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ダークウォッチャー  作者: サトウロン
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雪の国より8

「この国を滅ぼすために、先生は!僕に魔法を教えたのですか!?」


 ストリは、全てのものが信じられなくなっていた。

 信頼していた先生が、人類の仇敵である闇の種族ダークエルフだったなどとは。


 しかし、ネーベルは首を横に振った。


「君へ魔法を教えたことは、僕の本来の目的とはまったく無関係だったのだよ。ベーロア・ボーグへ貸しをつくるための一手間程度のね。それが思ったより、君が優秀だった。それだけだ」


「先生……」


「ストリ・ボーグ。我が弟子として、君に選択肢をあげよう。一つは滅び、人間の味方で居続け、そしてこの国とともに滅び去る道。もう一つは僕とともに魔法の研鑽を積み、新たなる支配者になる道だ」


 人間につくか。

 ダークエルフにつくか。

 すぐには答えが出せない悩みだ。


 ストリにとって、人間とは徹底的に他人だった。

 ストリを学院へ入れてくれた両親には感謝はあるが、それは落ちた家名を再び貴族として上げることを目的としていた。

 ストリはそんな家から逃げ出したかった。

 学院に入ってからも、貴族連中からも、一般入試で入った生徒からもやっかみを受けた。

 それは教授も一緒だ。

 ストリのことを、ストリ・ボーグとしてしか見ていなかったのだ。

 それは、グスタフも、ベーロアも同じだ。


 そう、真にストリをストリとして扱ってくれたのはネーベルただ一人だった。


 そのネーベルに付いていきたい。

 しかし、人間としての自分は、人間全てを裏切ることに躊躇を感じている。


 すぐには答えは出せない。

 けれど、答えを出さなければならないのだ。


「そんなことは決まっている。お前たちは滅びるべきだ」


 ネーベルからストリへの質問にダークウォッチャーが答える。

 復讐者である彼にとって答えは一つしかない。

 そして続ける。


「貴様の長い話には飽いた。我が復讐の炎のために、消えろ」


 ストリの目にはうつらない早さで、ダークウォッチャーは駆動する。

 その両の手の赤と緑の残像が空中に軌跡を描く。


 次に彼がストリの前に現れた時、ダークウォッチャーはネーベルに肉薄していた。

 その双剣はネーベルからほんのわずかなところで、防御魔法によって留められている。


「死んだものがうろうろしているのは、摂理に反するな」


「あまねく貴様に殺された同族の恨みが、俺を動かしている」


「それを言うなら百千の年月を経ても、我らの怨みは僕を動かしている」


 ネーベルは白い刀身の剣を抜き放ち、ダークウォッチャーの双剣を払った。


 赤と緑の宝石が鋳込まれた双剣を持つダークウォッチャーと、白刃と魔法を使い分けるネーベル。

 二人の戦いは互角だった。

 その剣戟の凄まじさに、ストリもアウラも手を出すことができない。


「お前が死ねば、あとはオークだけだ。殺して殺して殺し尽くせばそれで終わる」


「オークを? 殺し尽くすことなど不可能だよ」


 ダークウォッチャーの冷たい宣言に、ネーベルは笑いながら答える。


「なんだと」


「オークは生み出せるからね」


 それはやけに冷たい響きで、ストリの耳に届いた。



 庭先で激戦が続いているボーグ邸だが、なぜか誰もそれを見に来ない。

 そのことに、ストリもアウラも気付いてはいない。

 ネーベルは笑い、ダークウォッチャーは気にもしていない。


 そう、そのボーグ邸では異変が起こっていた。



 夢を、見るようになっていた。

 肩で息をしながら、薄暗い邸内でベーロア・ボーグはそんなことを思っていた。


 それは黒い肌を持つ人間ではない種族、おとぎ話の中の悪者、ダークエルフが出てくる夢だ。

 小高い丘の上で、木におおわれて外から見えない場所で、ベーロアではないボーグの壮年の男は手にした血のしたたるナイフを見ないようにしている。

 すでに事切れ、木にもたれかかったまま眠ったような同世代の男。

 ボーグは彼のことを友と呼び、主と呼んだ。

 それを殺したのは彼らだ。

 同じように友と呼びあった仲間たちは青ざめた顔をしている。

 おそらく、ボーグも同じような顔をしているのだろう。

 そして、同じような血のついた武器をそれぞれ握っている。

 ぬめる血で、取り落とさないように。


「どうしてこんなことをした!」


 女の声。

 ダークエルフといっても、その感情の発露は人間と変わらないのだ、とボーグはその時思った。


「どうしてスノウは死ななくてはならない!?」


 亡骸にすがって泣く姿は、かつて彼らが父に、母に、妻に、兄に、姉に、弟に、妹に、娘に、息子に、友に、仲間にすがって泣く姿と同じだった。

 闇の種族によって殺された大切な人を、失った悲しみ。

 それと同じだった。


「許せるわけがない」


 誰かが言った。

 それはボーグの仲間の誰かの声かもしれないし、ボーグ自身の声かもしれない。

 闇の種族によって殺されたものの無念の声が、魂から絞り出されたような。

 あるいは恋人を殺されたそのダークエルフの女性の声かもしれなかった。

 そう、ある意味では彼らと彼女は同じになったのだ。

 大切な者を奪われたという点で。


「呪ってやる」


 はっきりとしたその言葉に、ボーグの心臓は震えた。


「お前らを、お前らの家族を、お前らの全てを呪ってやる!」


 もはや絶叫に近いその声に、仲間たちは一斉に駆け出し、そしてその手の武器で次々にダークエルフの女性を刺した。

 これ以上時間をかけるわけにはいかなかったし、それにそれ以上ダークエルフの声を聞くのが怖かったから。


 夢はそこで覚める。

 ベーロア・ボーグの見た夢は、彼の頭が作り出した想像に過ぎない。

 家臣が王を暗殺した、という秘事をずっとずっと隠していた後ろぐらい部分が夢の形で現れ出たにすぎない。

 あとは、今も邸内に漂う血の匂いのせいか。

 執事のバスチャン、メイドのヘレン、料理人のパトス、御者のレブルース、使用人だった人々。


 の死体。


 ベーロアが殺した亡骸から漂う血の匂いが、そんな夢を見せたのやもしれない。


「父上、屋敷の内外で騒ぎが! もしやルシ家の反撃やも!」


 学院に行っていたはずの声に、ベーロアはそちらを向く。


「グスタフ」


 己のものとは思えぬしゃがれた声に、ベーロアはわずかに怯んだ。


 ガラン、という耳障りな音はグスタフが手にしていた武器を落とした音だろう。


「父上……なのですか」


 グスタフは手にしていたランタンをかかげる。


「グスタフ」


 それは豚を醜悪にしたような顔を持ち、膨れ上がったような筋肉の体を持っていた。

 皮膚の色は肌色に近いが明確な緑。

 口には牙。

 目は爛々と輝いている。


「オーク……!」


「グスタフ」


 ベーロア、だったものは愛しい息子を抱き締めようとゆっくりとグスタフのもとへ向かった。



 吠えるような絶叫が、ボーグ邸の中から聴こえた時。

 さすがにダークウォッチャーも一度引き、態勢を整えた。


「あれは、グスタフ様の……」


 ストリはよく知る青年の声を思い出した。

 しかし、グスタフがあんな絶望的な叫び声をあげるだろうか、とも思った。


「始まったか。ああ、いや終わったか?」


 ネーベルの声に答えるように、ボーグ邸の扉が内側から開けられた。

 そこにいたのは。


「オーク!」


 アウラの言うとおり、彼女の故郷を襲った闇の種族オークだ。

 その口許には赤い何かがまとわりついている。


「グスタフ……父と共に生きよう」


 しゃがれたその声の意味がわかるものはここにはいない。


「成功だ。多少意識が変容した影響が出ているが間違いなく、これはオークだ」


「我が主……」


 現れたオークはネーベルの前に膝をついた。

 絶対の忠誠を捧げているのだ。

 オークのダークエルフへの服従は種族的本能であるがゆえに。


「何人来ようと全て殺す」


 ダークウォッチャーの宣言にネーベルは答えない。


「新たに生まれでた闇の種族よ。お前に新たな名を授けよう、栄えある氏族の名をネ。名をボーグ。ネ・ボーグよ」


 口の何かを咀嚼したオークは名付けられた喜びからか、大きく吠えた。

 新たなるオークたるネ・ボーグはネーベルの前に立つ。


「オークは殺す。何体現れても」


 ダークウォッチャーの声を聞いてネーベルはゆっくりと言った。


「そう簡単にはいかないよ。そうだろう? ネ氏族の長にしてゴレモリアの族長、そして我が剣である“鬼将”よ」



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