第4話
だが、翌朝、私は夢も見ずに目を覚ますことになった。
他の3人も同様だったらしく、やっぱり嘘だったのね、と私達は言いかわした。
私が初めて訪問したヴェルダン要塞の跡の姿は、私の感情を揺さぶった。
各所に設けられた解説文の多くに、仏語と日本語が併記されていて、私にも容易に読むことができた。
ここで多くの日本兵が戦死したことに感謝の意を込めて、日本語の解説文が付けられたとのことだ。
(実際、21世紀の今になっても、ヴェルダン要塞の跡を訪れる日本兵の遺族(考えてみれば、私もその一人だ。)が絶えない為もある。
なお、英語の解説文が無い理由は言わずもがなだろう。)
ヴェルダン要塞の各所を巡った後、ヴォー堡塁の跡に設けられている戦死した日本兵に捧げられた慰霊碑(日本語の題字は、ヴェルダン要塞攻防戦でも戦われた北白川宮成久王殿下揮毫とのことだ。)の前に花を捧げながら、私は思わず祈った。
何故、彼はここで戦死せねばならなかったのか。
お互いに生まれ変わって巡り会えたとは言え、ライバルも共に生まれ変わっている。
本当に前世に戻れて、私と彼と千恵子とそれ以外の子と、夫と子供がいる本当の家族のいる生活が私に営めたらいいのに。
私の横では、他の3人も同様に祈っている。
彼女達も、彼を悼んでいるのだろう。
だが、内心ではどのように思っているのだろうか?
私は、そんなことを想った。
そして、私達は夕食を食べた後、件の民宿に戻った。
夜が更けたことから、私はベッドに潜り込み、眠り込んだ。
その時、実は私は例の件(この民宿が曰く付きの宿だということ)を忘れ去っていた。
だから、目を覚ました時、私は慌てふためく羽目になった。
目を覚ました時、私は、前世での故郷、会津にある十六橋のたもとに立っていた。
私はベッドで寝ていたのではなかったか?
慌てふためいた私は、自分の格好を見た。
前世の十代後半の頃に私が好んできた着物を着ていた。
更に戸惑っていた私に、誰かが声を掛けてきた。
「おい、聞いているのか」
私は、声を掛けてきた人を見た。
彼が、前世の十代後半の姿でいた。
夢。
それが、私の脳裏に最初に浮かんだ言葉だった。
だが、私の五感がそれを否定した。
この目に入る風景、耳に入る風の音、更に故郷の匂い、風の触感、空気の味も故郷の味がするようだ。
ということは、私は前世で戻りたいと願っていた時に戻れたのだ。
どういう理屈かは全く分からないが。
とは言え、それなら言う言葉は決まっている。
「同級生の簗瀬さんが誘う通り、一緒に陸軍士官学校に入るべきよ」
私は、少し強めに言った。
そう、海兵隊士官になるために、彼が海軍兵学校に入ったのが、(私から言えば)そもそも間違いの始まりだったのだ。
彼が海軍兵学校に入り、海兵隊士官になり、欧州に派遣され、ヴェルダン要塞攻防戦で戦死しなければ。
私と彼は結ばれて、幸せな家庭を築けたのだ。
そして、そのように時が流れれば、彼と、村山キクもジャンヌ・ダヴーも逢うことはなく、当然、岸忠子との縁談も出ることはない。
あの時、私は、この後に起こることが(当然だけど)分かってはいなかった。
だから、彼に最初からの希望通りにするように言ったのだ。
「前から自分で言っていたように、海軍兵学校に入るべきよ」
と。
その結果、村山キクやジャンヌ・ダヴー、岸忠子と彼は何れ出会い、あのようなことに。
と、そこまで考えた時に、私は愕然とした。
村山キクやジャンヌ・ダヴー、岸忠子って誰なの?
(内心が)混乱しきっている私に気が付くことなく、彼は言った。
「うん。りつが言うなら、そうしよう。陸軍士官学校に入るよ」
「それがいいわ」
私は、懸命に彼に調子を合わせながら考え込んだ。
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