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ダークウォッチャー  作者: サトウロン
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序章2

 この世界は板状の大地が果てしない虚空の上に浮かんでいる、とされている。

 遥か古代には幾多の神々がその大地の上に雲の館を築き、世界を見守っていたという。

 しかし、長き時を経て神々の多くは世界を去っていった。


 伝説にうたわれる黎明の主ラスヴェートと、戦神ガンドリオの決戦を経て神々の時代は終わりを告げた。

 そして、神無き世界で共存していた幾多の種族で大きな戦いが勃発した。

 その最大のものは人間とダークエルフ、オークの戦いだと言われている。

 大きな犠牲を払いながらも人間は、闇の種族を打ち負かし、そのほとんどを北の最果てに追放することに成功した。

 闇に染まらぬ森のエルフや獣人たちはいつの間にか世界から姿を消し、あまねく大地は人間のものとなった。

 そして、闇の種族の帰還を人間は恐れた。

 そのため、人界と北の最果ての間に見張りを置くことにした。


 それが見張ウォッチャーりの始まりである。


 それからどれだけの時間が流れたか。

 闇の種族はいまだに大きな動きを見せず。

 かつての時代は古代と呼ばれ。

 見張ウォッチャーりの存在すら、南の諸国は忘れようとしている。



 見張ウォッチャーりたちが闇凍土ネ・モルーサと呼ぶ地に密かな囁きが交わされる。

 極寒の夜風に忘れ去られた者たちの声がする。


「境界付近はやはり暑いな」


 滑らかなその声は気候の変化にうんざりしているようだ。


「もう少しすれば、“目”たちの集落です。あの忌々しい火が見えることでしょう」


 今度の声はしわがれている。

 それでも力強い。


「ああ、私にも感じるぞ。夢見ドリーマーの言った通りだ」


「予言の夢を見られたとか」


「ああ、力強きオークの軍勢が邪魔な“目”どもを蹴散らす夢だ」


「良き夢です。我らが祖霊の与えられた屈辱を晴らす最初の一撃に相応しい」


「しかり、さあ行くぞ。まだ、先は長い。そして必ずや世界を取り戻すのだ」


 強い風にその声はかきけされ、届くことは無かった。

 見張ウォッチャーりたちの元へは届かなかったのだ。



 一人の夜をゲイルは過ごしていた。

 今夜は妹のコガラがはじめて夜警についている。

 あのネ・モルーサの寒さを実感していることであろう。

 夜明けには帰ってくるであろう妹のために、暖かなスープを用意してある。

 だが、夜が明けるまでは一眠りしていた方がいいかもしれない。


 まぶたを閉じると、またあの夢を見そうで慄く。

 オークの軍勢に村が襲撃される夢だ。

 あれ以来、その夢は見てはいない。

 だが、鮮明に記憶に残っている。

 まるで本当に起きる事であるかのように。


 見張ウォッチャーりの警戒域に異変が生じた。

 反射的にゲイルは跳ね起き、短刀や戦いの道具が収められたベルトを掴み、慣れた手付きで体に巻付ける。

 見張ウォッチャーりの家から飛び出すと、すでに多くの同僚がゲイルと同じように警戒を露にしている。


「教本どおりだ。行け、配置に付け」


 高台で戦長チーフのカームが大きく手を振りながら指揮をする。

 たとえ、真っ暗な夜でも見張ウォッチャーりたちはそれを見間違うことはない。

 ゲイルたち若い見張ウォッチャーりは村の北門の守備だ。


 それはつまり、北から攻め寄せるであろう闇の種族の軍勢が一番初めに到達する場所だということだ。

 疾風のごとくゲイルは駆ける。

 同期や一つ上くらいの若い見張ウォッチャーり達も同じように駆けて、配置につく。

 門の側の物置に置いてある短弓と矢をそれぞれ取り出し、北門の壁の上につく。


「……ッツ!」


 誰かの息を飲む様な音。

 それは無理からぬことだった。


「なぜ、誰も気が付かなかった?」


 また別の誰かの声。


 北より押し寄せるのは大地を埋め尽くすかのようなオークの群れ。

 こちらを恐れてなどいないように、松明を明々と灯している。

 少なくとも千。

 もしかしたら五千まで行くかもしれない。

 それほどの大軍だった。


 これほどの侵攻を見逃すのは不可解だ。

 なにせ、ネ・モルーサと人界の間には夜警がいる。


 そこまで考えて、ゲイルは血の気が引くのを感じた。


 今夜の夜警は、コガラだ。

 はじめての夜警の任務についている彼女が、この大軍を見たらどうするか?

 まずは、脱兎のごとく離脱し、村へ走るだろう。

 事前に知っているのと知らないのでは、対応に大きく差がでる。

 そして、逃げ切れないとわかったのならギリギリまで戦おうとするだろう。

 できるだけ情報を引き出し、一体でも多く敵を倒そうとするはずだ。


 そして、死ぬ。


 追い付かれ、敗れ、負けて、殺される。


 それは見張ウォッチャーりになったときから覚悟の上だ。

 誰しもがそうだ。

 ゲイルも、コガラも覚悟している。


「弓の射程範囲まで待て」


 若者のリーダーである見張ウォッチャーりが指示を出す。

 弦を引き、弓矢を上に向けて、その時を待つ。

 オークたちは悠々と前進してくる。

 迎撃されるとは思っていないのか、それとも迎撃されても対処できる余裕があるというのか。


 オーク軍が四列ほど射程に入った瞬間、リーダーは叫ぶ。


「放て!」


 引き絞られた弦から放たれた矢は雨のようにオークらに降り注ぐ。

 闇の種族の硬い皮膚に弾かれる矢もあるが、急所を突く矢もある。

 バタバタとオークが倒れていく。


 殺せる。


 そう理解した時、見張ウォッチャーり達から余計な力が抜ける。

 オークは倒せない怪物ではない。

 傷を付けられるし、殺せるのだ。


「次射、構え」


 士気があがった防衛側は再び、矢をつがえ、弦を引く。



 その様子をオーク軍の後方から見ている巨体が一つ。


「細き矢なれど死者もあるのは見過ごせませぬ」


 しわがれた力強い声。


「お前が遅れをとるとは思えぬが、気を付けろよ」


 ダークエルフが、その黒い影からとは思えぬ心配そうな声をだした。

 巨体のオークは頭を下げる。


「は。お心遣い、感謝いたします」


 そのまま、のしのしと前進する。

 オークには珍しい黒鉄の全身鎧、そして巨大な鉄の塊のような剣を背負っている。


「行け、我がネ・ルガン


 ネ・ルガンと呼ばれたオークは足に力を込め、跳躍した。



「放て!」


 二射目を敵前衛に向けて放つ見張ウォッチャーり側が目を疑うような事が起きていた。

 放たれた矢が飛び上がってきた一人のオークによって全て叩き落とされたのだ。


 放たれた矢に飛び込むように、黒い鎧のオークが飛びあがる。


「我が遠祖よ。偉大なる鬼よ。我に力を貸し与えたまえ」


 上空から、そのオークのしわがれた、だが隆々たる声が響く。


「我が剣に込められた幾千幾万の死霊よ。我が呼び掛けに答えて力を示せ“鉄塊霊破”」


 その声とともにネ・ルガンの大剣が振るわれる。

 そして、それに呼応して地の底から響くかのような怨嗟の声が巻き起こり、放たれた矢を打ち落としていく。

 怨嗟の声は弓を放った見張ウォッチャーりたちにも届き、声を聞いた者らは耳を押さえ、苦悶の声を挙げながら倒れていく。


 ネ・ルガンはドズン、と重々しく着地した。

 そこは北門の内側。

 村の中だ。


「あのオークを討てッ!」


 生き残ったリーダーが絶叫する。

 門を中から開けられては村は耐えきれない。

 それを皆わかっていた。

 すぐに生き残りの見張ウォッチャーりが城壁から飛び降り、ネ・ルガンへ戦いを挑む。


「我に挑むか、矮小なる“目”どもめ。よかろう。先に逝った同胞の数、貴様らを冥府へと送ってやろう」


 ネ・ルガンは大剣を頭上に構えながら名乗りをあげる。


「我こそはゴレモリア族の長にして、“鬼将”、闇の御方の剣、ネ・ルガン。命の惜しくない者からかかってこい!」

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