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ダークウォッチャー  作者: サトウロン
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序章

 風吹きすさぶネ・モルーサの夜明けはいつ見ても気持ちの良いものではない。

 うすもやの中を白い皿のような太陽がゆっくりと昇っていく。

 肌を刺すような冷たい風も、朝日ともに和らいでいく。

 とはいえ、まだ冬の北風程度の寒さは残っているが。

 その風に熊皮の外套の隙間を無くそうともぞもぞとゲイルは身動ぎする。


 昨夜も何事もなかった。


 北の果て、闇凍土ネ・モルーサは今日も平穏だった。


 完全に朝日が昇りきったのを確認して、ゲイルは立ち上がった。

 体のあちこちでゴキゴキと音がなる。

 動いたからか、暖まってきた。

 そして、もう一度だけ荒野の方を見て、何事もないことを確認するとその場を離れた。


 夜警の任務は一月に二度巡ってくる。

 一睡もせずにネ・モルーサと人界との境界を見張るのだ。

 それは、見張ウォッチャーりたちの大事な役目の一つだ。


 ゲイルは今月二度目の夜警を終えた。

 あとは村に帰って、暖かなスープを飲み、寝床に潜りこむだけだ。


 冷たく、そして乾いた道を歩くと足元の霜がザクザクと音をたてる。

 ゲイルはその感触が好きだった。


 人界の北の最果て、ヨルド平野のほぼ真ん中にウォッチャーの村がある。

 太い木材でつくられた柵が村を囲み、見張り台がいくつも建てられている。

 村の中には木の家が十棟ほど並んでいる。

 家は村の中を円を描くように配置され、円の中心にはかがり火が焚かれている。

 守護炎ガードファイアと呼ばれるこのかがり火は、村が創建されてから、一度も絶えたことがないという。


「戻ったか、ゲイル。ネ・モルーサに異変は?」


「何もない。戦長チーフ


 見張ウォッチャーりの統率者にして、実際に闇の尖兵を屠ったことのある戦長チーフのカームが守護炎ガードファイアの側から話しかけてきた。

 これは夜警から帰還した見張ウォッチャーりへの儀式のようなもので、この短い言葉の交換で夜警任務が完了する。


 カームはその濃い髭がまるで熊のように見える顔で笑う。


「小僧っ子が一人前に夜警をするようになるとはな。俺も年をとるわけだ」


「あんたは俺が小さい時から、年寄りだったじゃないか」


「そんなことはない。俺にも若いときはあったし、お前が小さいころはしわだって今より少なかった」


 守護炎ガードファイアに照らされて、久しぶりにじっくり見ると、確かに壮年の戦長チーフの顔にはしわが刻まれていた。

 長い時を、この村で見張ウォッチャーりとして、ネ・モルーサを見張り続けていた、その時が刻まれているのだ。

 妹と見張ウォッチャーりになるための訓練を受けはじめてから、もう十何年もたった。

 確かに、年はとるのだ。


「……もう、寝るよ」


「ああ、ゆっくり寝るといい。休むのも大事な仕事だ」


 守護炎ガードファイアに顔を向けた戦長チーフに背を向けて、ゲイルは家に向かって歩きだした。


 この村では、この村の中だけの身分で住む場所が決められる。

 一番大きな二階建てで地下室もある家は、見張ウォッチャーりの家だ。

 その隣に立つのは見習いとか訓練生が住む家になる。

 その他にも、引退した-生きている引退者はそう多くは無いが-見張ウォッチャーりが住んでいる家、子供たちと母が住む家など、役割に応じて家が変わるのだ。

 現役の見張ウォッチャーりであるゲイルは、一番大きな家の一階に部屋を持っている。

 年若い見張ウォッチャーりは有事の際にすぐに動けるように一階に住み、現場の指揮官となるベテランは二階に住むことが多い。

 戦長チーフのカームも二階に住んでいる。

 ちなみに地下には武器庫と鍛冶屋があり、見張ウォッチャーりたちの武器を貯蔵したり、作成したりしている。


「お帰りになったのですか、兄様」


「ああ。今帰った」


 出迎えてくれたのは、妹のコガラだ。

 背はゲイルよりも低いし、体格も華奢なのだが見張ウォッチャーりの訓練では、いつもゲイルに食らいついてくるほどの技量と根性の持ち主だ。


 この村における兄妹、姉弟の関係は一般的なそれとは違う。

 見張ウォッチャーりの力は血に宿るとされていて、それをなるべく薄めることなく、彼らは継承し続けている。

 近親婚を長い間、続けているということだ。

 村で生まれた子は、みな村の子供として一箇所に集めて育てられる。

 そして、母の役割を持つ女性によって養われる。

 その中で年の近い男女がペアとなり、兄妹、姉弟となるのだ。

 それは、戦闘でのパートナーであり、適齢期には婚姻関係を結ぶパートナーでもある。

 補足として、パートナーを失った男性は村の外で人界との交渉役となる連絡員ウォーカーとなり、女性は母となることになっている。

 もっとも、死ぬまで単独の見張ウォッチャーりであり続ける者も少なくない。


 ともあれ、ゲイルとしてはまだコガラのことは妹以上には思えない。

 将来、どういう関係になるのかはわからない。


「兄様、暖かいスープができまてす。飲みますか?」


「もちろん。夜警のあとは暖かいものを取らなきゃ、凍えてしまう」


「ネ・モルーサというのはそれほど寒いのですか?」


 見張ウォッチャーりの訓練を受けてはいるが、まだコガラは夜警に出たことはない。

 村の外の警備が一番遠出した事柄だろう。

 だから、闇凍土ネ・モルーサの全てを凍てつかせる風を想像できない。

 ゲイルもネ・モルーサに行く前は想像していた。

 どれほどの寒さであろう、かと。

 だが、実際に吹きすさぶ極寒の風は、想像をはるかに超えていた。

 人間があの地にいれば、どんな重装備でも三日で凍死する。

 だから、夜警は一日ずつなのだ。


「ああ、真冬の夜が真夏に感じられる程度には寒い」


 コガラは呆れたような顔をする。


「それほどとはとても思えません」


 会話をしながらも、コガラは木の器にスープを盛り、ゲイルの前に置く。


「お前ももうそろそろ夜警の任務が与えられるだろう。だから、その時にわかればいいと思うぞ」


 スープをすすると、凍えた舌と、臓腑に暖かさが染み渡っていく。


「三日後です」


 コガラの初めての夜警の日、のことだろう。


「そうか」


 なら、そろそろ三日後のスープの仕込みをしていた方がいいかもしれない、とゲイルは思った。



 明るい内から眠ることができるのは、夜警の任務の報酬の一つだ。

 この時ばかりは、緊急事態以外のどんな事柄も眠りを妨げることはできない。

 暖かな寝台で、毛布にくるまり目を閉じる。


 寝入り端にゲイルはよく悪夢を見る。

 浅い眠りだと見易いとは聞いたことがあるが、こう毎度だと自分は違うのだろうと判断する。


 この時見たのは、二足歩行する怪物の群れに襲われる夢だ。

 筋肉質で緑や黄色の肌、でっぷりと太っているように見えるが全身が筋肉なのだ。

 そして、醜悪な顔。

 憎しみに満ち満ちた顔。


 オーク。


 古き時代、北の果てに追いやられたエルフの変異種。

 武器と呼ぶには原始的な金属の棒を振り回し、次々に見張ウォッチャーりたちを屠っていく。

 その中には、戦長チーフのカームや、コガラの姿もある。

 その中でゲイルは動けない。

 動けないまま、殺戮を見ている。

 見続けている。


 そして、オークの中に長身の影のような姿の何かが現れる。

 エルフだ。

 オークと同じように古代の時代に消え去った種族。

 影のような肌はもしかしてダークエルフか?


 そのダークエルフはゲイルを見た。

 ゲイルとダークエルフは視線を交える。

 黄金の瞳。

 目を逸らすことができない。


 そしてダークエルフは笑った。


 夢はそこで終わった。



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