表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

意思(上)

作者: 大工

事実を基にしたオリジナル小説

俺が生まれたのは、いや「産まれた」と言うべきか。

三秦さんしん重工業工場の油臭い工場だった。

時は、1942年のサンサンと太陽が照りつけ立っているだけで汗がたれるような暑い夏の日だった。

そう 今は大日本帝国時代、第二次世界大戦の真最中…

量産を目的とし、軽量され さらに九九式二号二○機銃を搭載された俺は零戦だ。


海と隣接した工場の窓からは海風が入る 。

チリリーンと風が風鈴を叩く 向こうには水平線が伸び、青い空を渡るように入道雲がもくもくと広がっている。


戦争なんて嘘のように風鈴の音と蝉の鳴き声だけが鳴り響く昼時。

工場に、ある1人の男がやってきた。

坊主頭の目尻に笑いしわがある若い奴だった。

煙草を咥え ニッと笑い 俺に 、よう!といいプロペラをポンっと優しく叩いて 彼は続けた

「今日からお前の整備担当になった雨山さめやま 透吾とうごって言うんだ! まぁ よろしくな!」

と言い、俺の機体からだを物色し始めた。


雨山は なるほどなと言わんばかりにフムフムと頷き自問自答を、繰り返しながら 俺の体の事を調べていった。

そして10分かそこらが経った時、またポンっとプロペラを優しく叩いて

「まぁ だいたいはわかった!改めてよろしくな!」

そう言って彼はフラッと去って行った。


俺が産まれた目的は、知っている人も多いかもしれないが 特攻隊の結成だ。

それは大和魂という名の人間爆弾になるという、命を軽視した 決死隊のことだ。


表向きは志願兵を採用しているとなっているが、実際は強制じみた軍上層部の力が働いていたという。

選ばれた兵士は「お国のために」と言う他なかったらしい。

今から考えると異様なものかもしれないが、当時は普通のことだった。


日が傾き、ヒグラシが鳴き始め 暑さ和らぐ 夕方の16時。

雨山がまたフラッとやって来た。

なんだ、またあいつか。そんな事を思っている時

雨山の後ろに もう1人男がいるのを気付いた。

雨山が口を開く。

「今回の零戦は、軽くなってる! 翼の中身もスカス

カよ! エンジンから1つ1つのネジに至るまで徹底

的に軽くしたんだと!

これで小回りがきいて、早く動けるらしいぜ!」

どうやら、後ろの男に話しかけているようだ

後ろの男は「へぇー」っと一言 返す。

「まぁ 使用目的がなぁ…」

とこぼす複雑そうな雨山に、グッと肩を抱き寄せ

「上が決めた事さ!

仕方ねーよ!」

と明るく返す。

明るい男につられるように、雨山もフッと笑顔をこぼす。


雨山が俺の隣まで来て、振り返り 俺に手をかけ

その男に向かって言った。

「これが、この零戦がお前の愛機だ!」

俺に見惚れた男が

「そうか!お前が俺の相棒か!

俺は曾根崎そねざき 参幸さんしちだ!

よろしくな!」

ニコッと笑い、俺にそう言った。

その男は天然パーマの底抜けに明るい男だった。


どうやら参幸は、特攻隊に志願した兵士らしい。

「参幸 本当にいいのか?

ありゃ 確実に死ぬぜ」

「まぁ 上からの命令さ…

誰もあんなもん行きたい奴いねぇよ」

「故郷に婚約者がいるって言うじゃねえか」

「そうなんだよー

なんて伝えるか 悩みもんだよ」

あぁ 志願という名の強制で参幸も

特攻隊の兵士になったのか…

可哀想な奴だな。

なんて、俺も同じ運命をたどるのにそんな事を

思っていた。


「湿っぽい話はやめようぜ」

と言い、座り込む参幸。

煙草に火をつけ、大きく煙りを吐く。

窓から見える空を ボーッと見ている参幸の

隣に雨山も座る。

「湿っぽい事考えてんのは、参幸ぃ

お前なんじゃねぇのか?」

と笑いながら雨山が言う。

フッと鼻で笑い「そんなわけないだろ」と

雨山の肩をポンっと殴る。

「あと半年後か…」

「やっぱり、考えてんじゃねぇか!」

「そりゃ 本当は考えたくなんかない

でも、そんなに器用にできてないさ」

「まぁ 光栄な事なんだぜ?

天皇陛下のために死ねるんだから」

雨山の発言に、参幸はギョッとして

問う。

「お前、それ本当に言ってんのか?」

雨山は大きくため息をついて返す。

「はぁーー。 そんなわけないだろ?」

「そうだよな…」

「ばーーか! こう言っとかないと 非国民になって

拷問なんかされちまうんだぜ?

ていうか!お前!!」

と 力強くビシッと指をさして言う。

「俺だから、よかったんだぞ?

本気で、お国のため、天皇陛下のためって

思ってる奴が山ほどいるんだぞ!

俺の前だけにしとけよ!

その非国民思想をあらわにするのわ!

そもそも…ー」

と長々と雨山の説教が始まる。


決して平和とは言えないが、雨山が叱り 婚約者が故郷で待つ 今が続けばいいなと思う、参幸だった。


その日の夜 静かな工場に 参幸がやって来た。

腰に手を当て胸を張り俺のことをジッと見つめて

「色々考えたんだけどなぁ…

んー…よし!お前をゼロと名付ける!

明日から訓練 一緒に頑張ろうな!」

と言ってきた。

正直 驚いた。

「物」である俺に名前をくれるなんて…

馬鹿というか、変わり者というか

でも、まぁ まんざらでもない気分だ。

そして参幸は俺の機体を見て、

揮発油きはつゆも満杯だし

俺も明日に備えて寝るわ!

おやすみ!零!」(※揮発油はガソリン)

そう言って、参幸は去って行った。


俺は寝るなんて概念はないけど

明日からよろしくな!

おやすみ。 参幸。


次の日

海の向こうに日が昇り始めるが、蝉たちはまだ静かな

早朝5時。

ガラッと工場の扉が開き、雨山と参幸がやってきた。

「零!おはよう!」

参幸が笑顔で言う。

「おはよう!…って、お前 零戦に名前つけたのかよ」

笑って雨山も答える。

「そりゃぁ こいつと俺は一連托生いちれんたくしょうなんだからな!」

「まぁ 参幸らしいな」

なんて談笑しながら 俺が外へ出るための大きな扉が

ゆっくり開く。

全開したその向こうには広い芝生の敷地に7機の零戦が並んでいる。

あっ 俺と同じ見た目の奴ってこんなにいるんだ。

なんて思っていると

「こらぁーー 何もたもたしてるんだぁ!

さっさと用意せんかぁー!」

と怒鳴り声が 響いた。

「やべっ 鬼上官だっ。」

と、参幸と雨山は急いで俺の機体を外へ押し出した。

定位置に着き急いで敬礼をする。

そこに腕を後ろに組んだ鬼上官こと谷元たにもと 耕作こうさくがスタスタとこちらに歩いてくる。

「貴様等、軍人たるもの時間厳守だ!

ここが戦場なら死んでいると思え!」

そう言い放ち、2人を殴りつけた。

「はっ!申し訳ありません!」

2人は声を揃え敬礼する。


前に立ち直した鬼上官が 話始める。

「大日本帝国陸軍一等兵から伍長の奴らがここには編

成されていると聞いた。

俺が初めてのやつがいるかもしれん!

俺は谷元 耕作軍曹である!」

踏ん反り返って 大声でそう言った。

なんだか気に食わん奴だなと俺は思った。

参幸も小声で「反吐がでるぜ」なんて言っていた。

「貴様等は零戦に搭乗した事がないものばかりと聞い

た!

なので、今日は搭乗訓練をする!」

周囲が一瞬騒ついた。

何せ、零戦どころか戦場にさえ赴いた事がない奴らばかりが募っているのにもかかわらず、知識を得ることさえも飛ばし、いきなり搭乗訓練をすると言うのだから。

「黙れぇー! 何をうろたえとる!

これしきのことで慄いて軍人が務まるか!

一列に並べ!」

そう谷元が言うと 、みんな急ぎで一列に並ぶ。

鬼のような顔をした谷元が叫ぶ。

「歯を食いしばれ!」


ドゴッという頬を殴る鈍い音が 端に並ぶ者から順に響く。

とうとう参幸の番だ。

谷元が振りかぶり 参幸の左の頬を強く殴りつけた。

すると参幸はちょっと不機嫌な顔で谷元の顔を見る。

「なんだその目つきは?

上官だぞ?

貴様のような馬鹿者はこうしてくれる!」

そう言うと、2発3発と参幸にお見舞いしていく。

その度に、参幸の顔つきも悪くなっていく。

「この〜 なめくさりおってー!

ただの駒の分際で!」

息を切らしながら参幸を殴っていく。

すると痺れを切らした雨山が止めに入る。

「谷元軍曹殿!それ以上は!」

「なんだ貴様ー?邪魔するのか?

そんなに殴られたいなら殴ってやるわ!」

そう言うと次は雨山が何発も殴られていく。

それを見た参幸がとうとう谷元に向かって腕を振りかぶった。

その時

「やぁ 谷元軍曹。 朝から性が出るな〜」

後ろから気丈な振る舞いの男がやってきた。

参幸も腕を止める。

その男の顔を見た谷元が、血相を変え言った。

「こ、これは師垣院しがきいん大佐。

どうしてこんな所に?」

「いや〜 今日は特攻新兵達の初訓練だと耳にしてね

少しばかり様子を見に来たんだよ」

「そ、そそ そうですか」

谷元はゴマをする態度だ。

「谷元軍曹 ちょっと席を外してくれるかな?」

そう師垣院が言うと

「はい」と言って谷元が少し距離を取る。


師垣院が新兵8人の顔を見るとニコッと笑い

「君たちが、この国を担う 大いなる新兵達か!

特攻は、本当に勇気がある者が務まる。」


少し間を置き再び口を開く


「君たちを、見て少し安心した!

まだ未熟ではあるが

君たちからは力を感じる!

どうか…どうか無事に戦果を挙げることを

祈っている。

精進してくれ!」

そう言って師垣院は参幸と、雨山の前に立った。

2人はビシッと敬礼する。


すると師垣院は2人の肩にポンッと手を置き

「2人とももっと賢く生きなさい。

頭にきても、グッとこらえるのだ。

あいつ(谷元)は、少々 器の小さい男なのだ」

そう苦笑いを浮かべ優しく諭す。


力んだ顔の力が抜けた2人は口お揃えて言った。

「はい!ありがとうございます」


フッと師垣院が雨山に目をやり

「君は特攻隊兵じゃないね?」

と言った。

雨山は答える。

「はい!自分は陸軍技術兵長の雨山 透吾です!」

「そうか。君は整備担当か。

わざわざ殴られに行くとは…」

「はい!彼は竹馬の友であります!

ですから、居ても立っても居られなくなって!」

「そうか。

さっきも言ったが、軍人として賢く生きなさい。」

「はい!」

「だが、人としては立派な事だ!」

雨山が嬉しそうに はい!っと答える

「どっちが、正しいかはわからないがな」

と言い


では頑張ってくれ そう言って師垣院は谷元のそばに寄る。

「何も特攻と関係ない陸軍技術兵長まで殴る必要は

なかったんじゃないか?

技術兵と、気付かなかったなんて言うなよ。

そんな洞察力じゃぁ 君こそ戦場で死んでいるぞ。

谷元軍曹よ。 新兵をシゴクのもいいが

自分自身も精進しろよ。

でないと、お父上の大将殿も

さぞ悲しむぞ?

遠方より訓練を見学させてもう。

いいな?」

「はい!是非お願いします。」

そう やり取りを行い、遠くへ師垣院が歩いて行く。


空気が一変し、訓練が開始される。

いよいよ零戦へ乗り込む。

基本的な操縦方法 銃撃方法をサラッと学び

いざ、空へと飛び立つ時が来た。


俺の機体にエンジンがかかる。

おぉ!これがエンジンがかかった感じか。

水を得た魚のように生き生きとする。

よし!行くぞ!と俺が思った時

エンジンにガガガという雑音がした。

参幸は 故障か?なんて言ってるけど

これは故障じゃなかった。

俺もこの時気付いたけど

この雑音は、俺が俺の意思でエンジンにガガガという雑音を起こすことが出来る。

つまり、言葉さえ話すことは出来ないが、意思表示はできるということだ。

この事を参幸にどう伝えるか悩みものだ。


参幸が雨山を呼ぶ。

一応のためエンジン点検をするらしい。

「なんの問題もないけどな」

そう言い、訓練は再開された。


再びエンジンがかかり、タイヤがゆっくりと前へと動き出す。

参幸はワクワクしているようだ。

自然と操縦桿を握る手も力が入っている。

徐々にスピードが上がって行き

空の方向へと操縦桿がきられる。


ふわりと浮き上がる機体は、広場を飛び出し

海と空の境目を走る。


「おぉー雲がどんどん近づいてくるぞ!」

なんて参幸もはしゃぐ。

そうだな!っと返事代わりの雑音を返す。

「やっぱり、エンジンがおかしいな」

この程度じゃ やっぱり俺自身が鳴らしているとは気付かない。

参幸が何度も独り言を言うたびに

俺も何度も返事をする。

その結果虚しく、気付くことなく あっさり飛行訓練は終わってしまった。


諦めてたまるか。


次の日も、そのまた次の日も、何度も何度も繰り返し返事をした。

参幸が気付くまで。


もぉ 蝉の声も小さく 日が短くなり始めた8月後半

俺のエンジンの話を工場で座り込み、参幸と雨山がしていた。

「飛んでる最中、何度もガガガっていう音がするんだ

よ」

「おかしいなぁー。

エンジンには何の故障も悪いところも見つからない

んだよ。」

んーっと頭を抱える2人。

ふと俺の事を見つめる参幸

「零?」

と呟く。

雨山は「は?」と言わんばかりの表情を参幸に向ける。

「いや、違うんだよ。

思い返してみたら、俺が独り言を言った時になるん

だよ」


そうだよ!俺だよ!


「何言ってんだよ、んな事あるわけないだろ?

たまたまだっつうの。」

そう雨山が言うと

「んーそうかなぁ」

少し不満げに、でも納得した感じで返す。


やっぱり、気づかないか。


無い肩を落とす。

どうやったら気付いてくれるかはわからないけど

まだまだ諦める気はない。

今に見てろよ!気づかせてやる!と強く俺は思った。


その次の日 もぉ風はすっかり涼しくなり、あんなに碧く光っていた草木たちは落ち着きを見せる、9月半ば。

参幸が工場に息を切らせ走ってきた。

「はぁはぁ お、おーい雨山」

俺の機体のメンテナンスをしていた、雨山が油で汚れた顔を上げる。

「どうしたんだよ?」

「聞いてくれよ。

はぁ はぁ 彼女に…」

「彼女に?」

「子供ができたって」

「本当か!?」

「あぁ!」

参幸は、とても嬉しそうだ。

雨山も、我が子が出来たように喜んでいる。

「おい!参幸!今夜は宴だ!」

「あぁ!」

その日の晩 月の光がふんわり落ちてくる夜に

酒を酌み交わす 2人の姿があった。

「ずっと思ってたんだ。」

雨山が口を開く。

ゴクリと日本酒を一口飲んで

続ける

「お前 やっぱり特攻 降りろよ。」

「今更、無理だろ。

聞くところによると作戦もどんどん進んで

るって話だぜ。」

「でも! こんなところで死んでるばあいじゃ

ないだろ!」

「俺だって、何度も降りようと思ったさ!

でも、上の奴らがそれをみとめなかったん

だ!」

「どう言うことだ?」

聞くところによると、参幸も、子が授かった時 特攻を降りようと 軍上層部に持ちかけたそうだ。

でも、軍は、なんとしても戦果を上げるために、それを認めなかった。

しかも…

「なんだって!?」

雨山が大きな声を出す。

「声がデカイよ。」

「だって、その話し本当かよ。

上の奴らが、脅し?」

「あぁ。」

「何て、脅されたんだよ?」

「そんなハッキリしたことは、言われてない

けど、わかったんだよ。

脅しだって。」

「だから、何て脅されたんだって?」

「大事なものを自ら手放すなよって」

「大事なもの?」

「わからないけど、親とか恋人とか我が子と

か、そういう失ったら痛いものの事じゃな

いか?

少なくとも、俺はあの時そう感じたん

だ。」

「そうか…。」

楽しいはずの宴が、暗く重いものに変わっていた。

「許せねー。」

雨山が怒りをあらわにする。

荒い口調で続ける。

「あのクソ日本軍がっ!

全員敵じゃねぇか!

何が特攻だ!何が戦果だ!

死にに行くだけだろう!

クソっ!」

行き場のない怒りが込み上げてくるのを

抑えきれない雨山だった。


その時、工場の扉が開いた。

その音に驚いた2人は扉の方に目をやった。

そこには師垣院が立っていた。

軍の上層部だけに 2人は今の非国民的発言を聞かれたのでわ?と青ざめながらも敬礼をする。

「いやぁ、暇だったもんでね。

月に誘われて 散歩してたんだよ。」

優しい笑顔で師垣院が喋り出した。

2人はあの話しを聞かれたか気掛かりで仕方ない。

師垣院が話しを続ける。

「それにしても、声が大きいね。」

ギクリとする2人。

心臓が、100メートル全力で走ったかのように、早く打ち鳴る。

参幸が口を開く。

「はっ!申し訳ありませんでした。

少し楽しい雰囲気に高鳴ってしまって。」

雨山も続ける。

「そうなんです。

申し訳ありませんでした。」

師垣院は少し黙り

一息飲んで返す。

「それにしては、随分と荒々しい言葉を並べ

ていたね。

それは、まるで非国民のような事を言って

。」

汗が頬を伝う。

「そ、それは…」

なんの言い訳も良い訳も思いつかない2人は黙り込んでしまう。

「すまないね。

盗み聞きするつもりはなかったんだけど

ね。

あまりにも声が大きいもので、聞き入って

しまった。」

突然の謝罪に驚く2人。

「脅しをされた、という件を詳しく聞かせて

くれないか?」

師垣院が問いかける。

参幸は重い口を開き、一部始終を師垣院に話した。

子供が出来たこと。だから、死ねないということ。軍上層部に脅されたこと。

それを聞いた師垣院が深く頭を下げて言った。

「ほんとうに申し訳ない。

君の気持ち痛いほどわかる。

脅しの件は気にしないでくれ。

そんなことは私がさせないからね。

だが、軍上層部の1人としての意見だが

他の人達も、君と同じような立場を背負っ

ている。

親や、兄弟姉妹、妻や、子供。

それはそれぞれだが。

少なからず皆 背負っているんだ。

だから、君だけ特別に降ろすなんてことは

出来ないんだ。

でも、これは私 個人としての意見だが

君を救ってあげたいと思う。

さっきも言ったが、君の気持ちは痛いほど

わかるんだ。

まぁ 私の場合は、残った側だがね。

だから、こんな戦争で死ぬなんて馬鹿げて

いる。そう思うんだ。

君たちを信用して、した話しだ。

人には他言無用で頼むよ。」

そう言って師垣院はタバコに火をつける。

白い煙をふぅーと吐き、再び話し出す。

「さて、今からは人として話をしよう。」

2人はコクリと頷く。

「参幸君。さっきも言ったとおり私は君を救

いたいと思っている。

だから、私は立場を捨て君を救う。」

その時、参幸の心には一度消えた希望の光が再び差し込んだ。

「さて、君を救う手段だが

色々考えてみた。

それで最適なものは、私が直接 手をくだす

事とだ。」

雨山がキョトンとした顔で、師垣院に問う。

「手をくだすとは、殺すということです

か?」

師垣院は、不思議そうな表情を浮かべ笑い出す。

「ハハハハハ

そんな訳ないだろ。」

雨山も、ですよね。と言わんばかりの顔をしている。

「私が言った手をくだすというのは、

私が直接 軍の頂点の人に言いに行く。」

参幸は不安そうに

「本当にそれだけでいけるんですか?」

と問いかけた。

「やってみないと 絶対は約束できない。

でも、上層部の人間として 1番うまくいく

方法なんだ。」

雨山も口を開く。

「そうだよ!参幸!

お前はすごい幸運だ!

軍の上層部が味方に着いたんだぜ?」

「あぁ そうだな!」

師垣院が2人の話しを割る。

「聞こえは悪いが!」

2人は黙り、師垣院の言葉に耳をやる。

「聞こえは悪いが、君たちは軍上層部からし

たら、ただの駒に過ぎない。

だからそれを逆手に取るんだ。

無数にある駒のたった1つが欠けようが上

からしたら、牛があくびしたことぐらい、

どーでもいいことなんだ。

その上、私が言い出したとすれば、きっと

降りる話が通ると思う。」

それを聞いた参幸は言う。

「僕は師垣院大佐に身を委ねるつもりで

す。」

「そうか。それは任せてくれ。

あと1つ聞かせてくれないか?」

「はい?」

「参幸君は、今まで訓練を受けてきた仲間に

背を向け君だけ生きる覚悟があるか?」

その問いは、重いものだった。

今日も季節を越えるほど一緒に死にに行く訓練をしていた者達から抜け、自分だけ生き残るのだから。

仲間達も、背負ってるものがあるのに、自分だけ。

でも、参幸の決意は揺るがなかった。

「はい!あります!」

緊張で強張った師垣院の顔が緩む。

「そうか!その決意の目は信頼に値する!

私に任せなさい。」

「はい!ありがとうございます!」

雨山も嬉しそうに、

「僕からも、ありがとうございます!」

と頭を下げた。

「あぁ!

それでは、話はまとまったし

そろそろ私は散歩の続きをするとしよう。

では、これからは楽しい宴にしてくれ!」

そう言うと、師垣院はスッと工場を後にした。


雨山と参幸が嬉しそうに抱き合う。

「よかったな!参幸!」

「あぁ!本当に良かった!」

2人は再び祝杯を交わし 煙草を吸う。


月の明かりがふんわり落ちる夜。

この時、運命が動いた事をまだ誰も知らない。

そして、あの話しを聞いている者が、参幸、雨山、師垣院の他にもう1人居たという事も。


次回 みんなの運命が動く

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 師垣院大佐の重みのある言葉に考えさせられました。 横文字を使わず文章を書いておられて凄いなぁと感服致しました。 続編楽しみにしています!頑張ってください!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ