表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

夜風と星と波の音

 平松至(ひらまついたる)が以前いた法人タクシー会社を辞め、個人タクシーを始めたのはここ数年前である。始めた当初は収入が減る可能性があるものの、これでせいぜい後二十年程だと思われる寿命を可能な限り趣味のドライブに回せるなどと考えていたが、ここ数年間での科学技術の発達は著しく、自動運転機能などという物が出来てきてしまったので、おそらく後十年と経たないうちにこの仕事の需要もかなり減ってしまうだろう。

 そこで、平松はより速くより遠くへという概念を捨て、若い頃に買った車を引っ張り出してそれをタクシーに改造し、珍しさを武器に売り出していく事にした。

 これなら試しに乗ってみようと思った客が停めてくれる事を期待でき、今後も一定の需要が確保できる筈である。そして何より、現行車よりも運転していて楽しいので平松にとっては一石二鳥であった。

 ただ、それでも流石に十年は保たないだろう。

 今まで大切に乗っていたため車体の状態はかなり良く、向こう数年は問題ない筈であるが、いかんせん昔の車なので流通しているパーツが少なく、もし壊れてしまったら廃業せざるを得ない。

 なので、平松は余生を謳歌するというよりは、愛車と自分の滅びを愉しむという諦めに近い心づもりでいた。

 この日の夜も滅びを一歩進めるべく、駐車場へ向かって歩いて行く。

 駐車場に到着すると周りに停車している普通車より一回り小さい、角張ったフォルムの車がひっそりと停められていた。

 街灯の灯りが当たっていない位置に停車されているので、鍵を開けるのに少し手こずったが、手探りでなんとか開けて車内に入りエンジンをスタートさせる。

 サイドブレーキを下ろし、クラッチとブレーキを踏み、ギアを入れると、

「さてと、行くか相棒よぉ」

 と平松は呟き、ゆっくりとアクセルを踏んだ。

 仕事というよりは趣味でやっている事なので向かうべき場所はいつも気まぐれであり、今日はなるべく人がいない場所である。


 ラジオに飽きたらカセットテープで音楽を聴き、音楽に飽きたらまたラジオを流し始めるというような事をしながら気の向くまま走っていると、いつの間にか市原の海岸辺りまで来てしまっていた。

 時計を見ると深夜一時半過ぎを指している。

 この時間帯では、海を眺めようにも暗過ぎて見えず、折角来たので何か食べようにもコンビニくらいしか開いていない。

 ただ、このような状況でも平松は充分に楽しむ事ができる。

 彼はコンビニでホットスナックとコーヒーを購入し、しばらく走って停車できるところを探し当てると、窓を全開にしてエンジンを切った。

 ラジオの音もエンジンと連動して切れているので、車から発生する音は一切無く、波の音が良く聞こえる。

 この波の音と、窓から入ってくる潮の香りが混じった風、フロントガラスを透して見える星を肴にコーヒーを啜るだけで平松は幸福を感じる事ができた。

 続いて、ホットスナックに手をつけ始める。この時間帯に何か食べるのは身体に悪いというのは平松も分かっているが、丁度小腹が空いてくる時間帯であり、何よりこの罪悪感こそがスパイスになって美味さを引き出しているとも彼は考えているので、止めようにも止められない。

 味わうようにゆっくり食べ、残り少なくなったところでコーヒーを一気に喉に流し込んだ。

 平松は食べ終わった後もしばらく星を見ていたが、腹に少し食べ物を入れたからか少し眠くなってきていた。

 この状態で東京まで戻るのも少し危険が伴う。

(たまには風を感じながら寝るのもいいかもしれねぇな)

 平松はそう考えて窓を開けたまま少しだけ車内で仮眠をとる事にした。

 車内が少し狭いので、平松は眠るまで少し時間がかかるかと思っていたが波の音と潮風は彼の意識をすぐに奪っていった。

 虫の音が海鳥の鳴き声へと変わる頃に平松は再び目を覚ました。プラシーボ効果のようなものかも知れないが自宅で七時間程寝た時よりも今は状態が良いような気がしている。

(さてと、混んでいないうちに帰るか)

 夜が明けた事によって周囲の景色が見えるようになってきている。

 早暁(そうぎょう)頃の千葉の海岸の道は平松の気に入っている道の一つなので、帰りはここに来た時とはまた違った楽しさを感じる事ができるだろう。

 結局昨夜から一人も客を乗せることは無かったため、赤字ではあったが平松は満足感を感じながら東京へと車を走らせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ