか。
それは、あの時と同じように天から降りてきた。
ウォッチャーの村を襲撃した時に、大跳躍し防壁を突破したように。
彼の名はネ・ルガン。
黒き鎧、鉄の板のような段平を背負う、オークの中でもひときわ巨体の戦士。
ダークエルフの側近にして、オークの統率者である。
まるで大岩を叩きつけるかのごとく地に降り立ったネ・ルガンは土煙の中、立っている。
「遅くなりました、我が主」
「いや、大事ない。それに、この国もほぼ落ちた」
降り立った異形の者、ネ・ルガンと親しげに会話しているのを見て、やはりネーベルはダークエルフなのだ、とストリは直感で理解した。
「今日はいい日だ。憎んでも憎んでも憎み足りない仇が二人もいる」
声を発したのはダークウォッチャーだ。
その幽鬼のような顔には歪んだ笑みが浮かび、両の足は今にも飛び出しそうだ。
手にした双剣はゆらゆらと獲物を狙う蛇のように蠢いてる。
「これは!?」
ネ・ルガンは人間の目から見てもはっきりわかるほど驚いていた。
目の前にいる幽鬼のような男は、“目”の村で最後までネ・ルガンを足止めし、そして殺された男だった。
確かに死んだ者が、立って、そしてこちらに襲いかかろうとしているのだ。
「驚いたろう、ネ・ルガン。さすが南方は不可思議なものが多い」
「厄介なものに取り憑かれましたな」
ネ・ルガンは気を取り直して、大剣を握った。
「ところで、お前がここに来たということは」
「良い知らせと悪い知らせがございますが」
ネ・ルガンの言葉にネーベルは渋い顔をする。
「では、あやつと戦いながら聞こうか。まずは悪い方から」
しびれを切らしたダークウォッチャーが斬りかかってきた。
主従の話はそこで途切れることはない。
だが、ダークウォッチャーはそれを斟酌することはない。
どうせ、殺すのだ。
「オークとダークエルフ。どちらを先にやろうか、な!」
一直線にネ・ルガンにダークウォッチャーは向かってきた。
一瞬の迷いの後の一気呵成の剣はオークをさらに驚愕させる。
「さらに速いか!」
生前のゲイルだったころから、その剣は速く重くなっている。
ネ・ルガンは大剣で受け止めるが、巨体のオークでもわずかに押されるほどの威力。
「手助けをしよう」
ネーベルの白刃がダークウォッチャーを襲う。
ダークウォッチャーは緑の宝石の短剣をひらめかせ、迎撃する。
オークが大剣を振り、ダークウォッチャーがそれを受け流し、ダークエルフが魔法を放ち、ダークウォッチャーは避ける。
オークとダークエルフとダークウォッチャーの戦いはまるで舞踏のようにストリには見えた。
三者ともストリには想像もつかないほどの戦闘の達人であり、目で動きを負うこともできない。
ただオークの黒とネーベルの白、ダークウォッチャーの赤と緑だけが煌めいているように見える。
もちろん、ストリとアウラが拙いながらも戦闘へ参加することはできるだろう。
しかし、それはもう一体のオークであるネ・ボーグが睨みをきかせているために二人は動けなかった。
「まずは悪い知らせです。氷の国を攻めたグ・ボダンらバズダバラ族を中心とした三千が全滅しました」
剣を振りながらネ・ルガンが報告する。
「それは痛いな。グ・ボダンとその子ら、それに三千という数は大きな痛手だ。バズダバラ族は衰退を免れ得まい」
ダークウォッチャーの剣を受け止めながら、ネーベルはため息をつく。
少なくない数の戦士や賢者が失われたのだ。
これからを考えた時に大きな損失となるだろう。
「次に良い知らせです。冬の国は滅びました」
その言葉を聞いてアウラが膝をついた。
「滅びた、とは?」
「細かい経緯は後程説明しますが、冬の国の王都の住人全員を食糧として処分、敵将一人と百人程度の小勢を逃しましたが残りの敵兵を殲滅しました」
助けて、と言ったアウラの声をストリは思い出す。
彼女の希望はすでに断たれていたのだ。
絶望のあまり、アウラは動けない。
「それは良い。冬の国は強い国だった。その障壁が無くなったことは大きい」
「お前たちの未来はここで断ち切られるのだから、良いも悪いもない」
ダークウォッチャーの冷たい声にネ・ルガンもネーベルも目を見張った。
会話しながら戦うといった余裕は無くなった。
ダークウォッチャーの手数が増え、その剣の重さが増した。
ネ・ルガンの剣も受け止めきれず弾かれる。
「な、んだ!?」
「あの宝石が!」
ネーベルの言うとおり、魔力伝導性の高い宝石が鋳込まれたダークウォッチャーの短剣が彼の力を底上げしていた。
宝石にどんどん魔力が注がれ、それが剣の性能を上げている。
物理的にも、魔法的にもだ。
それが巨体のオークの攻撃を弾き、ネーベルの魔法をも切り裂き蹴散らしている。
ニ対一にもかかわらず互角、いやすでにダークウォッチャーの方が圧倒し始めている。
剣だけではない。
ほとんど人を捨て、魔法的存在となったダークウォッチャーはその身に宿す“守護炎”が魔力を供給し、ダークウォッチャーの復讐心がそれを増幅している。
その仇であるオークとダークエルフがいる限り、復讐心は消えることはない。
“守護炎”が魔力を生み、復讐心がそれを増やし、増幅された魔力がダークウォッチャーを強くしていく。
それが、闇の種族たちを押していく。
このまま行けば、ダークウォッチャーの復讐は遂げられるだろう。
もはや、ネーベルとネ・ルガンの連携ですらダークウォッチャーを阻むことはできないのだ。
だが、復讐はさらなる復讐を生む。
今まさにネ・ルガンを追い詰めていたダークウォッチャーの足が止まった。
「!?」
幽鬼の胸から刃が生えていた。
人間で言うならば心臓、ダークウォッチャーの心臓部“守護炎”を貫くように。
「さすがにニ対一ならばお前とて余裕はなかろう」
観戦するしかなかったストリに見えたのは、ゆるゆると近付いてきた老人が目にも止まらぬ速度で抜刀し、ダークウォッチャーの背中に剣を突き刺したところだった。
その老人は辻馬車の御者という認識をストリはしていた。
引退間際の老人というイメージで、馬車がダークウォッチャーに襲われた時に爆発に巻き込まれた、ところで意識から消えていた。
ダークウォッチャーがその老人の名を呼ぶ。
「オアネモス」
「そう、そのオアネモスよ。この瞬間を待っていたぞ」
元ウォッチャーであり、村と外界との連絡役であるウォーカーのオアネモスは氷の国へオークが襲ってきた時にダークウォッチャーと出会った。
そして、その時にオアネモスの亡妻ゼフィロナの魂がダークウォッチャーに囚われていることを知り、その魂の解放のためダークウォッチャーの命を狙っていた。
この瞬間を。
ダークウォッチャーの余裕が無くなったこのタイミングでオアネモスは動いたのだ。
「馬鹿め」
ダークウォッチャーの口から出てきたその言葉は、彼の、ゲイルのものではなかった。
オアネモスにはゼフィロナの声に聴こえた。
アウラには亡き祖母シナツのものに聞こえた。
おそらくそれはダークウォッチャーの中にいる“守護炎”の、いや全てのウォッチャーの意志だったのかもしれない。
ドロリ、とオアネモスの剣が熔けた。
そして、炎がダークウォッチャーに開けられた穴からほとばしる。
それは爆発となってこの場を包んだ。
その日、ボーグ邸は原因不明の大爆発によって消失した。
その敷地も消滅し、当主ベーロア・ボーグ以下敷地にいた人員は消息不明である。




