冬の国にて2
アウラが必死に伝えた“闇の種族の到来”の情報を、意外にも父親は信じてくれた。
すぐに情報は国王、王弟、そしてウインタリア七将、それからウインタリア王都の全軍に伝達された。
その速度はアウラにしても異常と思うほど早かった。
「アウラのことをみな信じているからね」
と父親は言っていた。
「どうして?」
「君の言うとこをちゃんと聞きなさい、と母上から言われていたからね」
父親の母親ならば、アウラにとっては祖母だ。
祖母シナツは、この事態を予測していたのだろうか。
夜が明け、北の地平線にその影が見えた時、アウラは自分の予測が当たっていたことを知った。
色とりどりなのにどこか陰惨な集団、異形、闇の種族。
オークの軍団の出現である。
すぐに王都と外を繋ぐ跳ね橋が上げられた。
これで外からの侵入手段は深く長い堀を泳いで渡るか、空を飛ぶしかない。
そして、往古の時代空を飛ぶ魔物がいたということをこの国の住人は知っている。
城壁には大型の自動弓が何台も設置され、空を、あるいは大地を狙う。
まさに鉄壁の要塞だった。
陽が登ると、敵軍がはっきりと視認できる。
オークの軍団だ。
おとぎ話の、子供をおどかすためくらいにしか語られなかった闇の種族。
それを実際に目の前にしてなお、冬の国の兵士の士気は高い。
即位して四十年、齢六十七歳、老齢なれど意気軒昂たる冬の王コールディン・ウィンタリアが最前線に立っているからだ。
王室の伝来する白銀の鎧に、青い刀身が特徴的な魔剣“冬の剣”を腰に佩いている。
その姿は、まさしく北限三国の頭領たるに相応しい威容であり、彼が矢継ぎ早に指示を出す姿に全兵が頼もしさを覚えていく。
開戦から数日は冬の国側が優勢に進めていた。
自動弓によって遠距離攻撃ができる人間に対して、オークは有効な遠距離攻撃の手段を持たない。
備蓄された兵糧は王都の人員全てが一年以上食べるのに困らないほどあり、武器や鎧、自動弓の矢も大量にある。
それは貯蔵庫を視察したアウラがその量に目を回すほどだった。
「なぜ、これほどの量が?」
とアウラが無意識に発した言葉に。
「食料は常に備蓄されている。また今回は敵の接近以前に準備ができたために素早く補充ができた。どこかの姫君のおかげでな」
と答えがあった。
「ふ、フリーズ様……」
アウラが驚いたのも無理はない。
答えたのは王太子フリーズ・ウィンタリアだったからだ。
一応、アウラも王族ではあるが、王太子と比べればその地位は月とすっぽんである。
すでに国政にも参加し、自前の軍団も持つフリーズは国王が亡くなったとしてもすぐに即位できるほどの実力と権力を持っている。
なるほど、彼の指揮なら、この備蓄の量も納得できるとアウラは思った。
「野原で遊んでいるだけだと思ったが、野生の勘もバカにはならぬな。この戦が終わったら、正式にドーヌとのことを進めても良いかも知れぬ」
なんだかバカにされたような、それでいて物凄い重要なことを決められたような気がする。
ちなみにドーヌとはフリーズの息子で王位継承権三位の王子様だ。
「ど、ドーヌ様とのこととは?」
「ふん。お前とドーヌをくっつけようと父上のお考えでな」
「はい?」
「最初は父上は何を考えているのか、と思ったが。このような事態に役立つ能力があるなら、王家に残しておくのも悪くない」
なんだか、アウラの人格云々より、勘の方を重視されているようだ。
「わ、私がドーヌ様のき、妃ですか!?」
「なんだ、不満か? このままだと確実に平民になるぞ?」
「そ、それはわかっておりますが」
「まあ、この戦いが終わり、お前が王家に相応しい教養と振る舞いを身に付けてからの話だろうがな」
とまあ、このように王太子フリーズに言われ、アウラは混乱してしまったのだった。
このあと、ドーヌ王子とまともに会話できなくなってしまったのは余談である。
攻めあぐねたオーク軍が次の手を打ってきたのは開戦五日目。
それは冬の国側の余裕を一発で吹き飛ばすことになる。
五日目の早暁。
オークが王都の包囲を解いた。
いくらかの残存部隊がいたが、五千のオークの大半が姿を消した。
その状況を見て、王都内では対応が議論された。
簡潔に言うと、オーク駆逐すべし、と罠かもしれないから状況を見極めるべし、との二つである。
そのどちらが是だったのかは、そのすぐあとにどうでもよくなってしまった。
昼前にはオーク軍のうち二千ほどが帰ってきた。
百名ほどの捕虜を連れて。
そう捕虜だ。
生きたままの人間である。
オークは肉食であり、人間もその範疇に含む。
ゆえにオークは人間を殺す。
食うために。
それは冬の国の残されていた文献からも確認できる。
だからこそ、王都は敵を侵入させないように建造されたのだ。
人間を生きたまま連れてくると言うのは予想外の出来事だった。
そもそも、その捕虜はどこから来たのか。
「あれは、シモフリ村の連中では?」
城壁で守備を担っている兵士の一人が呟く。
以前、巡回任務で見た事がある。
同じような経験を持つ兵士らが同意する。
彼らの推測は当たっている。
夜明けとともに包囲を解いたオーク軍は全軍で、シモフリ村を強襲した。
戦略的にはほとんど無意味なため、避難指示だけが出されていた村を、だ。
その結果、王都の様子を知るために残っていた百人あまりが捕らえられた。
「何をする気だ?」
兵士の誰かの、その呟きのあとオークらは捕虜を突き落とした。
薄く氷の張った堀へ。
百人あまりの全員を。
衰弱していた捕虜は、凍える寒さの水中に叩きおとされ、ショック死する。
そして、堀に死体が積み重なる。
「何をする気だ!?」
さきほどの呟きとはまた違うニュアンスで同じ言葉が放たれる。
オークの行動が、その理由がわからない。
「まさかな」
と白くなった顎鬚をさすりながら、国王コールディンは呟く。
それは、そのまさかが来てほしくない、という祈りが込められていた。
午後になって、またオーク軍約千体が包囲に帰ってくる。
そこにはまた百人ほどの生きたままの捕虜がいた。
そして、また捕虜は堀へ落とされる。
死体は積み重なる。
そして、兵士は気付いた。
「まさか、奴ら死体で堀を埋める気なんじゃ」
あまりにも、残酷な想像に周りの兵らの顔が青ざめる。
オークの陣営で旅支度をしながらダークエルフは命令を下す。
「渡れないのならば埋めてしまえばいい」
簡単に言い放った言葉にネ・ルガンは方法を問う。
「何を、使ったほうがよろしいでしょうか?」
「ここらは土も痩せ、木々も少ない。だが、たくさん実り繁殖しているものがある。我々の目的はそれらの根絶。敵を攻めるのに使えるのなら一石二鳥ではないかな」
「すぐにとりかかりましょう」
と主従の会話があったのは昨夜である。
そのままダークエルフは雪の国へ出発し、ネ・ルガンは指揮を預けられた。
一時包囲を解き、近隣の村へ襲撃を命じる。
そして、五日目の終わりの時点で四百人が堀へ落とされ亡くなった。
その日の内に王都側は優劣が逆転し、決断を迫られていることに気付いたのだった。




