第7話
だって、私が冷静に考えれば、私が返事を書かなくなった理由が、私が浮気をしているからだ、というのは少し話が飛躍しているような気がする。
私が手紙の返事を書かない理由は、私が生活費を稼ぐのに忙しいからだ、と考えるのが、むしろ自然ではないだろうか?
何故なら、彼は私の幼馴染で、家も近所なのだ。
私の家の事情がよく分かって、彼は当然の立場ではないか。
私が浮気をしている、と誰かが彼に対して吹き込んだのではないか。
私がそう疑っていると、彼はポロっと言った。
「両親が言っていたんだ。りつさんが、若い男と歩いているのを見たって。仕事の関係だろうけど、妙に親しげだったと。疑う訳にはいかないけど、黙っておくのもどうか、と思ってと」
「誰と歩いているのを見られたのか、私には分からないけど。それは全く仕事の関係よ。浮気なんて私はしていないから」
誰と歩いているのを、彼の両親が見かけたのかはともかくとして私にしてみればひどい濡れ衣だ。
私は慌てて弁明していて、ハタと気づいた。
彼の両親は、彼と私の結婚に内心では反対しているのではないか。
冷静に考えてみれば、私にしてみれば、彼との結婚は利点があるが、彼の両親にしてみれば、私と彼との結婚については反対こそすれ、賛成の余地は乏しい。
簗瀬家と同様に、彼の家は息子を中学校から陸軍士官学校なり、海軍兵学校なりに進学させられるだけの私財を有しているのに対し、私の家は赤貧に喘いでいる。
更に、最近になって、私の兄が大借金を作ってしまった。
しかも、手張り、つまり自分から株式相場に手を出して失敗したことによる借金だ。
彼の両親にしてみれば、ばくち打ちの妹を、息子の嫁に迎えることになる、と懸念したのだろう。
将来的に、息子の嫁の兄の借金取り立てに、自分の家が巻き込まれるような事態が起きるのではないか、と懸念して当然ではないだろうか。
私は、彼とのことしか考えていなかった自分の甘さに腹立たしささえ覚えながら、それとなく言った。
「そういえば、父は兄と縁を切ると言っているわ。借金して私にまで迷惑をかけるのですもの」
「そうなのかい。そこまでしないといけない状態なのかい」
彼は本当に人が良い、私は内心で笑みを浮かべた。
「ええ、近い内に親族会を開くと言っているわ。ご両親にも、そうこっそり言っておいて」
「分かったよ」
私は毒婦と言われても仕方のない笑みを、彼に見えないようにしながら、更に浮かべた。
この際、私は冷酷と言われようとも兄を切り捨てざるを得ない。
折角、過去の前々世に戻れたのだ、私の幸せが第一だ。
帰宅した私は、両親に向き合った。
私にとって、幸いなことに帰省費用にも事欠く兄は、年末年始にも関わらず、家に帰って来ない。
「親族会を開いて、息子を推定家督相続人から廃除しろだって」
「そんな一人息子を」
両親は、私の提案に驚愕した。
私は理詰めと感情論と両方で、両親の説得に取り掛かった。
「私が婿養子を迎えて、その婿養子に篠田家を継がせればいい。幸いなことに、陸軍士官学校生の彼が私にはいるのよ。彼は次男だから、特に問題はない筈よ」
「でもね、あなたからすれば兄よ。兄を家から追い出すというの」
母は私をたしなめた。
「勝手に、株式相場に手を出して、借金を作る兄よ。また、同じことをしないと言えるの。そうなったら、本当に一家心中しないといけない羽目になるわ。または私が身売りするか、私に身売りしろ、というの」
私は反論した。
「確かにそうだな。冷たいようだが、そうしよう」
兄が目の前にいないということもあったのだろう。
とうとう、父は私の言葉に説得された。
私はほっとした。
これで彼を篠田家の婿養子に迎えられそうだ。
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