雪の国より4
昔々、この世界には様々な種族が住んでいました。
獣の姿を一部残した獣人、魔法に長けた魔族、繁殖力の強い人間や、怪力のオーガ。
それに自然を愛し森に住まうエルフ。
そして、精霊を尊ぶ黒き肌のダークエルフ。
暁の主ラスヴェートの眷属にして、ダークエルフの英雄であったファリオス神が姿を消すと、徐々にダークエルフたちは虐げられるようになりました。
彼らの信仰する精霊達が契約に応じなくなり、魔法が使えなくなったからです。
そして、ダークエルフの住む森に隠された財宝や資源に目を付けた人間は、彼らを住処の森から追いたててしまったのです。
ダークエルフの女王ネフェリアは激怒しました。
住処を追われたダークエルフを組織し、人間への復讐の軍を興したのです。
魔法を使えなくなったとはいえ、長く生き、狩猟の経験も豊富で弓の扱いも上手いダークエルフ軍は人間たちと互角の戦いを繰り広げました。
しかし、人間の特長は数が多いこと。
大量の人員を投入した反ダークエルフ連合軍は、ダークエルフを打ち負かしてしまったのです。
女王ネフィリアは戦力を整えるために、獣人とオーガの突然変異種であるオークを秘術を用いて量産し、戦線へ投入しました。
強力で、残虐で、そして人を食料とするオークは人間に恐怖をもたらしました。
戦線はすぐにダークエルフ側優勢になっていきました。
ですが人間もただ黙ってやられているわけではありませんでした。
人間を口に出せない秘術で改良し、戦うためだけの“戦闘人種”を造り出して戦いに加えました。
オークと戦闘人種は互角の戦いを繰り広げましたが、数が多い人間が徐々にダークエルフを倒していきました。
北限の地でついにダークエルフと人間は決戦を行いました。
人間側には残り少なくなった戦闘人種と冬の将軍、氷の魔法使い、七人の雪の英雄がいました。
長く激しい戦いの末にダークエルフはさらに北へ逃げていきました。
そこは一年中氷に覆われ、凍てつく風が吹き付ける闇凍土。
生物はそこでは生きていけないと言われるほどの僻地です。
勝利した人間たちは喜びに沸きましたが、それでも再びダークエルフたち闇の種族たちが戻ってくるかもしれないと恐れました。
そのため、生き残った戦闘人種たちをこの北限に残し、“見張り”としました。
また、功績をあげた者らに監視をかねて、この北限の地に領地を与えました。
ここに三つの国が興り、人間に平和が訪れました。
雪の国の王となったオフォルディ・スノウは、戦いの最中ダークエルフの女性と恋に落ちました。
はじめは敵として、やがてダークエルフの彼女は種族を裏切り、人間の味方となりました。
共に協力して闇の種族と戦う二人。
ですが、彼の仲間たちはそれを快く思っていませんでした。
この北の地まで来た人間は多かれ少なかれ、闇の種族に身内や仲間を殺され、恨みを抱いています。
その恨みを、ダークエルフの彼女は一身に受けてしまいます。
オフォルディは彼女をかばい、仲間たちを説得しますがうまくいきません。
そして。
闇の種族が闇凍土へ追いやられたあと。
雪の国の六人の英雄は謀り、オフォルディとダークエルフの女性をキエフの丘で殺してしまいました。
その時、ダークエルフの女性は死に際に消えぬ呪いを六人の血筋に刻みました。
その呪いは……(この部分は破られている)
オフォルディの息子、オルファーンが新たに雪の国の王に即位し、六人の英雄は六大貴族となった。
オルファーンは父とダークエルフ女性のことを嫌っていたため、六大貴族と共に父親の暗殺を黙認した。
そして、キエフの丘の出来事を逆に七人を称えるエピソードに作り替え、国中に流布させた。
六大貴族は後継者にのみ、この話を伝え、余人には隠しとおすことを強く求める。
ベーロア・ボーグはかつて父親に伝えられた話を思い起こしていた。
六大貴族が六大貴族たる所以と、その権勢を保っている秘密。
初代の王を暗殺し、その秘密を共有しているがゆえに。
胸を抑える。
心臓が鼓動を打つ。
まるで早鐘を打つように。
六大貴族への呪い。
あえて書き残さなかったそれは、ベーロアの寿命を削るように胎動する。
「苦しいですか?」
黄金の瞳がベーロアを見ている。
「……ええ」
「彼女の呪いはかくも強く、激しい」
「我らはいつ解放されるのでしょうか」
「解放などされませんよ。死者の呪いは解き放たれることはないんです」
“彼”の前では六大貴族のベーロアでさえ、弱気な老人に過ぎない。
“彼”に希望などないことをつきつけられて、ベーロアは頭を抱えた。
ふぅーと息を吐く。
動悸はゆっくりと収まっていく。
発作の間隔はここ数年、短くなっていた。
“彼”と出会ったのはそのころのことだ。
闇よりも深い黒い肌、そして今もベーロアを見つめる黄金の瞳。
「グスタフには、受け継がせたくないのです」
「前にもお話しましたね。この呪いを薄める方法について」
「ええ」
とベーロアは頷く。
「一つはあなた方の血そのものを薄めること。六大貴族などというものになれないくらい薄まれば、呪いもまた影響を与えなくなるでしょう」
“彼”の言う方法に、ベーロアは最近手元に置いた少年のことを思い出す。
キエフの丘の真の伝承を知らず、呪いの影響もほとんどない。
しかし、ボーグ家の人間である少年。
だが、その方法をとることはできない。
少なくともベーロアやグスタフはしっかりと呪いを受け継いでいる。
「もう、一つは……王家を……」
“彼”は頷く。
「そう。呪いを呪い足らしめているのは、オフォルディを殺した六人の仲間。この七つの血筋が残っていれば呪いは循環し、永遠に受け継がれ続ける」
「ボーグが王家を含む六家を断絶させれば……」
「廻ることない呪いはあなたの代で消えるでしょう」
グスタフがいればよい。
ベーロアは覚悟を決めていた。
祖先が犯した罪によって、血筋に刻まれた呪い。
それをベーロアは納得して受け継いだ。
しかし、我が子グスタフにだけは呪いを受け継がせてはならない。
もちろん、南のベルトライズ王国への対処も必要だ。
強い雪の国を造る必要がある。
それにはグスタフのような才知ある若者が王になり、国をまとめていくのがもっとも効率が良いだろう。
ドンドンドンとベーロアの私室の扉が強く叩かれる。
「ご休息のところ申し訳ございません。学院のグスタフ様から急報でございます」
それは執事のバスチャンの声だった。
黄金の瞳の“彼”はその声とともに、闇に溶けるように消えていく。
「よい、入れ」
「はい」
開かれた扉からはまばゆい光。
いや、これが普通の世間というものだ。
バスチャンは部屋の暗さにわずかに戸惑ったようだったが、それでも何事もないかのように入ってきた。
「グスタフから何の知らせだ?」
「それがにわかに信じられぬことでして」
「よい、グスタフが嘘や虚報を報せることはあるまい」
「では……ストリ・ボーグがドリアード・ルシを魔法によって傷つけた罪によって投獄された、と」
血の気が引くのがわかった。
さっきの“彼”との会話において、グスタフの右腕となるべく育成中の、呪いを受け継がないボーグの少年のことを思い出していた。
その少年、ストリが魔法を使った?
「どういうことだ」
「なんでも、ルシの若君がストリ殿に殴りかかろうとしたところ、魔法によって反撃をされ、右手、及び手首、腕にいたるまで複雑骨折となり、逮捕を命じたとのこと」
バスチャンの言葉はベーロアを通りすぎていった。
正直、ルシの若君のことなどどうでもよかった。
魔法。
はるか昔に失われたそれを、ストリが使った?
そこではたと思い当たる。
そうだ。
ストリは“彼”の弟子ではないか、と。
「これが始まりということですか、ネーベル様」
と、呟いたベーロアの声はバスチャンには届かなかった。




