第2話
私に声を掛けてきた同級生は、歴史愛好会の一員だった。
私の(現世の)自己紹介を聞いて、初代土方伯爵、土方勇志の直系の末裔であると知り、ヴェルダン要塞に赴くのに、何か私が裏話を語ってくれないか、と思って誘ったとのことだった。
裏話か、そうは言っても、私は現世では、土方勇志は、祖父の曽祖父で直接の面識はない。
だが、皮肉なことに私の前世では、直接の面識がある。
「そうねえ。土方伯爵の初孫、三代目土方伯爵の夫人の父は、ヴェルダン要塞攻防戦で戦死したらしいわ」
「えっ、そうなの」
本当は彼の事なのだが、私がそれとなく語ると、その同級生は驚いていた。
「私の先祖の一人も亡くなったわ」
岸澪が、さりげなくアピールした。
本当は、私の夫が戦死した、と言いたいのだろうが、さすがに言う訳にはいかない。
「私の先祖の一人もそうだわ」
村山愛も、そう呟いた。
「私の曽祖父、アラン・ダヴー将軍にしても、実父が日本海兵隊士官だと聞いているけど、ヴェルダン要塞攻防戦で戦死しているらしいわね」
ジャンヌ・ダヴーも、そう言った。
「そんなに縁のある人が、ここに4人も揃っているとは知らなかった。それなら、尚更、ヴェルダン要塞に皆で行きましょう」
何も知らない同級生は、無邪気にそう言い、私たち全員が揃ってヴェルダン要塞に行くことを喜んだ。
だが、彼女は知らない。
その戦死した人が、全くの同一人物であり、かつ、ここにいる4人全員が前世で子を生した深い因縁を持つことを。
帰宅した後、ジャンヌは日本語の歌を口ずさんだ。
「ここはお国を何千里、離れて遠きヴェルダンの~」
節回しは、日本の軍歌「戦友」だ。
だが、その歌詞は私には全く初耳だった。
「いきなり、何の替え歌を」
と私が言いかけたら、マダム・サラが言った。
「久々に聞くわね。ジャンヌが前世でよく口ずさんでいたわ。私の子守唄ね」
えっ、と私が絶句していると、ジャンヌが言った。
「だって、彼が教えてくれた唯一の日本語の歌だもの」
岸澪が、言葉を継いだ。
「前世での父、岸三郎が言っていた。ヴェルダン要塞攻防戦に倦んでいた日本海兵隊員の間では、「戦友」の替え歌が流行ったと。当時の新聞報道等では、日本海兵隊員は士気が高く、勇敢に戦い続けた。でも、実際には、精神的な衝撃が大きかったんだ、士気がそれなりに低下してしまい、「戦友」の替え歌が海兵隊員の間で流行ったと。ジャンヌが歌ったのは、その歌ね」
村山愛も言った。
「私も前世で、ヴェルダン要塞攻防戦を経験した海兵隊員が、酔い過ぎた後で口ずさむのを聞いたことがあるわ。それくらい、衝撃が大きく、心に痛みを遺した戦いだったのよ」
同じ時代を経験し、4人共生きてきた筈なのに、私は、この歌を知らなかった。
私が、そんなことを想っていると、ジャンヌが呟いた。
「本当に、ヴェルダン要塞攻防戦で、何であんなに日本海兵隊員が死ななければならなかったのか、と思ってしまうわ。彼がその一人のせいなのかもしれないけど」
「「そうね」」
間を開けずに、岸澪と村山愛も言った。
私も無言で肯いた。
本当に何とかならなかったのだろうか。
彼がヴェルダン要塞攻防戦で生き延びていれば、私と幸せな家庭を築き、本当の家族というものが出来たのではないだろうか。
だが、そこまで考えた後で、私自身は気づいてしまった。
それではダメだ。
岸澪では無かった、岸忠子がいる。
ヴェルダン要塞攻防戦で、彼が生き延びただけでは、彼は既に結婚している岸忠子の下に帰ってしまうだけで、私と本当の家族が出来はしない。
それ以前に彼の人生を変えないといけない。
それには、どうすればよいのだろうか。
私は前世を懸命に思い出し、人生の変更点に気づいた。
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