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ダークウォッチャー  作者: サトウロン
13/52

冬の国にて4

「闇の種族と戦い、これを討ち取ることこそ冬の国の戦士の誉れ、いざやいかん。決戦の時!」


 コールディンの号令のもと、王都と堀を結ぶ跳ね橋が下ろされる。

 白銀の鎧をまとった王を先頭に王都の残存兵力が橋を駆ける。

 オークたちはついにはじまった戦闘に雄叫びをあげる。

 こうして冬の国の命運をかけた決戦が始まった。


 午前8時に始まった戦いは、開幕三十分でオーク・ゴレモリアの戦士が王弟ロッキールを討ち取ったところから形勢が定まりはじめる。

 父の仇を討たんと、王弟第一子、第二子及びその子らが手勢を率いてゴレモリアの戦士に突撃、二十体ほどの戦士を討ち取ったが、全滅した。

 アウラの父、王弟第三子は後方から不意をつかんと攻め寄せ、兄たちが討ち取られた隙をぬうように突撃、オーク四体を討ち取ったが戦死した。


 体勢を立て直そうと国王コールディンが兵をまとめ、重装近衛師団がこれを補佐し、オークの追撃を食い止める。

 昼過ぎにはオーク軍と冬の国軍の戦況は膠着し、にらみ合いの状態になっていた。

 オーク軍は少ないとはいえ戦士が二十体以上倒されている。

 これはウォッチャーの村を襲った時に匹敵する損害であった。

 とはいえ冬の国は王弟一族が全滅、全軍の三割が戦死している。


「流石に防壁の国だけはある」


 オーク軍の指揮官であるゴレモリアの族長ネ・ルガンは困ったように言いながらも、どこか嬉しそうだった。

 ようやく、強い者と戦えるという喜びに、だ。

 今までのは到底戦とは言えないものだった。

 遠くからの自動弓バリスタによる狙撃、無抵抗の村への襲撃と、そこにいた人間しょくりょうを食べないで連行、そして堀へ突き落とすなど、どれもこれも面白くない。

 主人たるダークエルフの命令だからこそ従うが、他のオークもしぶしぶだったことは間違いない。


「族長、あのギンギラは俺にやらせてくれ」


 とネ・ルガンへ具申してきたのは、戦士ガ・オドンだ。


「あれは人間の、族長だと言うぞ?」


 王という単語はオークにとってダークエルフと同義なため、ネ・ルガンは冬の国の王のことをそう訳した。

 あながち間違っていないだろう。

 少なくとも、あの老人がダークエルフに匹敵するとは思えなかった。

 だが、部族の長というレベルには達していよう。


「それでも、だ」


「単なる功名を求めてであるなら、それは認められぬ」


「違う。俺は、戦士ガ・デオルの仇を討つ」


 ガ・オドンは同じ氏族クランに属する戦士の名を口にした。

 氏族クランは戦士の集団であり、時として別の部族であっても協力するほど、その絆は強い。

 ガ氏族クランは古語で武人を意味する言葉でもあり、その絆は他氏族に比べても強い。


「なれば、私は勇猛なるガ氏族を策に使わねばならなくなる」


「族長?」


 冷徹な顔でネ・ルガンはガ・オドンを見た。


「ゴレモリア部族におけるガ氏族の戦士を正面から突撃させ、敵の族長“銀鎧”を打つ。さすれば、敵の主力はそこに集まるであろう。ガ氏族の戦士は徐々に戦場を跳ね橋から引き離し、隙を見て残りが壁の中に突入する」


「おお!」


「我らはこれで敵の籠る壁の中を侵掠でき、かつお前の宿願も果たせるであろう……だが、ガ氏族は間違いなく全滅する」


 囮である。

 敵主力とぶつかれば、いかに強靭なオークであっても死を免れ得ない。


「ご心配には及びませぬ。我らは役目を果たし、そして宿願を果たす。そのうえ、全力で戦えるとあらば、これ以上何を望むものか、と」


「よかろう。攻め時は敵の引き際、夕刻となろう。そのまま夜戦となる。覚悟はよいな?」


 ガ・オドンは晴れ晴れとした顔で頷いた。



 夕刻。

 冬の国軍は警戒しつつも、そろそろと軍をまとめ王都内に引く準備をはじめていた。

 決戦という決断は、王弟一族の全滅というあまりにも大きな代償を払うことになってしまった。

 その穴を埋めるためにも、休息は必要だった。

 夕暮れともなれば、戦意も薄れる。


 ガ・オドンは地面を踏みしめる。

 人間にとってここは北限、冷たい大地だ。

 しかし、オークにとってここは南国。

 これから夜が来ようとまだまだ暖かい。

 つまり、まだ戦えるということだ。


「我らが祖霊にこの戦を献上し奉る。我らは命をここで失おうとも大地奪還の大望を果たすべく、いざ一戦つかまつる」


 同じように同胞を失ったガ氏族の戦士、そしてゴレモリアの志願した戦士たちがおのおのの武器を握り、祖霊へ祈った。


 ガ・オドンは静かに言った。


「突貫」


 静かに、そして力強くオークの戦士たちは攻め込んでいく。



 それにいち早く気付いたのは殿軍にいた王孫ドーヌの軍だった。

 血のような夕暮れに駆け寄る悪鬼のごときオークに、恐怖しながらもそれでもドーヌは的確に指示を出す。


「盾兵防御陣形! 父上と陛下に報せよ!」


 屈強な兵が身の丈以上ある鉄の盾を地面に突き刺す。

 尖った先端がスパイクとなり、防御力がさらに増すのだ。

 ガ氏族戦士とドーヌの盾兵は正面衝突した。

 オークの平均体重は百キロを超える。

 そんな肉の塊が追突してくれば、鉄の盾とてひしゃげてしまう。

 ぐにゃりと曲がった盾はそれ以上防御の役目を果たせない。

 もちろん、突撃してきたオークとて無事ではない。

 肩の骨は砕け、腕は使い物にならないだろう。

 それでも、先頭のオークたちは再度、突撃する。

 このガ氏族戦士は決死隊だ。

 そして、先頭に立った戦士は敵の守りを崩し、道を切り開くことのみを目的としている。

 だからこそ、骨が砕けちろうと彼らが体当たりを止めることはない。


「ぐッ、こいつら何を! アウラ!」


 一度は婚約した相手の名を叫び、ドーヌはオークの体当たりに巻き込まれ、圧死した。


 殿軍が潰されるのを見た国王コールディンは己の指揮下の近衛師団を反転させ、ドーヌを救出せんと戦場へ躍り出る。


「おのれッ、油断したわ!」


 銀の鎧は夕焼けに真っ赤に染まり、その白髪も赤々と輝いて見えた。

 抜き放った魔剣“モロルガン”が閃き、一度振る度にオークの命を奪っていく。


「父上、お引きください。ドーヌは、ドーヌは殿軍にございます。覚悟の上です」


 コールディンの後ろにいたフリーズは、必死に父を止めようとする。

 冬の国の旗頭は間違いなくコールディンだ。

 ここで国王が命を落とすことになれば、士気は下がる。

 それはたとえ、我が子ドーヌが死のうとも避けねばならぬ、とフリーズは覚悟している。

 全員死ぬ気なのだ。

 それが後になろうと先になろうと関係はない。

 だが、国王コールディンだけはなるべく後の方がよい。


「フリーズ! 余を止めるな。我が生涯はこの一戦のためにあった。余を、止めるな!」


 しかし、コールディンはそのフリーズの覚悟すら飛び越えた。

 そのまま、前線へと突き進む。


「くッ! なれば……国王陛下に従え、オークどもを蹴散らせ!」


 コールディンがやる気ならば、その士気の高まりを全軍に伝播させるよりない。

 強き将に率いられれば、弱卒も強兵へと変わるものだ。


 ガ・オドンはついに仇たる銀の鎧コールディンと邂逅した。


「人間の族長よ、我が鉄棍の錆びとなれ!」


「オークの戦士よ、今の余はたとえ鬼とて止められぬぞ」


 振るったガ・オドンの鉄棍は空を切った。

 コールディンに届く前に、彼の魔剣が鉄棍を切断してしまったのだ。


「流石!」


 ガ・オドンは悟った。

 これには勝てぬ。

 だが、我らは勝った!


 凍えるような冷気が、ガ・オドンの首筋を通り抜けていった。

 モロルガンがオークの首を切り落としたのだ。

 死に至る瞬間に、しかしガ・オドンは笑った。

 なぜならば、人間どもの城壁の上に確かにネ・ルガンが立ったのを見たからだ。


 コールディンの活躍はあれど、オークの策の通りに事態は進んだ。

 ドーヌ軍を押し潰したガ氏族戦士に、コールディンが応戦、フリーズ軍も参戦する。

 熾烈な戦いを続けながら、ガ氏族戦士は徐々に跳ね橋から引いていく。

 指揮官たるコールディンと次席であるフリーズがともに前線に出たことによって、城内の指揮は取れずゴレモリア氏族軍が跳ね橋を渡ることに成功する。


 主力が城外にあった冬の国軍は瞬く間に王都を制圧された。

 冬の国はその日、陥落した。


 兵士の誰かが、手に持った武器を取り落とした。


 ガラン、という空虚な音が響いた。

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