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ダークウォッチャー  作者: サトウロン
20/52

雪の国より5

「ベーロア様が、ルシ家を反逆罪で訴えた!?」


「ええ」


 ストリのいる牢に“解錠ディロック”の魔法を使い侵入してきたネーベルはなぜか空中に腰掛け、ゆったりとした姿勢で話を続けていた。


「罪状は、ボーグ家の人間への暴行未遂と魔法使い保護法違反」


 ボーグ家の人間への暴行という訴えは、ストリがボーグ家の一員であるということを証明していた。

 それは嬉しかったが。


「魔法使い保護法違反?」


「この国が建国したあたりに制定された法律ですよ。当時も少なかった魔法使いを国が保護し、その権利を保証しなければならないというものです」


「それは、僕が魔法を使ったから……?」


「そうです。あなたが魔法を使えることはもうしばらく秘密にしておきたかったのですが」


「すみません……」


「謝ることはありません。それでも、ベーロア様はあなたを救うために決断してくれました。そして、その後の動きについても」


「その後……?」


「ベーロア様がルシ家にその罪状について詰問状を送りました。そして、その返答が遅いとルシ家の邸宅を囲みました。それが昨日です」


「え?」


 思ったよりも騒ぎになっていることに、ストリは驚く。


「その動きに呼応して、貴族たちが動き始めました。ペルーナ家がボーグに賛同し、モコス家がルシ家を助けようとしています。シマリグ家、ダズン家は仲裁をしようとしているようですね」


「そ、そんなことになってるんですか!?」


 雪の国が割れている。

 ストリにはそれしか理解できていない。

 なぜ、自分とドリアードとのいさかいがこんなことになっているのか。

 わからない。


「決定的な決裂は避けられるでしょう。ですが、ドリアード・ルシはやり過ぎたし、ボーグ家は力を示しすぎた」


 このままでは終わらない、とネーベルは言った。



 ストリは解放された。

 ボーグ家の主張どおり魔法使い保護法が適用され、そしてドリアード・ルシの暴行罪、保護法違反が認定された。

 ただし、ルシ家自体への反逆罪は認められなかった。

 王家もまた呪いに縛られた一族、同じ呪いを受けている六大貴族が減ることは望ましくないと考えた現王の指示だった。


 全ては元に戻った。

 見た目だけは。


 ドリアード・ルシは表舞台から姿を消した。

 ルシ家の後継はドリアードの、まだ若い弟に委ねられた。


 この事件で、それぞれの立場をとった六大貴族は三つの派閥へ分裂した。

 ボーグ、ルシ、中庸。

 ギクシャクとした関係は国政へ影響を及ぼし、雪の国は軋み始めた。




 隣国である冬の国からの使者が訪れたのは、そのすぐ後のことになる。


 スライド公爵という冬の国の貴族は、雪の国と冬の国との交渉役として雪の国でも名を知られた人物だった。

 染めた濃い金髪以外は、好人物だと評判だ。

 そのスライド公爵が、今回の訪問で冬の国の王族を連れてきたのだ。


 名高き賢王コールディン・ウィンタリアの直系ではないものの、王弟の孫娘にあたるその姫君は冬の国唯一の王女として、今回外交デビューしたと廷臣たちは噂している。


 銀の髪、伏せた目、ウィンタリア王族らしい整った顔立ち。

 絶世の美女というわけではないが、可愛らしい姫君はたちまち雪の国の宮廷の人気者となった。

 多くの貴族の若者が贈り物や恋文をおくり、舞踏会やお茶会の誘いはひっきりなしだった。


 ボーグ家の催した舞踏会と学院主催のお茶会で、ストリはその姫君と話す機会を得た。


 舞踏会ははじめのうちは踊ることもあったが、もともとストリはダンスなど習ったこともない下級貴族。

 今は、ボーグ本家預りになっているから、こういう舞踏会にも出るが柄じゃないのはわかっていた。

 宴が盛り上がるタイミングで、ウィンタリアの姫から注目が外れた。

 躍り疲れたのであろう彼女は壁に寄りかかり休んでいた。

 それはストリの隣だ。


「あなたは、踊らないの?」


 しっかりとした喋り方だった。

 深窓育ちの静かな声ではない。

 ほんのわずかな違和感。


「苦手なんです。踊るの」


 クスクスと彼女は笑う。


「雪の国の貴族はみんな踊るのが大好きだと思っていたわ」


「得意じゃないんです。僕は」


「実は私もなの。叔父様に付け焼き刃で教えられて」


 意外な言葉にストリは驚く。

 冬の国の王族なのだから、ダンスなどはお手のものだと思っていた。


「なぜ、ここに?」


 思わず飛び出した質問は、脈絡もなく、失礼でもあった。

 しかし、彼女は首をひねりつつも答えてくれた。


「助けてほしいの」


「あなたを?」


 彼女は首を横にふる。


「冬の国を」


 その時、彼女に気づいた若い貴族がダンスを誘いにやってきた。

 話はそこで途切れ、その日はそれきり彼女と話すことはなかった。


 二回目の遭遇は学院でのお茶会である。

 一応は学究の場であるから、華やかすぎるダンスパーティーなどは控えられるため、お茶を飲みながら談笑する会になった。


 例の一件から、ストリはボーグ家以外の生徒から腫れ物扱いされていた。

 また、彼が魔法使い(見習い)であることを皆が知っていることも、それに拍車をかけていた。


「あなたはこの間の」


 と、彼女が声をかけてきたときも、ストリは一人でいた。

 場がざわつく。

 注目の的である冬の国の王女と、孤独な魔法使い。

 この二人が知り合いだということは驚きを学院の生徒に与えた。

 そこかしこでひそひそと噂話が交わされる。


「先日は失礼いたしました……ええと、王女殿下」


 そういえば彼女の名前を知らなかったことに、ストリは気付いた。


「アウラ。アウラ・ウィンタリアですわ」


「僕はストリです。ストリ・ボーグ」


「ではストリ、聞いてください。今、冬の国、雪の国、おそらくは氷の国も含めた三か国はいま窮地に立たされています」


 急に、まくしたてるようにアウラはストリに言った。


「三つの国が窮地?」


 確かに先日の事件から、雪の国は内紛の危機にあったのは間違いない。

 しかし、他の二国が危ないなどとは聞いたことがない。


「そうなのです。この国も含めて、情報が伝わっていない。送った伝令も使者も消えたように」


 青ざめた顔のアウラ。

 冬の国の使者……アウラが来るまでそんなものを気にしたこともなかった。


「何が起こっているんです?」


「冬の国は滅亡しました。王都は陥落し、周辺の村から人はいなくなり、残っていた王族も私と叔父様だけになりました」


「冬の国が滅びた?」


 完全な不意討ちに、ストリは二、三歩よろめいた。

 嘘だと言うのは簡単だが、アウラの真剣な目がそれを許さない。

 本当のことなのだ、と理解してしまった。


「滅びました」


「一体なにが? 誰が? そんなことを?」


 三つの国は互いに同じ使命を持ち、建国を同じくしている。

 ゆえに、互いに争うことなどありえない。

 それでは南の国々か?

 しかし、それもありえない。

 ここを攻め落としたとしても、南の諸国にはほとんど利益が得られない。

 大地は痩せて、寒さも厳しく、特産品もない。

 三か国で一番豊かであると思う雪の国の住人であるストリでさえ、そう思うのだ。


 では誰が?

 一体なんのために?


 ストリの疑問にアウラは静かな声で答えた。

 この場にいるお茶会に参加している他の生徒には聞こえないほどの声量で、しかしストリにははっきりと。


「冬の国を滅ぼしたのはオーク。はるか北、闇凍土ネ・モルーサより帰還した闇の種族によって、です」


 そのあまりに不吉な単語の羅列に、ストリは目眩がしたように思った。

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