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水曜日

 水曜日、平松はもしかしたらこの日乗せた客のせいでこの一週間乗せた客の事を鮮明に覚えているのかもしれない。

 この日、彼は昨日良客を拾った経験から東京駅の方へと向かおうと考えていたが、何かに導かれる様に気づけば浅草の方へと来ていた。

 珍しく朝早く出て来たからか平日と言えども人通りは少ない。さらに、霧が立ち込めているからか余計に淋しく感じる。

 霧をかき分ける様に進んでいると手を振っている和装の女性が見えたため、平松は路肩に車を停車させた。

 その女性はよく見ると肌が尋常ではない程白く、足に至っては霧が濃いというだけでは説明出来ない程に確認することができない。

「貴方には私が見えるのね、何か古い匂いがすると思って合図を送ってみたけれど正解だったわ」

 そう言ってその女性は後部座席へと入って来た。

 平松はまだドアを開けていない。

「お姉ちゃん一体何者なんだ?」

 驚きながら平松は尋ねた。

「こんな見た目だけれど私は明治の生まれだし、お姉ちゃんなんて歳ではないわ。若くみられて嬉しい事は嬉しいけれどね」

「それならあんたは幽霊か何かなのか?」

「そういうことになるのかもしれないわね」

 平松もまさか幽霊を乗せる事になるとは思わなかったが、それ以上は驚かなかった。この世界は、ある程度歳をとったら急に若返り始める生物がいたり、炎の温度に上限がなかったり、太陽より遥かに大きい天体があったりと結構何でも有りであり、幽霊くらいいてもおかしくはないだろうというのが持論である。

 そんな事よりもタクシーを停めたという事はどこかへ行きたいという事だろう。そこで、

「それであんたはどこへ行きたいんだ? タクシーを停めたって事はどこかへ行きたいんだろう?」

 と尋ねてみたところ、

「あまり上手く説明出来ないかもしれないけれど、古い駅というのは心当たりがあるかしら?」

 との事であった。

「駅の名前は分かるか?」

「ごめんなさい、いかんせん百年前の事だから名前もどこにあったのかも覚えていないわ。この姿になってもある程度忘れたり新しく覚えたりするみたいなの。最近はここの近くにできた凌雲閣の様な建物の名前を新しく覚えたわ」

 どこに記憶を溜め込んでいるのか少し気になったが、おそらく彼女自身も知らないだろうし、知っていたとしてもその様な毒にも薬にもならない情報を聞いても何の役にも立ちそうにないので、

「仕方ない、いくつか周ってみるから心当たりがあったら教えてくれ」

 と言って平松は車を発進させた。

 車を走らせながら彼はふと、彼女は運賃はどうするつもりだろうと疑問に思ったが、仮に払ってもらえなくてもこれほど面白い経験をできるというだけで充分にお釣りがくると思い直し、直ぐに振り払った。


 都内に古い駅はいくつかあるが、一番最初に思いついたのは、この日最初に向かおうとしていた東京駅だったのでとりあえずそこへと向かった。

 道中、平松は昨日乗せた老婆の時とは打って変わり、後部座席の幽霊に積極的に話しかけていた。

 まず、彼女が本当にここ最近の人間ではないかどうか確認するために、

「CDって言ってみてもらっていいか?」

 などという質問をしてみた。平松は問題なく発音できるが、昔は小文字を発音するという事がなかったそうなので発音出来ない高齢者が多いという話を聞いたことがあったからである。

「シイデエ」

 と彼女は答えた。

 幽霊の見た目は二十代後半くらいであり、その彼女が妙な発音をするという状況を平松は面白く感じてしまい、

「ティラミスって言ってみて」

「次はDVDって言って貰えるか?」

 などと立て続けに似た様な質問をした。

「テラミス」

「デエヴヰデエ」

 彼女は一応答えてはいたが流石に茶化されていると感じ始めたらしく、

「何か私で遊んでいないかしら? いい加減にしないと呪いをかけるわよ」

 と言われたので平松は苦笑しながら謝った。

 一応、彼女が昔の人間であるらしいという事は分かったので、話を戻して平松は、

「あんたはその駅に何をしに行きたいんだ?」

 と尋ねてみた。

「私には私より先に嫁いでいった姉がいたのだけれど、私は風邪をこじらせて彼女をろくに見送る事が出来なかったのよ。だから、せめて駅のホオムへと行って元気でねって一言かけるだけでもしておきたいなって思ってね」

 元気でねも何も年齢を考えればおそらく既にその姉は既にこの世にはいないだろう。平松はそう思ったが、もう少し話を聞く事にして

「生前にいくらでも行く機会があったんじゃないか?」

 と尋ねてみた。

「私はその後すぐに死んでしまったのよ、幽霊になってからは私の葬式に来た子供が家に帰ってから塩を撒かなかったおかげでずっとその子に憑く羽目になったわ。それで、この前その子が寿命を迎えたからようやく自由に彷徨えるようになったわけ」

「その自由になった期間を使って自分で探したりしなかったのか?」

「探しているけれど、震災や大戦、区画整理なんかがあって街がすっかり変わってしまったから未だに見つけられていないわ。取り憑いていた子は生涯ほぼずっと静岡にいたから、東京に戻って来たのもここ最近だし、そもそもまだあまり探せていないのかもしれないわね」

 一通り聞き終わって、

(そんな事を百年間も引きずっていたのか)

 などとは平松は思わない。人の考え方など千差万別であり、彼自身が持っている滅びを愉しむという感覚も他人からしてみれば馬鹿みたいに思えるかもしれないからである。

「随分と律儀なんだな、あんた」

 平松が言うと、

「昔はよく言われたわ、最近はあまり言われないけれどね」

 と彼女は微笑しながら返した。なかなかに諧謔心(かいぎゃくしん)を持った人間もとい幽霊のようである。


 東京駅に到着すると、駐車場に車を停めて駅の中を一通り歩いて周ってみたが幽霊曰く、

「ごめんなさい、ここではないわ。でも、なんとなくここに見覚えはあるから、取り憑いていた時に来たのかもしれないわね」

 との事であった。よくよく考えてみれば、彼女が以前取り憑いていたという人物も全く静岡から出た事がないという訳ではないらしいので交通の要所である東京駅には何度か来ている可能性がある。当然、取り憑いている彼女も何度かここに来ていてもおかしくはなく、それで問題が解決していないという事は本当に東京駅ではないのだろう。

 ここ以外の古そうな駅で平松がパッと思いついたのは原宿駅だが、彼女に聞いてみたところ違うとの事である。他にも、姉の見送りと聞いて昭和初期の駅舎ではあるが、なんとなく上野駅を思い浮かべていたので、そこはどうかと尋ねてみたところ、そこも違うとの事だったので彼は困り果ててしまった。

 しばらくの間どうしようかと車内で考えていると、上野からそう遠くない位置に廃止駅があった事を思い出し、そこはどうかと彼女に尋ねようとしたが、歳のせいかそこの名前が出てこない。

 とりあえずそこへと向かう事にして駐車場から車を発進させた。

 道中、平松は幽霊に

「そこに神田駅があるが」

 とか、

「そこをもう少し行くと秋葉原駅があるんだが」

 と、しきりに尋ねていたがどこも違うとの事であった。

 その秋葉原駅付近の駐車場に車を停めて、二人は神田川の方まで少し歩いた。

 対岸に赤煉瓦の高架橋が見える。

「あそこも昔は駅だったそうなんだが思い当たる節はあるか?」

 と、平松が尋ねてみたところ、

「とりあえず行ってみましょう」

 と今までと違う反応が返って来た。

 二人は一通りその周辺を散策し、最後に平松が

「どうだった?」

 と尋ねると

「ここに違いないわ、建物がなくなっていたから今まで気づかなかったのかもしれないわね」

 との事であった。

「今日はありがとう、貴方のおかげで長年の目的が達成できそうだわ」

 嬉しそうというよりはホッとしたような顔で幽霊はそう言った。

「そうかい、それは何よりだ」

 平松もつられて安心したように言う。

「運賃を支払わなければいけないわね、六文しか持っていないけれど足りるかしら?」

「いらねぇよ、そんなもん」

「それなら向こうで払う事にするわ、地獄の沙汰も金次第らしいから向こうでも何か稼ぐ手立てがあるのでしょうし。それじゃあバイバイ…」

 そう言い残して幽霊は消えて行った。先程話していたようにホームで一言言いにに行ったのだろう。

「地獄の沙汰って…あんたも俺も地獄行き前提かよ」

 苦笑しながらそう呟くと、平松は車へと戻って行った。その後彼女がどうなったか気にならなかった訳ではないが、一人にしてやりたいとも思ったので結局最後までは同行しなかった。

 この日は朝早く出て来ていたのでまだ昼過ぎ頃である。しかし、あちこち周ったためか、超常の存在と半日一緒にいたからか、かなり疲れていた。

(今日はここまでにして久々に墓参りにでも行くか、墓に留まっていない一例を見た直後だが…)

 そう考えると空車表記を回送表記に切り替え、寺へと向かって行った。

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