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太平の勇者  作者: 赤の虜
序章 はじまりの惨劇
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一話 魔族の住む森

新作です。投稿は不定期で執筆が終わり次第、順次投稿していきたいと考えています。キーワードに勇者がありますが、真っ当な正義のヒーローのような勇者とは微妙に違うので、王道が好きな読者様には不向きかもしれません。



『人族と魔族が手を取り合う未来』


 それが俺の夢。

 人族も魔族もさして変わらない。話してみれば互いに親友にだってなれる。触れ合えば、恋にだっておちる。

 俺は知っている。

 怯えなくてもいい。あいつらは気のいい奴らだ。あの娘は綺麗な女の子だ。

 話してみればいい。喧嘩だってどんどんしてくれていい。互いに文句を言い合って、不満はぶつけ合って、それで知っていけばいい。

 誰だって最初は怖いだろう。でも、きっと大丈夫だ。俺が架け橋になってやる。障害があるなら取り除こう。

 だから、人族よ、知ってくれ。知ろうという努力をしてくれ。

 俺はいつでも協力しよう。暴れる魔族がいたらとっちめてやろう。だから、偏見で魔族を見るのだけはやめてくれ。耳を塞ぐ君達に、俺ができることは何一つとして……ない。

 ああ、早く会いたい。

 面倒な戦争なんてやめたい。

 敵なんていない。俺にとっては魔族も人族も変わらないから。

 早く会いたい。会って冗談でも言い合いたい。

 ゆえに、つくろう。勇者として、人族と魔族の心を繋いでみせよう。

 そうすれば、きっと……。

 日の光の下、誰に邪魔されることなく、君達と会えるだろうから。

                        『太平戦争直前 勇者パシフィカの日記より抜粋』


 俺は今、馬車に揺られて、森に入ろうとしている。


「ここからは歩きだ。全員降りろ」


 御者は俺の父、フィヤース。馬車の荷台には俺、パシフィカと母がいる。

 俺達は一家で行商人をしている。元々、父は王国で土地を持っており、農民をしていたらしい。言い切れないのは、俺がそのことを覚えていないから。俺の記憶がしっかりとしている頃には行商人として生活をしていた。

 農民とは言っても、父はすごく強い。なんでも志願兵として攻め込んできた魔族を何度も退治したことがあるらしい。

 俺は最初に父の話を聞いたとき、まったく疑わなかった。なぜなら、父は身体中に古傷があり、筋肉質なので、正直に言って行商人と言われるより、ベテランの傭兵と言われた方が納得いく程度には怖い。


「パシフィカ、俺は降りろと言ったぞ」


「わかってる。だから、ぶたないでくれよ。父さんは恐いんだから!」


 父が睨んでくる。

 やはり怖い。過去にこの目つきの父と戦ったという魔族は偉大だ。俺なら武器など放り捨て、逃げている。


「ああ? 誰が恐いって?」


「父さんだよ。行商でそれなりにお金はあるんだ。鏡を買えばいい。そうすれば鏡の中に鬼が睨んでいるのが見えるはずだよ」


「よし、パシフィカ。とりあえず早く降りろ。話はそれからだ」


「嫌だね! 俺は死地に降り立つほど馬鹿じゃあない」


「いいから降りろ!」


「嫌だ! まだ死にたくない!」


 一向に進まない俺と父の問答に、母が笑う。


「あらあら。これじゃあ日が暮れるわね。……二人ともいい加減にして。早くしないと今日の夕食は抜きよ」


「……パシフィカ」


「わかってるよ。ごめんね、母さん。降りるよ」


 俺は馬車から降りた。

 周囲を伺うと鬱蒼とした森が広がっている。

 この森にだけは来たくなかった。

 俺は嫌々父と母の後を追って進んでいく。

 景色はずっと日差しすら遮る木と小さな羽虫が飛び回る草ばかり。

 ああ、嫌だ。行商人一家として生きてきたけど、人族として、ここにだけは来たくなかった。

 ここは帝国。正式に言えば、スキタリス帝国の従属貴族が治めるミサップ城へと続く森の中。

 俺が嫌なのは帝国そのものではない。帝国とは言っても人族の国だ。それだけでどうこう文句を言うようじゃあ行商人なんてやっていけるか。

 俺が嫌で嫌でしょうがないのは、ミサップ城に巣くう魔族たちだ。

 スキタリス帝国は元々、ロマンヌ王国、通称王国の属国でしかなかった。だが、帝国の建国王レボルオールが王国に反乱し、独立を果たした。

 その建国過程のせいか、帝国は王国に対抗するためなら手段を選ばない。帝国の全盛期だったレボルオールのとき、彼らは侵略に来た魔族を返り討ちにし、その中から一際強い魔族を従属貴族として迎え入れ、帝国の力に加えてしまった。

 帝国は他にも周辺から従属貴族を取り込んで、膨張していったのだが、そこは今はどうでもいい。

 従属とはいえ、魔族を迎え入れるなんて考えられないことだ。これは俺だけの考えではなく、人族共通の常識。それを平気で無視したレボルオールはきっとまともではなかったに違いない。

 そして、重要なのは、俺が今、向かっている場所がその魔族の従属貴族のいる場所であるということだ。


「父さん、やっぱりミサップ城での商売はやめておこう。魔族に何をされるかわかったものじゃない」


「お前が奴らの何を知っている。黙ってついて来い」


 父は冷たかった。なんでだよ、父さんは昔、魔族と戦ってきた張本人だろう? 魔族の恐ろしさは誰よりも知っているのは父さんのはずなのに……どうして魔族を庇うんだ。納得いかない。

 俺は渋々ついていく。

 しばらく、黙々と森を歩き、ようやく前方に巨大な城壁が見えてきた。

 ミサップ城。帝国に巣くう魔族の頂点であり、従属貴族である魔族がいる悪の城。

 やっぱ行きたくない。

 ミサップ城が近づくにつれて、首が疲れるほど上を向かないと城壁の壁の終着が見えないことで、その高さを実感する。


「あっ……なんかいる」


 城壁の上には俺達を除く丸い影が二つあった。逆光で顔は変わらないが、ここは魔族の城だ。きっと魔族だろう。まあ、どうせ行商人の……それも子どもでしかない俺では魔族を見つけたとして、できることなど何もない。

 俺達を食うつもりか? 獲物がどんな奴なのか見に来た?

 嫌な想像ばかり膨らむ。

 父が門の前に立つ。


「おいっ、クソ吸血鬼! 約束通り来てやったぞ!」


 父はそれだけ言って、腕を組んで、黙ってしまう。


「約束?」


 うん? まさか父さん、あの悪名高き魔族に知り合いがいたのか! しかも会いに来ちゃったのか! やめてくれ! 俺を巻き込むな!

 助けを求めて、母に視線を送ると、


「心配いらないわ。お父さんを信じて」


 慈愛の笑みでそう言われてしまった。何の役にも立たない。

 駄目だ……もう今日で死ぬな、俺。


「よく来てくれた! 『剣獣』よ!」


 俺がこの世の生を諦めていると、空から声がした。

 いや、正確には空からではなく、城壁の上からだ。

 そして、次の瞬間には門前に金髪の優男がいた。口元には八重歯が覗き、茶色のローブで全身を包んでいる。


「その呼び方はやめろ。俺はもう兵士じゃない。ただのフィヤースでいい」


「そうかい。なら、フィヤース。俺のことはドールと呼んでくれればいい。そして、改めて、よく来てくれた! 兵士だった君が行商人などやっているのだ。さぞ苦労をしたことだろう。どうだろう、ここは一つ俺とこれまでの苦労話を……」


 一方的に父に話しかける男、ドールを父が手で制した。


「話をするのもいいが、まずは妻と息子を休ませていいか? 森まで歩き詰めだったんだ」


「もちろん! 奥さんには部屋で休んでもらおう。そして、君の息子の……」


「……パシフィカです」


 いかにも名前がわからないから、なんて呼ぼう、みたいな顔をされたので仕方なく名乗る。はあ、なんでこんなことしなくちゃいけないんだ。


「パシフィカ! いい名前だね。パシフィカ君には悪いんだけど、俺の息子の話し相手になってもらえないかな?」


 悪いと言いながら、当然やってくれるよね? みたいな顔をするなよ! 俺は嫌だぞ。魔族は得たいが知れない。たとえそれが子どもであろうと、いや、むしろ子どもだからこそ、分別もなく、人族である俺に襲いかかってくるかもしれない。

 絶対そうだ。それ以外考えられない。


「あのドールさん……悪いんですが」


「パシフィカ、どうせ暇だろう? 行って来い」


 誰かの提案を断るときの常套句を言おうとしたら、父が裏切った。くそ、なんてことを。これで断ったら俺だけが魔族の城で浮いてしまうではないか。


「…………わかりました」


 俺は父さんに災いあれと願いながら、了承する。というか、他に道はない。


「そうか! 本当に感謝するよ! では、君をジェルマンの所に案内させよう! 願わくば……仲良くしてやってくれ」


 ドールはわずかに微笑んだ。


「誰が仲良くなるか、クソ魔族!」


 なんてことは口が裂けても言わない。言ったら死ぬ。殺される。

 そして、俺にとって、今憎たらしいには父だ。よくも息子を売りやがったな! 行商人でも売ってはいけないものがあるだろう!


「パシフィカ」


 開いた門から出てきたメイド(もちろん魔族、しかもリザードマンだ。流石に従属しているとはいえ、リザードマンのメス? にメイド服着せるなよ!)が案内をする直前。父が真剣な表情で、言う。


「相手がどうかはお前がその目で見て決めろ。その結果、お前がどう思おうが俺は怒る気はない。だがな……今まで会ったこともない奴を勝手な想像で嫌うな」


 そう言い残して、父はドールと門の中へと去っていった。

 何が会ってから決めろ、だ。会って殺されるかもしれないじゃないか! 今日の父は本当に嫌いだ。


「パシ……フィカ様、イきまショうか」


 リザードマンメイドが拙い言葉で言う。目はパッチリと開き、俺の返事を待っている。

 はあ、もうどうしようもないよね。行かないことにはこの魔族の城からも逃げることもできないだろうし。第一、両親を置いて逃げられるか。

 諦めないといけない。

 覚悟を決めろ、俺!


「ア……あの、ワタシにはココロにキめたアイてがイマスので……」


 俺がリザードマンメイドを見ながら決意を固めていると、リザードマンが恥じらい出した。

 はっ? 何を言ってるんだ? 心に決めた相手……ってちょっと待て! まさか俺がリザードマンメイドに恋をして、ずっと見つめていたとでも思っているのか! あるわけないだろ! 俺はさっきまで魔族と顔を合わせることすら、嫌がっていたんだぞ!

 やばいな、このメイド。放っておくと、勝手に俺が自分のことを好きだという妄想を膨らませていくぞ。

 悩んでいる時間はない。ここは俺の人族の尊厳を守るため、早急にドールの息子とやらと会わないといけない。


「ドールさんの息子、えっとジェル……」


「ジェルまんサマでス」


「そう、ジェルマン様の所に案内してくれるか。できる限り、早急に!」


 俺が急に態度を変えたから、リザードマンメイドは不思議そうな顔(たぶん、そんな顔)をして、案内してくれた。

 今日のことを俺は一生忘れないだろう。忘れられるわけがない。俺の一生は今日、決まったようなものだから。


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