雪の国より7
ネーベルは詠唱もせずに青白い魔法弾を四発連射する。
わずかなタイムラグを持つそれはダークウォッチャーの逃げ道を防ぐような軌道を描き、着弾した。
純粋な魔力の塊である魔法弾は、人体に当たれば肉をうがち、骨を砕く。
当たれば、の話だが。
逃げ道を防いだ高威力の魔法弾を、ダークウォッチャーは慌てた様子もなく両手にダガーを握り、左右の腕を二回ずつ振った。
その四回の斬撃は、魔法弾を切り落とし、ダークウォッチャーへの攻撃を無効化した。
「やはり、この程度の魔法は効かぬか」
ネーベルの声に、ストリはあわてた。
「先生、いくら不審人物でもいきなり魔法を使うのはやりすぎなのでは!?」
「先生!? ストリさん、あなた、それを先生だ、と?」
なぜか、アウラがストリとネーベルから距離をとる。
「そうですよ、アウラさん。この人が僕の先生です。頼りになります!」
アウラは青ざめた顔で、ストリを見て、言った。
「だって、あなた、それは」
「アウラさん……?」
様子がおかしいアウラ。
そして、アウラとストリを分断するように、魔法を避けきったダークウォッチャーが降り立つ。
「無駄だ。シナツの孫。そいつには、あれが普通の人間に見えているのだ」
「幻影、ですか?」
「いや、あの“魔力弾”以外の魔法を使われた形跡はない。それに、俺とお前以外には効いているようだ」
「それは、どういうことなんですか?」
「さあな。そういう能力、あるいは呪い」
パチパチと、ネーベルはダークウォッチャーへ向けて手を叩いた。
「すばらしい。たった、これだけの事象でほとんど正確な判断をするとは、さすが“目”の村の生き残りだけはある」
「先生……?」
「ストリさん。あなたにどう見えているかはわかりませんが、あれはダークエルフです」
あれは、ダークエルフです。
その言葉は一度、ストリを素通りしていった。
そして、それに励起されたように次々と色々な言葉が浮かぶ。
闇の種族。
侵攻された冬の国。
奴の臭い。
ダークウォッチャー。
はるか昔、この地より北へ闇の種族は追い払われた。
闇の種族とは、オークと、そしてダークエルフのことを指すという。
「そんなわけ」
今までに無いほどの集中力で、ストリは魔力を集めた。
己の体に内蔵されていた青白い力は凝縮し、ランタンのように輝く。
「そんなわけ、ないッ」
青白い魔力は一直線に、アウラの方へ迸った。
「魔導スキル“マナレーザー”。私もその形式と呪文を知らぬ魔法。それを怒りに任せて発動するか。さすがは我が弟子だな」
青白い光線は、アウラのもとに届く前にダークウォッチャーによって切り裂かれ、霧散する。
「そんなわけ、ないですよね、先生」
ストリの目に映るネーベルの姿は、いつもの優しげな笑みを浮かべた青年のものだ。
ダークエルフなどには見えない。
「ベーロア・ボーグは、あなたのことを血が薄くて呪いが受け継がれていないと思っていました」
「ベーロア様が……何を?」
「彼はダークエルフの呪いを短命の呪いだと思っていたようでした。現に、王家、六大貴族すべて四十代半ばで命を落としていますからね。そう思うのも無理はない」
ストリには意味がわからない話だ。
ネーベルは続ける。
「実は、王家と六大貴族の短命さは、この国そのものが原因なんですがね。それがなにかわかりますか? ストリ」
いつものような質問に、けれどストリは答えられない。
答えを知らないし、前提もわからないからだ。
それに、そんなことを考えるほど頭が回っていない。
「わかりません」
だから、こう答えるしかない。
学院ではじめのころに、そう答えていたように。
「答えは水です。この国の王都の水は遠く、ゴーサリア山から流れてきたものです。非常に美味で、料理に使うと味に深みが出ると王家や貴族しか使うことを許されないとされています。しかし、ゴーサリア山は丹砂、あるいは辰砂の鉱脈があります。これがなんだかわかりますか?」
次の質問は答えられる。
他ならぬネーベルから教えられたことだ。
「丹砂あるいは辰砂、ニと呼ばれる鉱石で高級な赤色の原料となったり、魔法の触媒となります。古代では不老長寿の秘薬の材料の一つとされた、です」
ストリの答えを聞き、ネーベルは笑顔になった。
「正解です。よく覚えていましたね。さて、その丹砂は不老長寿の秘薬の原料と言われていた。ここがポイントですね。実際はこれは毒です。毒性は低く、飲食したからといって死ぬわけではありません。ですが」
「長期に渡って飲み続ければ……」
ストリの呟きに、ネーベルは頷く。
「その通り、体に不調が出てくることになり、そして若くして亡くなってしまう、というわけです」
「それがいったい……」
この局面に何の関係があるのか。
「いいですか。今の話はベーロア・ボーグをはじめとしたこの国の貴族が呪いだと思っているものの正体です。もちろん、呪いはかかったまま、今もこの国の王族、貴族の血に流れているのです」
そうだった。
呪いの話をしていたのだ、とストリは思い出す。
雪の国の貴族の短命さは呪いによるもの、ではない。
と、ネーベルは言った。
「短命さは呪いじゃない。王族、貴族にかけられている。それは、僕にも…」
「そう。君には僕がネーベルという青年の姿に見えているはずだ。だが他の二人には僕はダークエルフに見えているという。さて、どちらが正しいのか」
どんなに目を凝らして見ても、ストリの目にはネーベルはネーベルにしか見えない。
ネーベルの話を聞きながらも距離をとり、攻撃の機会をうかがうダークウォッチャーとアウラの二人にはどんな恐ろしい姿に見えているのか。
さきほどダークウォッチャーの言っていた呟きをストリは思い出した。
ストリには人間に見える呪い。
「それが……呪いなんですか?」
「その通り。そういえば君は知らなかったみたいだから、この国の真の歴史を教えてあげよう」
ネーベルはキエフの丘の物語の真実をストリに話した。
「……それが、王族と貴族にかけられた呪い。味方を裏切った報い……先生は、その女性の復讐に来たんですか?」
建国王とともに暗殺されたダークエルフの女性が死に際にかけた呪い。
ボーグ家の端にいるストリにまで受け継がれた呪い。
それは、ダークエルフを視認できない、という呪い。
危険性が低いゆえに、長く広く受け継がれた呪いだ。
それは、彼と彼らの侵攻に際し、決定的なまでに効果を現してしまった。
「違いますよ。彼女は私の親世代にあたりますし、結局のところ裏切者です。彼女なりの決意と覚悟があったでしょうから、それをどうこう言うつもりはありません。私はただ、この呪いを利用させてもらっただけです」
ネーベルはその話の間、表情一つ変えない。
「少年。シナツの孫であるアウラから聞かなかったか?闇の種族の到来とその侵攻を」
ダークウォッチャーが口を挟んだ。
そう、そうなのだ。
ストリは知っていた。
闇の種族の到来のことを、味方がいないアウラをなんとか助けたくて、ネーベルを頼ろうとしたことを。
しかし、そのネーベルこそが闇の種族の侵攻軍の首魁。
ダークエルフ。
「実に容易かった。ベーロアは呪いを解くと言えばすぐに協力してくれました。六大貴族、王族にも知己を得ることできました。試しに揺らしてみたら、ボーグ家とルシ家は内乱寸前まで対立しました。どうやら、思っていたより簡単にこの国は落とせそうだとわかりました」
ネーベルは口の端にわずかな笑みを浮かべた。




