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太平の勇者  作者: 赤の虜
序章 はじまりの惨劇
2/6

二話 運命の出会い

「こノトビラのムこうニジェルマンサマがイまス」


 リザードマンメイドに連れられ、俺は大きな扉の前に立つ。

 帝国に従属する魔族の城。その主の息子とは一体どんな人物なのだろう。ドールという魔族の息子とは言っても、年齢はいくつなのか、そもそも魔族とは人族と同様の成長の仕方をするのか、生まれてすぐに立ち上がり、野を駆けてしまうかもしれない。

 ああ、やはり気が進まない。誰か代わってくれないものか。

 だが、目に映るのはパッチリ眼のリザードマンメイドのみ。しかも長時間見ていると懸想をしていると勘違いされてしまうおまけ付き。

 よし、早く行こう。さっきのことは俺のトラウマとなった。これ以上は許容できない。

 俺は重厚そうなドアノブに手を掛け、開こうとする。が、一向に扉は動かない。


「…………。あの……締まってないですか?」


「いいエ、カギはかカってイマせン」


 俺に代わり、リザードマンメイドがノックをして、軽々と扉を開き、入室を薦めてくる。

 おかしい。すごく重かったのだが、魔族はこれほど重い扉を使い、日常生活を送っているのか。

 部屋に入ると、中央にはソファーが二つ、丸いテーブルに対面になるように配置され、部屋の隅にはベッドがあり、窓が二つ、手前には大きな本棚にびっしりと本がある。しかも幼児用が読むような絵本や童話などは一切なく、あるのは専門書ばかり。


「子どもの部屋というより、年寄りの部屋って感じだ」


「酷いことを言う。そうは思わないか、イルブラッド」


「ふん、俺が知るか。もう剣の修行に戻ってもいいか? 俺は忙しい」


「つれないな。客人の前だというのに」


「仕方ないですよ、ジェルマン様。イルブラッドは礼儀知らずの剣術馬鹿です。この子に客をもてなす技量はありません」


 ソファーからひょっこりと現れたのは二人。一人は艶のある黒髪に穏やかな笑みを浮かべる少年。もう一人はこちらを睨みつけて舌打ちする目つきの悪い少年。


「挨拶が遅れてしまったね。僕はジェルマン。半吸血鬼だ。そして、こっちがイルブラッド。魔族ばかりの城で住む唯一の人族にして、僕の親友だ」


「誰が親友だ。おっとりジェルマン」


 俺はジェルマンの紹介に驚いた。まさか魔族の城に人間がいるとは思いもしなかった。見る限り、彼らの関係は良好のようだ。

 人族の間では悪名高き魔族だが、ひょっとするとまともな奴もいるということか?


「俺はパシフィカ。一家で行商人をしている人族だ」


 俺は人族という部分を強調して言った。彼らへの牽制だ。俺は人族、お前たちは魔族だと線引きをしたのだ。

 俺の言葉にイルブラッドと呼ばれていた少年が睨みつけてきた。


「な……なんだよ。俺を睨んでも態度を変えるつもりはないぞ。そもそも魔族が人族を襲うから悪いんだ」


 そう、俺が言っていることは間違っていない。その証拠に人族の中でも、より強く魔族に敵意を持つ聖王国は大々的に『魔族は生まれついての悪だ』と宣言しているのだ。


「おい、お前……いい加減にしないと」


「イルブラッド、やめなさい」


 俺に近づいて来ようとしたイルブラッドが、突如として彼の背後に現れた何かに鋭い一撃をくらい、頭を抱えてしゃがんでしまった。


「居候のイルブラッドが失礼をしました。お許しください」


 メイド服を着た、灰色の肌をした少女だった。メイド服とは言っても、リザードマンメイドと違い、少女は鱗ではなく張りのある、美しい肌で、顔立ちをこれ以上なく美しい。

 灰色の肌を見ても、どう考えても魔族の少女である。これまでの俺の魔族への忌避感を思えば、眉をひそめているところ。

 ――――しかし。

 俺は眉をひそめるどころか、顔から火が噴きそうなほど熱くなっていた。


「いや……その、あの、俺は気にしていないのでっ、彼を許してやってください!」


「はい? 客人であるあなたのそう言うならば、そのように致しますが……」


 メイドさんは明らかに動揺していた。まあ、いきなり魔族に嫌悪感丸出しの男が敬語を使い始めたら、誰でもそうなるだろうけど。

 美しい。なんだ、この美少女は! 彼女はどう見ても魔族だ。肌の色だって灰色だし。だが、それがどうした! 今の俺にとっては下賤な魔族なんて感情はない。魔族、いいじゃないか! 彼女のような美しい女性がいるというのなら、俺は喜んで魔族と友好的になろう。

 なに? 動機が不純? 気にすることはない。生物はみな、欲のために生きている! だから、俺の動機がどうであれ、過程がどうであれ、そんなこと気にすることはない!


「ところで、あなたのお名前は? 年はいくつでしょうか? ああ、失礼。女性に年を聞くのはマナー違反でしたか。ならば、せめてお名前だけでも教えていただけないでしょうか?」


 俺は矢継ぎ早に尋ねた。ここは魔族の城。彼女との出会いは今を逃せば、永遠に失われてしまうかもしれない。いけない。絶対にそれはいけない。何としてもでもお近づきになりたい!

 もはや俺に魔族がどうこうなどという小事などどうでもいい。今はこの美少女と接点を持つとうい大事が何よりも重要なのだ。


「えっと……そのー……」


 メイドさんがジェルマンへと視線を送る。


「パシフィカだったね。君は少し落ち着いて……」


「あ、ジェルマンさん。今、取り込み中だから黙っててくれる? 俺はこの一瞬に命をかけてるから」


 俺は止めに入ったジェルマンを一蹴。


「お願いします! お名前を教えてください! この通りです!」


 俺は床に両膝をつき、両手も床について、頭を下げた。行商人として旅で見たことのある、平民が全力で貴族に懇願していたときの頼み方。

 今が俺にとって、全てをかけるときなのだ。


「名前を聞くために、普通そこまでする?」


「わかったぞ、ジェルマン。こいつは普通のいけ好かない人族じゃねえ。色ボケしたクソ人族だ」


「二人とも客人なんですから、あまり言い過ぎないように。……正直私も引いてますけど」


 全力で頼んだ結果、言葉の暴力を受けた。

 おかしいな。農民はこれで貴族から税を免除してもらっていたのだが。


「顔を上げてください」


 名前を教えてもらうまでは一生ここに居座ろうと思っていた俺に、メイドさんがそう言ってくれた。


「いえ、あなたの名前を教えていただくまで、俺は一生ここにいます!」


「一般の、魔族を差別する人族とは別方向で面倒な人族だね」


「俺が追い出そうか? だから、ジェルマンは窓を開けてくれ。庭に放り出す」


「いや、それをすると父上がなんと言うか……仕方ない。名乗ってあげて」


 ジェルマンは呆れているようだ。

 よし、良くやった! おっとりジェルマン!


「わかりました。パシフィカさん、聞き逃さないでくださいね。……私の名はトリケリー。ゴブリンの変異種、イビルゴブリンのトリケリーです」


 イビルゴブリンのトリケリー。トリケリー。トリケリー。

 覚えた。


「ありがとうございます! 俺の心のオアシス、トリケリー」


「はい?」


 俺はすぐに頭を上げ、立ち上がる。


「いやー、よかったー。ほら、ジェルマン君とイルブラッド君も一緒にこの喜びを分かち合おうじゃないか! もちろんっ、トリケリーも一緒に!」


 ここで、距離をおいてはトリケリーさんとは知り合いで終わってしまう。速攻だ。速攻で心の距離を詰める。そのためなら、初対面の美少女を呼び捨てすらしてやる。ふん、行商で培ってきた俺のコミュニケーション能力を舐めるなよ!


「え……遠慮しとくよ。僕は日課の読書があって……」


「ドールさんに客人の相手をするように言われているんだろ?」


「ぐっ……」


「俺は剣の修行がある」


「一人じゃ見えない景色ってあると思うんだ。僕は行商人として世界を旅してきた。その経験を聞くこともまた、君が成長するには必要だと思うよ」


「必要ない」


 そう言って、部屋を出ようとするイルブラッドの肩を掴む。


「離せ!」


 振り向きつつ、殴り掛かってくるイルブラッドを、俺は身体の位置を少しずらすことで回避。ついでに彼の踏み込み足に、引っ掛けて転がす。


「弱いねえ。君はもう少し見聞を広げないと」


 具体的には俺の父さんと模擬戦闘として、命の危機というものを体験するといい。あれは怖かった。何度も降参と言っているのに、剣を持って追い回してくる父さん。

 これまで人族の世界で旅をしてきたが、未だに父さんを超える化物には出会ったことがないので、俺もイルブラッドのことは言えないのだが。


「ちっ」


 イルブラッドの説得ができた。後は、本命。


「私は紅茶を淹れてきますので」


「その後は是非ともトリケリーも一緒に話をしよう!」


 この日、俺は運命の出会いを果たした。

 これまで邪悪の化身のように思っていた魔族。その彼らは、一人は俺の人生で誰よりも仲の良い親友となり、一人は愛しい人になった。

 その後、俺は魔族の城、ミサップ城での滞在期間を大幅に延長してもらうことを父さんに約束させた。

 本当は永住したいと申し出たのだが、流石にそれには賛成してくれず、拳骨を一発。

 何とか勝ち取ったのが、二か月の滞在であった。


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