雪の国より1
ストリは、雪の国で生まれ育った。
北限三国の中でも、雪の国は知識、知恵、賢さを尊ぶ国柄であり、南方諸国の賢者の国に比肩するほどの国立の学院がある。
スノリア学院、あるいは北のアカデミー。
ストリはその学院の生徒の一人だ。
年齢は16。
髪の色は青みがかった銀。
中肉中背の普通の体型。
雪の国六大貴族ボーグ家の分家に生まれた一応貴族の子弟だ。
とはいえ、ストリの家は分家の端の方なので、かろうじてボーグの家名は名乗らせてもらっているが、そこらの貴族の方が地位も領地も上である。
ストリは早々にこの家を継ぐことに見切りをつけ、学者、あるいは賢者を目指してスノリア学院に入学したのだ。
もちろん、やっかみも多い。
ボーグ家のコネを使って入学したのだろう、とか大金を積んで入ったとか、陰で言われたこともある。
それでも、なんとか頑張ってここまで食らいついてきたのだ。
問題は、つい最近受講資格を得た魔法理論である。
数百年前まで実際に使われ、そして廃れてしまった魔法という技術についての講義であるが、これがストリにはちんぷんかんぷんなのである。
そもそも、魔法に対する知識は一般庶民には伝来していない。
おとぎ話で、エルフが魔法を使ったとか、魔法に長けた魔族という種族がいたとか程度の知識しかない。
下級貴族でようやく魔法は実在した、と伝わり、高位の貴族でようやくその知識があるに過ぎない。
つまりは、学院の魔法理論講座は完全に上級貴族向けのものなのだ。
なのに、なぜ下級貴族の出のストリが資格を得れたかと言うと、それはやはりボーグ家の末に位置する家の出だからというしかない。
ストリにしても、この魔法理論から派生するいくつかの単位を取れれば、賢者や博士の職業につける可能性が出てくるため、受講したかったという気持ちはあったが、早々に知識の無さが発覚し途方に暮れているところであった。
「と、いうように魔法には神々に加護を祈る神聖魔法、自身に満ちる魔力を使う魔導魔法、精霊の助力を得る精霊魔法の三種類がある。さて、どうしてこの魔法という技術が廃れたか……ストリ・ボーグ、答えたまえ」
今日も魔法理論の教授に質問される。
どうやら、ストリがボーグ家の権力を使って入学したと思っているらしく、たびたびストリが知らない、あるいは習っていない質問をしてくるのだ。
もちろん、どうして魔法が廃れたかなどストリが知るわけもない。
調べようにも、魔法について記された魔導書のようなものは学院の図書館の蔵書にあるらしいが、いまだストリは発見できていない。
「……わかりません」
「わかりません? 君は栄誉あるアカデミーの学徒だろう? 君の仕事は知識を請うことかね? 違うだろう、知識を得ることだ。行動なくして知識を得ることはできない。君には行動が足りない、そのような者には単位を与えることなどできないぞ」
「……」
「まったく、これだから。誰かわかるものは」
教授の声に一人の生徒が答える。
「いわゆる旧神と呼ばれる神々が姿を消したことで神聖魔法は使えなくなりました。新たなる神々、その主神である暁の主ラスヴェートは精霊と契約を交わし、人間との契約に応じることを止めさせました。これにより、精霊魔法も使えなくなりました。暁の主の行動は神々で魔法を独占するためとも、人間が自らの力で歩むことを望んだためとも言われています」
「その通りだ。さすがはグスタフ・ボーグ君だ」
グスタフ、と呼ばれた青年は軽く頭を下げた。
ストリより白に近い銀髪の美青年である。
正真正銘の大貴族のボーグ家の若君だ。
頭脳明晰、文武両道、さらに学徒からの人気を別の大貴族の御曹司と二分する男である。
ストリからすれば本家の人間、ある意味雲の上の人ともいえる。
「わからなかった者はちゃんと予習してくるように」
と教授が告げることで、今日の講義は終わりになった。
教授に目をつけられたストリに話しかける者はなく、皆無視するかのように横を通りすぎていく。
貴族の子弟たちだけあって、面と向かって罵るものとか、嘲るものはいないが、無視されるのもきついものがある。
「帰ろう」
誰にともなくつぶやく。
今日の講義はこれで全部終わりだ。
図書館に行くのもなんだか、億劫だ。
ストリはゆっくりと立ち上がった。
人の気配が、そこにあった。
顔を上げると無表情のグスタフがいた。
彼以外にもボーグ家の者は分家を含めて何人かいたが、ストリに関わろうとする者は皆無だった。
今までは。
「ストリ・ボーグ。この後、屋敷に来い」
予定を確認することはない。
本家の人間の命令は、分家にとって絶対だ。
ストリはそのまま、グスタフに連れられ彼の送迎用の馬車に乗せられることになった。
学院の敷地を出て、王都を横切り、ボーグ家の屋敷へ向かう馬車の中でグスタフは口を開かなかった。
無論、ストリの方から話しかけることはない。
長い沈黙の中で、グスタフは一度口を開いた。
「キエフの丘の七雄を知っているか?」
「はい。一応、ボーグの生まれですから」
「そうか」
それきり、グスタフは窓の外ばかりを見て、ストリを見ることはなかった。
キエフの丘の七雄、というのはこの雪の国建国に関わる伝説である。
闇の種族の侵攻を食い止め、北の凍土へ追い払った人類は闇の種族の再来を防ぐため、この地に障壁となる国家を造ることになった。
征伐軍の総司令官であったウィンタリア将軍が最北の地に堀を廻らせた要塞を建て、そこを中心とした冬の国を建国した。
また、征伐軍の魔法使いであったグラレムが氷の魔法で宮殿を生み出し、そこを中心として氷の国ができた。
そして、征伐軍の勇士七人が武功をたて、このキエフの地を賜った。
ボーグ、ペルーナ、モコス、ルシ、ダズン、シマリグ、スノウの七人はくじをひいて王を選んだ。
選ばれなかったものは全員で選ばれた王を支えるという約束をして。
その結果、スノウが王となり、残りの六人は後の六大貴族の始祖となった。
その国は雪の国と呼ばれ、この王を選ぶくじ引きをキエフの誓い、この七人の故事をキエフの丘の七雄と呼ぶ。
分家の末のストリのボーグ家にも、この故事は伝え残されている。
キエフの丘は、今では王城が建てられており、城の中庭に七人の石像が残されている。
それがどうしたというのだろう。
無言のグスタフからは何も読み取れない。
馬車はボーグの屋敷の前でゆっくり止まった。
グスタフの帰宅にあわせて、家令と使用人が恭しく頭を下げて待っている。
なるほど、グスタフはまさしく貴族なのだな、とストリは思った。
同じボーグ姓を名乗るのが恥ずかしくなる。
「皆、彼は我が曾祖父バルソエの三男、ユーファエの次男、カリンアエの子であるストリだ。ボーグの一員として遇してくれ」
と、グスタフがストリよりも詳しくストリの家系を述べて紹介した。
驚いたストリがグスタフを見ると、彼はふいっと顔を逸らした。
「少なくとも王都にいる一族のことは把握している」
とだけ、グスタフは言った。
「ストリ様、ボーグ家の家令を仰せつかっておりますバスチャンと申します。以後、お見知りおきを」
「は、はい。……よろしく……お願いします」
「まずは父に会ってくれ。バスチャン、私は夕食まで休む」
「はい、かしこまりましたグスタフ様。では、ストリ様、こちらへ」
グスタフはさっさと歩いていく。
それを不安に思う間もなく、ストリはバスチャンに案内されて当主の部屋へ向かう。
この時ストリは、どうしてこうなった、と思っていたのだった。




