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金曜日

 木曜日はこの一週間で最も体力も気力も削ぎ落とされた日になったが、その分ぐっすりと眠る事ができたらしく、翌日の金曜日、平松の調子はかなり良かった。

 しかし、運転手の調子が良くとも客がなかなか捕まらず、気づけば夜十時になっていた。

 普段ならこのまま帰る事を検討するところだが、土日が休日なので金曜日は少し夜ふかしがし易い。そのため、このまま鎌倉の方へ向かおうかと考えながら走っていたところ、歩道で手を挙げている男性が見えた。

 が、この男性はパッと見昨日の女性以上に雰囲気が暗い。雰囲気が暗い客は月曜日のようなキレ易いタイプや、木曜日のようなとことん面倒な客が多かったのであまり相手にしたくなかったが、近くにタクシーは平松の運転している車しか見受けられないので無視する訳にもいかないため、仕方なく路肩に停車してドアを開けた。

(木曜のパターンは嫌だな、せめて月曜であってくれ)

 そう心中で祈りながら乗車を待っていると、酷く顔色の悪い青年が入ってきた。その青年はまだ二十代のように見えたが、火曜日の老婆以上に雰囲気が年老いているようであり、水曜日の幽霊以上に生気がないようである。

 青年の様子が少し気になったがとりあえず、

「どこまで行きましょうか?」

 と尋ねると、

「美浜大橋の先の交差点、大きな病院があるところまでお願いします」

 と答えた。平松はその周辺の道や町並みを結構気に入っておりちょくちょく赴いている。そのため、彼が指定した場所に少し違和感を感じた。

 そこは、海の目と鼻の先あり、当然この時間帯に行こうなどと言う者はあまりいないだろう。とりわけ、彼は海洋研究などをしている風貌ではなくどう見ても普通のサラリーマンなので尚更である。

 さらに、この時間帯ならまだ電車が動いている筈なのでこんな旧車を使った割高タクシーを使うというのも変な話である。

 そのため平松は後部座席の青年が入水自殺でも謀るのではないかと思い始めた。

 そう考えれば、行方不明になってから発見を遅れさせるために、駅についている監視カメラを避けて、何も防犯機能がついていなそうな平松のタクシーを選んだ事にも合点がいく。

「お客さん、海に飛び込む積もりじゃないだろうね」

 試しに平松がそう聞いてみると、

「まさか、その近くに家があるんですよ」

 と青年は答えた。平然と答えていたので問題なさそうだと思ったが、しかし、まだ分からない。

 そこで、

「あの辺はちょっと暗くて走りにくいんですよ。少し安くするんで検見川浜駅で降ろしては駄目ですか?」

 とそれっぽい理由をつけて海から遠ざけるように仕向けてみた。

 青年は小さく溜息を吐くと、

「分かりました、それでいいですよ」

 と答えた。


 千葉方面へ向けてなるべく賑やかな通りを進んで行く際も、後部座席の青年の溜息はかなり頻繁に行われた。何か悩みがある事は火を見るより明らかであろう。

 もし、このまま海に飛び込まれでもしたら後味が悪くなると考えた平松は

「お兄さん、何か悩みでもあるのかい? あるんなら話してみなよ、話すだけでも楽になるみたいだよ」

 と言ってみた。

「大丈夫ですよ」

 と大丈夫そうではなさそうな顔をしながら、覇気のない声で青年は言う。

「何でもいいんだよ、失恋したとか、仕事が上手くいかないとか、人生に意味が見出せないとか」

 理由として良くありそうな物を羅列して述べていくと、人生に意味が見出せないと、平松が言ったところで青年の表情が少し変わった。その様子をミラーで絶えず確認していた平松は見逃さない。

「驚いたような顔をしたね、思い当たる節があるのか」

 と畳み掛けるように問い質した。

「お察しの通り人生がつまらなくて、つまらなくてしょうがないんですよ。基本的に毎日同じ事の繰り返しですし、他のことをやろうとも突き詰めれば食う、寝る、働く、遊ぶのどれかに帰結するんですよ。この四つに何か意味なんてあるんですかね。こんなつまんないことをする為に生まれてきたとか考えると悲しくて悲しくて」

 と、平松が予想したものの内の一つが的中したものの、この問題はそこそこ多くの人間が一度は思い浮かべるであろう事なので思い浮かべる事は自体は簡単だが、解決してやる事はおそらく難しい。とりわけ、滅びや無すら愉しむ事にしている平松と、何をやってもつまらないと思っている青年とはほぼ対極の考えを持っているので尚更であろう。

 とりあえず、

「食うと遊ぶはやりようによるんじゃない?」

 と言ってみたところ、

「食は何を食べても普通としか思えないので最近は栄養補給の意味合いしか持たないですよ。遊びや趣味に関しても今まで人に何かをやらされるだけだったので、興味を抱く能力すら最近は無くなってしまってますよ」

 平松もこの青年の今までの事を良く知っている訳ではないので、

「普通と言っても多少の差異はあるだろうし、それを楽しめばいいだろう」

 とか、

「趣味を見つけられない事を人のせいにするな」

 などと下手な事は言えない。

 そこで、相手の考えを否定するような事は可能な限り言わずに、参考までに自分の考えを説明する事にした。

「俺はそもそも人生に意味はないって割り切って、滅んで行く様それ自体を愉しむようにしているよ。それなら滅ぶまでの間に僥倖がいくつか見つかるかも知れないし、次々と生み出されて消えていく波の音や風のようなものでも楽しめるようになるよ」

 が、気に入らなかったらしく、

「何訳の分かんない事を言っているんですか」

 との事だったので、

「まぁ、あんたがどう思おうが何でもいいよ。俺が示したのは俺の考えというだけで一例にすぎない。他人の考えを受け入れるも否定して自分で色々考えるもあんたの自由だ」

 と言った。

 平松のアドバイスが効果があったかどうかは分からないが、少なくとも考えている事を吐き出せた事で多少落ち着いたらしく、溜息の頻度は徐々に少なくなっていった。

 自然、平松も運転し易くなりスイスイと進んで行く。

 その結果思ったよりも早く検見川浜駅へと到着した。

 到着後、運賃を払って車内から出て行く青年の顔色は相変わらず悪いままだったが、表情は少し和らいだようであった。

 別れ際、青年は平松に

「同じ質問を同僚にしたんですけど、どう言うわけか気付かない内に質問した内容が広まってしまって、良く分からない人間から、さっさとくたばれなどと言われるようになったんですけど運転手さんもそう思いますか?」

 と尋ねてきたので、

「気にしなくていいんじゃない? 色々やっている内に俺にとっての波の音や風みたいな物が見つかるかも知れないしね。これからもいろいろあるだろうけど頑張ってね」

 と言った。

 青年と別れた後、少し遠くまで来たため、せっかくなので少し風に当たっていこうと思ったがこの日は止めておく事にした。先程少し考えていた鎌倉辺りへの小旅行を土日を使って行こうかと考え始めていたので、このまま帰って寝る事にした。

 帰って風呂に入った後、すぐに布団に入った。

 布団の中で平松は、小物で始まり、捉えようによってはボスキャラのような思想を持った男で終わったこの一週間を振り返り始める。

(今週は大赤字だったが濃くてなかなか楽しかったな、月、木、今日はどちらかと言えば苦労も多かったが、それでもなかなかこんな週はないだろう)

 そう考えながら眠りについていった。

 翌日の昼頃、仕事ではないが平松はタクシーに乗りこみエンジンをかけた。

 ラジオから行方不明者に関する報道は流れていないため、昨日の青年はそのまま帰ったのだろう。

「本来は休みだが今日もよろしく頼むぞ、相棒よぉ」

 そう呟き、この日も平松は車を走らせた。

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